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坂上 沙央里、岡田 随象 ≪遺伝統計学≫  希少難病・肺胞蛋白症の発症に関わる遺伝子を発見 ~世界で初めて免疫関連遺伝子HLA領域の遺伝的多型の関与を証明~

2020年02月16日
掲載誌 Nature Communications

図1. 世界初の肺胞蛋白症ゲノムワイド関連解析研究を実施し、HLA遺伝子の変異が強い発症リスクを持つことを特定
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研究成果のポイント

  • 希少難病・肺胞蛋白症のゲノムワイド関連解析研究を世界で初めて実施し、発症リスク遺伝子がヒトの免疫機能を司るHLA領域にあることを特定した。
  • 希少難病でありながらHLA領域の比較的頻度の高い遺伝的変異が疾患の発症リスクに強く関わり、肺胞マクロファージを攻撃する抗体量を増加させることを明らかにした。
  • 原因遺伝子を基にしたさらなる発症機序の解明と、患者さんごとの遺伝的変異を基にした個別化医療を促進することが期待される。

概要

大阪大学大学院医学系研究科の坂上沙央里助教(研究当時、現ハーバード大学医学部博士研究員)、岡田随象教授(遺伝統計学)、愛知医科大学 山口悦郎名誉教授、国立病院機構近畿中央呼吸器センター 井上義一臨床研究センター長らの研究グループは、肺胞に異常なタンパク様物質が貯留し呼吸機能を著しく障害する希少難病である肺胞蛋白症に関する世界で初めてのゲノムワイド関連解析研究(GWASGenome Wide Association Study※1を実施し、ヒトの免疫機能を司るHLA-DRB1遺伝子が強く発症に関連することを明らかにしました(図1)。

自己免疫性肺胞蛋白症は有病率が100万人に6-7人の希少難病であり、サーファクタント2と呼ばれる物質が肺胞内に貯留することで高度の呼吸不全が進行します。日本人を中心とする研究グループにより、抗GM-CSF自己抗体3が出現することが病態の鍵であることが分かっていましたが、この病気があまりに希少であるために生まれつきの遺伝的変異と病気の発症との関連は不明のままとなっていました。

今回、岡田教授らの研究グループは、肺胞蛋白症患者と対照者との遺伝子を網羅的に比較するゲノムワイド関連解析研究を世界で初めて実施し、ヒトの免疫機能を司るHLA遺伝子(human leukocyte antigen gene4領域の遺伝的変異が強く発症リスクと関連することを証明しました。最も強いリスクを有する遺伝子型HLA-DRB1*08:03は、抗GM-CSF自己抗体の量を増やす効果を持つことも解明されました。これまで謎であった、なぜ自己蛋白であるGM-CSFを攻撃する抗体が生まれるのかという肺胞蛋白症の根本病態に対する1つの答えが示唆されたことにより、臨床において遺伝子型を基にした個別化医療にも役立つことが期待されます。

本研究成果は、米国科学誌「Nature Communications」に、215日に公開されました。

 

研究の背景

自己免疫性肺胞蛋白症は、有病率が100万人に6-7人の希少疾患であり、主に中年で発症し呼吸不全が進行していく指定難病です。肺での空気交換の場である肺胞内に、サーファクタントと呼ばれるタンパク様物質が異常に貯まり空気交換が阻害されることが病名の由来です。現在の標準治療はこのサーファクタントを洗い流すための全肺洗浄法であり、患者さんの大きな苦痛を伴っているのが現状です。本来は、肺胞マクロファージという細胞が不要なサーファクタントを分解処理する機能を担っているのですが、日本人研究グループを中心とするこれまでの基礎研究から、肺胞蛋白症患者では肺胞マクロファージの成熟に必要なGM-CSFを攻撃する自己抗体「抗GM-CSF抗体」が存在することが分かっていました。抗GM-CSF抗体により肺胞マクロファージの成熟が阻害され、肺胞内のサーファクタントが処理されず貯留し、呼吸障害を引き起こすのです。しかし、そもそもなぜ自己タンパク質であるGM-CSFを攻撃する自己抗体ができるのかは分かっていませんでした。

