医学系研究科長 医学部長
平野 俊夫 |
“青年よ、大志を抱け“とは、130年まえに、クラーク博士が残した有名な言葉です。今の世の中にもっとも求められているのはこの言葉ではないでしょうか? 大志とは理念を有した志です。 大阪大学大学院医学系研究科・医学部では、“大学は学問と教育の府である”、アカデミズムを追求することこそが、我々大学人に課せられた使命であるという理念のもと、“日本だけではなく世界の医学界のリーダたるべきである”という高い志をもって、さらなる飛躍をはかる努力を行っています。
大阪大学大学院医学系研究科・医学部は 1869年(明治2年)、摂津国西成郡寺町(現在の上本町4丁目)にある大福寺に大坂仮病院が設置され緒方惟準(洪庵の次男)が院長、蘭医ボードウィン、翌年はエルメレンスが診療と医学伝習を担当した事に溯ります。この源流はさらに江戸時代緒方洪庵の適塾にその源をたどる事ができます。大坂仮病院はその後発展を遂げ、昭和6年には大阪帝国大学医学部として大阪市中之島に建設され、平成5年現在の吹田地区に移転しました。このように大阪大学大学院医学系研究科・医学部は進取、先端、独創性に溢れ、地域に根ざした伝統の上に 、我が国はもちろん、世界の医学界に中心的な役割を果たしてきました。医学部の長い歴史の間に、多くの医学・生命科学の指導者や優れた医学人を輩出するとともに、卓越した医師を世の中に送り出してきました。
大阪大学医学系研究科・医学部は医師や医学研究者の育成のみならず医療技術者の育成にも注力してきました。全国に先駆けて 3年制の医療技術短期大学部を昭和42年に豊中地区に併設し、平成5年には同短期大学部を発展的に解消し、4年制課程の医学部保健学科を創設しました。さらに平成10年度には大学院修士課程を、平成12年度には博士課程を設置し、平成15年には大学院大学として改組再編しました。柔軟な思考力と高度で幅広い技術・知識を持つ保健医療人やその指導者の育成を行なっています。
大阪大学大学院医学系研究科・医学部は学部学生、大学院学生の教育にも力を注いできました。学部学生が基礎の講座に一定期間配属して基礎研究を学ぶ制度や、他学部からの 3年次編入学制度、さらに広い視野をもつ医学研究者を他学部出身者から受け入れるための大学院医学修士課程制度など、いずれも大阪大学が全国に先駆けて取り入れた制度です。また大学院では大学内外の研究科、研究所などとの連携を積極的に進めています。学内では生命機能研究科、微生物病研究所、蛋白質研究所、免疫学フロンティア研究センター、臨床医工学融合研究教育センター、学外からは国立循環器病センター、理化学研究所、大阪バイオサイエンス研究所、大阪府立成人病センター、大阪府立母子保健総合医療センターなどの参加を得て、大学院生が様々な分野の研究に従事出来る仕組みを提供しています。さらに工学部、薬学部、歯学部、人間科学部などとも緊密な連携のもと研究を発展させてきました。
“大学は学問と教育の府である”、アカデミズムを追求することこそが、我々大学人に課せられた使命であるという理念のもと、臨床医学と、基礎医学の両輪がバランスよく、かつ高いレベルに保つことこそが医学部の基本であると考えています。さらに医学教育、研究、医療の三者を、アカデミズムの追求という大学本来の原則のうえに高度にバランスよく保つことが最重要と考えています。阪大医学部は“日本だけではなく世界の医学界のリーダたるべきである”という高い志を抱いて、さらなる飛躍をはかれる基礎を築く努力を昼夜惜しみなく注いでいます。明日の医学・医療のために、高い志を有した若者が医学の枠をこえて、広く全国から、世界から大阪大学に集まって来ていただくように、我々教員はさまざまなことに取り組んでいます。明日の医療・医学を切り開くのは君たちの若い力です。大阪大学医学系研究科・医学部は、医学・医療を志す人はもちろんのこと、広く生命科学を志す他学部出身者にも大きく門戸を開いています。
明日の医療・医学・生命科学の発展のために、高い志を持ち、夢多き若者が大阪吹田の地に集結されることを念願しています。未来を切り開くのは若い君たちの力です! |