2018年

中田 慎一郎≪細胞応答制御学≫ 遺伝子変異が発生しにくい新しいゲノム編集法を開発 ~安全な遺伝子治療に向けた新技術~

DNA2本鎖を起こしてゲノム編集を誘導する従来法では、編集がうまくいかなかった場合に、DNAの挿入や欠失といった新たな遺伝子変異が発生する危険が高い。本法(SNGD法)を用いることで、ゲノム編集に起因する遺伝子変異の発生頻度を大きく低下させることができる。 クリックで拡大表示します

2018年2月2日
掲載誌 Genome Research

研究成果のポイント

  • DNA2本鎖を切断せずに、DNA配列を意図通りに編集する手法を開発した
  • ゲノム編集過程で発生する遺伝子変異の発生率を大きく抑制することに成功した
  • 安全性の確保が重要な遺伝子治療への応用に期待

概要

大阪大学 高等共創研究院・大学院医学系研究科の中田慎一郎教授(細胞応答制御学)らの研究グループは、従来法よりも遺伝子変異の発生率を大きく抑制することが可能な新しいゲノム編集法を開発しました。

CRISPR/Cas9※1 システムは、遺伝子配列を効率よく書き換えるゲノム編集技術として注目を集め、遺伝子治療といった臨床応用も期待されています。しかし、DNA2 本鎖切断部位に新たな遺伝子変異をおこしやすいことが問題となっていました。

今回、中田教授らの研究グループは、ゲノム編集の鋳型(コピーの基になるもの)として用いられるドナープラスミドと、ゲノム上の標的遺伝子の両方に DNA1 本鎖切断(ニック)を発生させることにより、変異発生を抑制し、かつ、高効率にゲノム編集が行えることを発見しました。遺伝性疾患における遺伝子変異を安全に修正する技術の開発へと発展することが期待されます。

本研究成果は、米国科学誌「Genome Research」に、2 月 2 日に公開されました。

研究の背景

遺伝性疾患の中には、原因となる遺伝子機能を回復させる遺伝子治療により、症状の改善が期待できるものがあります。さまざまな手法が考案され、既に実用化されている治療法もあります。中でも、原因遺伝子上の変異した部分を正常な DNA 配列に修正する方法は、理想的な遺伝子治療法の1つです。数年前に開発された CRISPR/Cas9 は遺伝子配列の書き換え効率を飛躍的に上昇させました。これにより、この理想的な遺伝子治療がいよいよ実現的なものとなってきました。

しかし、臨床応用には、まだ多くの問題が残されています。1つには、ゲノム編集の過程で、新たに遺伝子変異が発生しやすいことがあります。Cas9 を用いたゲノム編集では、ゲノムの遺伝子に DNA2 本鎖切断を入れ、この DNA の傷を細胞外から導入した修復鋳型を用いて修復させます。この過程で、ゲノム上の DNA 配列は修復鋳型の配列に書き換えられます。この仕組みを用いて、疾患原因遺伝子の変異部分を野生型(正常の)配列に書き直すことで遺伝子配列を修正することができます。しかし、細胞内では修復鋳型を用いた DNA 修復は起こりにくく、大多数の DNA2 本鎖切断は直接再結合されることになります。再結合される際に、DNA の挿入や欠失を伴うことが多く、このタイプの DNA修復が起こると遺伝子上に新たな変異が加わることになります。

また、ゲノム DNA の 1 本鎖だけを切断すれば、この問題を回避できると考えらますが、この方法では、高いゲノム編集効率を得ることができませんでした。

本研究の成果

中田教授らの研究グループでは、DNA2 本鎖切断を起こさずに効率的なゲノム編集を達成するために、ゲノム DNAおよび、修復の基になるドナープラスミドの様々な場所に一本鎖切断(ニック)を起こして検討を重ねました。その結果、 修復鋳型を含むドナープラスミドとゲノムの標的遺伝子との両方にニックを入れてゲノム編集を誘導する手法(SNGD法:A combination of single nicks in the target gene and donor plasmid 法)を開発しました。ヒト由来細胞株において、SNGD 法によるゲノム編集を行うと、標的遺伝子にだけにニックを入れる手法よりも、常に高効率であり、また、多くの場合、2 本鎖切断を入れる従来法よりも高効率でした。また、標的部位における遺伝子変異の発生は、2 本鎖切断を入れる従来法よりも遙かに低く抑えられていました。このように、SNGD 法は、安全かつ高効率と利点を兼ね備え、また、特殊な材料を必要としない簡便なゲノム編集法となっています。

本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)

本研究成果は、遺伝性疾患の遺伝子治療にむけ、安全な遺伝子治療法を実現するための礎となりうる技術です。今後、様々な遺伝子や様々な種類の細胞において試験を行うことで、新たな遺伝子変異の発生リスクを抑えた細胞内遺伝子修復が可能になることが期待されます。

用語説明

※1. CRISPR/Cas9(クリスパー・キャス・ナイン)
ゲノムDNA上の標的の塩基配列を認識して切断するゲノム編集技術。Cas9によりDNA2本鎖を切断し、その切断部位に新たなDNA配列を挿入したり、切断部位周囲のDNA配列を細胞外から導入したDNA配列に置き換えたりする技術。従来用いられてきた遺伝子改変技術とくらべ、簡便かつ高効率であるため、遺伝子改変動物・細胞の作製技術として急速に普及してきた。 

特記事項

本研究成果は、2018年22日に米国科学誌「Genome Research」に掲載されました。

【タイトル】
“Precise and Efficient Nucleotide Substitution near Genomic Nick via Non-Canonical Homology-Directed Repair”

【著者名】
Kazuhiro Nakajima, Yue Zhou, Akiko Tomita, Yoshihiro Hirade, Channabasavaiah B. Gurumurthy, and Shinichiro Nakada* (*責任著者)

本研究は、日本学術振興会 科学研究費助成事業、日本医療研究開発機構、武田科学振興財団、内藤記念科学振興財団 、住友財団の研究助成により行われました。