本研究の成果

本研究グループでは、肺胞蛋白症の病態の謎を解き明かすため、肺胞蛋白症の発症に関連する遺伝的変異に着目しました。日本全国の肺胞蛋白症診療施設ネットワークの協力により、過去最大規模198名の肺胞蛋白症患者コホートと対照群について世界ではじめてのゲノムワイド関連解析研究を実施し、ヒトの免疫機能を司るHLA遺伝子領域の遺伝的変異が肺胞蛋白症の発症リスクと強く関連することを示しました(図1)。肺胞蛋白症は希少疾患ですが、意外にも、最も強いリスクを有するHLA-DRB1*08:03は対照群中にも7.4%は存在する遺伝子型であり、希少疾患の発症にも集団中にありふれた遺伝的変異の関連があるという興味深い結果でした。HLA-DRB1*08:03は肺胞マクロファージの成熟に必要なGM-CSFを攻撃してしまう抗GM-CSF抗体の抗体量を増やす効果を持つことも示されました(図1)。HLA-DRB1*08:03はアジア人特異的に存在する遺伝子型で、過去の報告ではバセドウ病、原発性胆汁性胆管炎、全身性エリテマトーデス等の自己免疫性疾患の発症との関連が示唆されています。

これらを総合すると、今回特定されたHLA-DRB1*08:03GM-CSFをはじめとする様々な自己由来物質を提示してしまいやすい性質を持つために、免疫反応が惹起され抗GM-CSF抗体が誘導され、肺胞マクロファージが働かなくなり、サーファクタントの異常貯留を起こすという新たな病態仮説が示唆されました。

 

本研究が社会に与える影響(本研究成果の意義)

自己免疫性肺胞蛋白症は、自然治癒する症例から重症呼吸不全により在宅酸素療法を要する症例まで、患者さんごとの重症度や予後の幅が大きいことが特徴です。治療法に関しては先に述べた全肺洗浄法の他に近年GM-CSF吸入療法などの画期的治療が生まれています。本研究成果は、自己免疫性肺胞蛋白症の病態理解を大きく進めるとともに、特定したHLAリスク遺伝子型を基にして患者さんごとの臨床病態を予測したり、最適な治療を選択したりする個別化医療の促進に貢献することが期待されます。

研究者のコメント

<坂上沙央里 助教(研究当時)> 
1958年に初めての症例が報告されて以来、肺胞蛋白症の病態は長らく謎に包まれていましたが、抗GM-CSF自己抗体の発見をはじめとして病態解明・診断・治療法開発は日本人研究者がこれまで世界に先駆けて牽引してきた歴史がありました。自己抗体がなぜ出来てしまうのかという残る最後の大きな謎に、遺伝子解析の観点から初めて示唆が得られたことは大変意義深く感じます。希少難病の遺伝子解析を実施するうえで最も困難な点として、十分な検出力を担保する症例数を集めることが挙げられます。本研究は日本中の肺胞蛋白症診療施設のご協力により実施することができました。共同研究者の方々に感謝申し上げるとともに、「どうして希少疾患に集団中で比較的高頻度の遺伝的変異が関与するのか」という新たに生じた疑問に対して更に研究を深めて参りたいと思います。

用語説明

※1  ゲノムワイド関連解析研究(GWAS:Genome Wide Association Study)
ヒトゲノム配列上に存在する数百〜数千万カ所の遺伝的変異(とくに一塩基多型・SNP)とヒトの疾患の発症リスクや個人差(形質)との関連を網羅的に検討する、遺伝統計解析手法。

※2 サーファクタント
肺での酸素・二酸化炭素の交換の場である肺胞が潰れてしまわないように肺胞表面を覆う表面活性物質。サーファクタントは肺胞細胞で作られ、逆に不要分は肺胞マクロファージにより分解処理されることで適切な量が維持されるように調整されている。

※3 自己抗体
本来は細菌やウィルスなど外部から侵入する外敵に対して自己を守るために作られる抗体が、自分の体内の成分に対して出来てしまったもの。各種の自己臓器を攻撃することで自己免疫疾患の原因となる。

※4 HLA遺伝子(human leukocyte antigen gene)
ヒトの体の様々な細胞の表面に発現し、生体内における自己と非自己の認識や外来性の病原菌に対する免疫反応を司り、多彩な表現型の個人差を規定している。

特記事項

本研究成果は、2021年215日(月)午後7時(日本時間)に米国科学誌「Nature Communications」(オンライン)に掲載されました。

【タイトル】 “Genetic determinants of risk in autoimmune pulmonary alveolar proteinosis”

