2018年

山下 俊英≪分子神経科学≫ リンパ球が産生する自然抗体が脳の成長を促すことを発見〜脱髄疾患の治療開発に繋がる成果〜


図1. 本研究の概要。髄膜などに存在するB-1a細胞は自然抗体を産生して、オリゴデンドロサイト前駆細胞の増殖を促進する。これにより脳の神経回路の成長を助ける。 クリックで拡大表示します

2018年2月27日発表
掲載誌 英国科学誌「Nature Neuroscience

研究成果のポイント

  • リンパ球の一種であるB-1a細胞が発達期の脳に存在することを見出した。
  • B-1a細胞が産生する自然抗体が、オリゴデンドロサイトの発達を促していることを示した。
  • 髄鞘が脱落する疾患に対する治療法の開発に繋がることが期待される。

概要

大阪大学大学院医学系研究科の山下 俊英 教授(分子神経科学、免疫学フロンティア研究センターおよび生命機能研究科兼任)、免疫学フロンティア研究センターの田辺章悟 特任助教(常勤)らの研究グループは、発達期の脳でリンパ球が脳細胞の成熟を促していることを明らかにしました。

近年、免疫細胞と脳の発達の関連性が示唆されています。しかしながら、正常な脳の内部にはほとんど侵入することのないリンパ球が、どのように脳の発達に寄与するのかについては分かっていませんでした。

今回、山下教授らの研究グループは、B細胞1の一種であるB-1a細胞が新生児期のマウスの脳の表面に存在していることを突き止めました。B-1a細胞は、髄鞘2を作る細胞であるオリゴデンドロサイト3の成熟を促進していること、さらにその作用のメカニズムを解明しました(図1)。本成果は、免疫が脳の成熟を促進する機構についての科学的に重要な発見であるとともに、多発性硬化症4のような髄鞘が脱落する疾患に対する新規治療法の開発に繋がることが期待されます。

本研究成果は、英国科学誌「Nature Neuroscience」に、36日に公開されました。

研究の背景

近年、脳内に存在する免疫系細胞や脳の表面を覆う髄膜に存在するリンパ球が脳の機能に影響することが知られてきました。しかしながら発達期の脳にどのような免疫系細胞があり、どのような機能を持っているのかについては解明されていませんでした。

本研究の成果

研究グループは、免疫系細胞と脳の発達の関連性を明らかにするため、どのような免疫系細胞が脳に存在するのかを調べました。すると新生児期のマウスの脳には、B細胞が豊富に存在していることがわかりました。B細胞は、脳の表面を覆う髄膜などに多く局在しており、脳内にはほとんど侵入していませんでした(図2)。B細胞には複数の種類がありますが、脳に局在するのはB-1aと呼ばれる細胞であることがわかりました。発達期の脳からこの細胞を除去する処置を施すと、脳を構成する細胞のひとつであるオリゴデンドロサイト前駆細胞の増殖が抑制されました(図3)。この結果は、B-1a細胞がオリゴデンドロサイト前駆細胞の増殖を促していることを示唆します。B-1a細胞は、自然抗体5を産生します。自然抗体は、その受容体であるFcα/μRに結合して生理作用をもたらしますが、オリゴデンドロサイト前駆細胞にはFcα/μRが発現しています。発達期の脳でFcα/μRを無効化する処置を施すと、オリゴデンドロサイト前駆細胞の増殖が抑制され、成熟オリゴデンドロサイトの数が減少しました(図4)。さらに、成熟したオリゴデンドロサイトは神経の軸索の周囲を取り巻いて被覆しますが(これを髄鞘と呼びます)、Fcα/μRを無効化する処置を行うと、髄鞘を巻いた軸索の数が減少しました。これらの結果は、B-1a細胞が産生する自然抗体がオリゴデンドロサイト前駆細胞の増殖を促し、最終的に髄鞘化に寄与することを示しています。


図2. 左図は発達期の脳における免疫系細胞の割合。リンパ球のうちB細胞が最も多く存在している。右図は生後1日のマウスの脳を染色してB細胞を可視化した。緑色がB細胞、青色が核を示す。髄膜に多く存在している。 クリックで拡大表示します

 

 


図3. 発達期の脳からB細胞を除去する処置を施し、オリゴデンドロサイト前駆細胞の増殖性を比較した。赤色が増殖している細胞、緑色がオリゴデンドロサイト前駆細胞を示す。B細胞を除去することで増殖するオリゴデンドロサイト前駆細胞の割合が減少する。 クリックで拡大表示します


図4. 発達期の脳に存在するFcα/μRの作用を阻害し、脳内の特定の領域に存在するオリゴデンドロサイトの数を計測した。Fcα/μRを阻害することで、成熟オリゴデンドロサイトが減少する。 クリックで拡大表示します

本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)

本研究成果により、新生児期の脳では、B-1a細胞が自然抗体を産生し、オリゴデンドロサイトの成熟を促すことで神経回路の完成に寄与していることが明らかになりました。本研究は発達期の脳で見られる現象ですが、多発性硬化症をはじめとした髄鞘が脱落する疾患に対する治療法の開発への応用が期待されます。

特記事項

本研究成果は、3月6日に英国科学誌「Nature Neuroscience」(オンライン)に掲載されました。

タイトル
“B-1a lymphocytes promote oligodendrogenesis during brain development”

著者
Shogo Tanabe1 and Toshihide Yamashita1,2,3

所属

  1. 大阪大学 免疫学フロンティア研究センター(iFReC) 分子神経科学
  2. 大阪大学 大学院医学系研究科 分子神経科学
  3. 大阪大学 大学院生命機能研究科 分子神経科学

なお、本研究は、日本学術振興会 (JSPS) 科学研究費助成事業 科学研究費補助金基盤研究(S)、若手研究(B)の一環として行われました。

用語説明

※1 B細胞
免疫系細胞であるリンパ球の1つ。B細胞は機能によって分類が分けられ、B-1a細胞は自然抗体を産生することが知られている。

※2 髄鞘
神経細胞の軸索を何重にも取り巻く密な膜構造。神経の情報伝達を助ける働きがある。

※3 オリゴデンドロサイト
脳に存在する細胞で、髄鞘を作る役割を持つ。髄鞘が形成されないと、神経の情報伝達に異常が生じる。発達期に、幼若なオリゴデンドロサイト(オリゴデンドロサイト前駆細胞)が増殖、分化を経て成熟する。

※4 多発性硬化症
脳や脊髄の各所に炎症が生じる自己免疫疾患。炎症に伴い、髄鞘が脱落する。

※5 自然抗体
抗原刺激なしで産生される特異性の乏しい抗体。迅速な免疫応答に関与する。