【著者名】Saori Sakaue1-5, Etsuro Yamaguchi6, Yoshikazu Inoue7, Meiko Takahashi8, Jun Hirata1,9, Ken Suzuki1, Satoru Ito6, Toru Arai7, Masaki Hirose7, Yoshinori Tanino10, Takefumi Nikaido10, Toshio Ichiwata11, Shinya Ohkouchi12, Taizou Hirano13, Toshinori Takada14, Satoru Miyawaki15, Shogo Dofuku15, Yuichi Maeda16,17, Takuro Nii16,17, Toshihiro Kishikawa1,18, Kotaro Ogawa1,19, Tatsuo Masuda1,20, Kenichi Yamamoto1,21, Kyuto Sonehara1, Ryushi Tazawa22, Konosuke Morimoto23, Masahiro Takaki24, Satoshi Konno25, Masaru Suzuki25, Keisuke Tomii26, Atsushi Nakagawa26, Tomohiro Handa27, Kiminobu Tanizawa28, Haruyuki Ishii29, Manabu Ishida29, Toshiyuki Kato30, Naoya Takeda30, Koshi Yokomura31, Takashi Matsui31, Masaki Watanabe32, Hiromasa Inoue32, Kazuyoshi Imaizumi33, Yasuhiro Goto33, Hiroshi Kida16,34, Tomoyuki Fujisawa35, Takafumi Suda35, Takashi Yamada36, Yasuomi Satake36, Hidenori Ibata37, Nobuyuki Hizawa38, Hideki Mochizuki19, Atsushi Kumanogoh16,39,40, Fumihiko Matsuda8, Koh Nakata41, Tomomitsu Hirota42, Mayumi Tamari42, Yukinori Okada1,40,43,*

* 責任著者)

 

【所属】

  1. 大阪大学大学院医学系研究科 遺伝統計学
  2. 東京大学大学院医学系研究科 アレルギー・リウマチ学
  3. ハーバード大学医学部 Center for Data Sciences
  4. ブリガム&ウィミンズ病院 Divisions of Genetics and Rheumatology
  5. ブロード研究所 Program in Medical and Population Genetics
  6. 愛知医科大学 呼吸器・アレルギー内科
  7. 国立病院機構 近畿中央呼吸器センター臨床研究センター
  8. 京都大学大学院医学研究科 疾患ゲノム疫学
  9. 帝人ファーマ株式会社 創薬探索研究所
  10. 福島県立医科大学 呼吸器内科学
  11. 東京医科大学 呼吸器内科学
  12. 東北大学大学院医学系研究科 産業医学分野
  13. 東北大学大学院医学系研究科 呼吸器内科学分野
  14. 新潟大学医歯学 総合病院魚沼地域医療教育センター
  15. 東京大学医学部 脳神経外科
  16. 大阪大学大学院医学系研究科 呼吸器・免疫内科学
  17. 大阪大学大学院医学系研究科 免疫制御学
  18. 大阪大学大学院医学系研究科 耳鼻咽喉科・頭頸部外科学
  19. 大阪大学大学院医学系研究科 神経内科学
  20. 大阪大学大学院医学系研究科 産婦人科学
  21. 大阪大学大学院医学系研究科 小児科学
  22. 東京医科歯科大学 学生支援・保健管理機構
  23. 長崎大学熱帯医学研究所 臨床感染症学分野
  24. 長崎大学病院 感染症内科
  25. 北海道大学大学院医学研究院 内科学分野 呼吸器内科学
  26. 神戸市立医療センター中央市民病院 呼吸器内科
  27. 京都大学大学院医学研究科 呼吸不全先進医療講座
  28. 京都大学大学院医学研究科 呼吸器内科学
  29. 杏林大学 呼吸器内科
  30. 刈谷豊田総合病院 呼吸器内科
  31. 聖隷三方原病院 呼吸器内科
  32. 鹿児島大学大学院医歯学総合研究科 呼吸器内科学
  33. 藤田医科大学 呼吸器内科学
  34. 大阪刀根山医療センター 呼吸器内科
  35. 浜松医科大学 内科学第二講座
  36. 静岡市立静岡病院 呼吸器内科
  37. 国立病院機構 三重中央医療センター 呼吸器内科
  38. 筑波大学医学医療系 呼吸器内科
  39. 大阪大学免疫学フロンティア研究センター 感染病態
  40. 大阪大学先導的学際研究機構 生命医科学融合フロンティア研究部門
  41. 新潟大学医歯学総合病院 
  42. 東京慈恵医科大学 分子遺伝学研究部
  43. 大阪大学免疫学フロンティア研究センター 免疫統計学

なお、本研究は、日本医療研究開発機構(AMED)難治性疾患実用化研究事業「横断的オミクス解析を駆使した肺胞蛋白症の病態解明とインシリコ・リポジショニング創薬」の一環として行われ、大阪大学大学院医学系研究科バイオインフォマティクスイニシアティブの協力を得て行われました。