大阪大学大学院医学系研究科 生体統御医学講座 麻酔集中治療医学教室

  • TOP
  • 麻酔学講座
  • 関連施設
  • 研究生・学生の方へ
  • 各種マニュアル
  • リンク集
  • 各種マニュアル
    大阪大学大学院医学系研究科 麻酔集中治療医学講座 TOP>各種マニュアル>気道管理マニュアル>2・挿管困難症例に対する対応について

    気道管理マニュアル

    ここでは基本的な気道確保の方法から、
    挿管困難症例に対する対応や分離肺換気
    の方法など麻酔管理上必要な特殊な気道
    管理の方法までについて解説する。

    2.挿管困難症例に対する対応について

    気道管理マニュアル

    挿管困難症例に対する対応について

    はじめに

    挿管困難は気管内挿管により気道管理を行う上でひとつの大きな問題である.ここでは声門よりも口側になんらかの問題があり気道管理上問題となるような症例に対する対応について述べる.
    声門よりも末梢側(気管や気管支)に問題のある症例については気管・気管支に狭窄のある症例の管理の項を参照していただきたい.

    1.挿管困難の予測

    挿管困難の可能性を前もって予想することは,挿管困難症例に対応する第1歩である.肥満,猪首,頚部運動制限(ハローベスト装着患者,熱傷後瘢痕,脊椎症など),開口制限、小下顎(Treacher-Cholins症候群,Pierre-Robin症候群),巨舌症,歯牙変形,門歯突出,口腔内腫瘍,甲状腺腫瘍,喉頭狭窄は挿管困難の危険因子とされている.下の写真のような第1鰓弓症候群 (Golden-Harr症候群)なども小顎症を合併し挿管困難である.特にTreacher-Cholins症候群には注意が必要である.
    左の写真はPierre-Robin症候群の小児である.
    Pierre-Robin症候群はTreacher-Cholins症候群と並んで挿管困難の代名詞のような疾患であるが,一般に成長と共に挿管困難の程度は軽減される.従って写真のような新生児・乳児の場合は注意が必要であるが,学童程度まで成長するとそれほど挿管困難ではないことが多い.

    2.挿管困難症例における気道管理

    2-1. 気管挿管は必要か?

    まず第1に該当の手術が気管内挿管による気道管理が必要かどうかという点である.当然のことながら避けられる場合にはそういった麻酔管理(例えばブロックなどの自発呼吸下での管理)を選択する方法もある.ただしこの場合注意すべきは,こういった方法を選択したもののその方法では不十分であったり、手術の都合により途中から気管内挿管が必要になる場合もあることである.そのような場合には最初から気管内挿管による気道管理をする場合よりも管理上種々の制約が生じていることも多く管理方法の選択には十分な検討が必要である.
    気道確保の方法としてフェイスマスクやラリンゲルマスクなどによる方法も考慮にいれてよい.

    2-2. 挿管困難症における気管挿管のアプローチ

     挿管困難症への対応には種々の方法があり必ずしもひとつが最もよいとは言い切れない.これは患者側の病態の問題だけでなく麻酔医の持つ技術・その熟達度により対応方法が異なる.気管挿管が必須の症例で一番大切なことは気管挿管を行うまでの気道確保である.フェイスマスク等で補助呼吸や調節呼吸が可能かどうかによりアプローチの方法は大きく異なる.このような補助手段がとれない症例では原則として自発呼吸を止めてはならない.また筋弛緩をかけていない状態では補助呼吸可能でも筋弛緩をかけての調節呼吸が困難な症例も多く存在するため,決して不用意に筋弛緩薬を使用してはならない.使用する場合にもサクシニルコリンのように短時間で作用の無くなる薬剤で様子をみるのがよい.現在であれば少ない目のロクロニウムを使用し,困った時にはリバースを行うという手もある.
     ASAにはDificult Airway Algorithm(DAM)があり,系統的にアルゴリズムが構成されている.しかしながら,先に述べたように麻酔医の持つ技術・その熟達度により対応方法が異なるため,一概にどの方法を取るべきか言えるものではない.ラリンゲルマスクの登場によって挿管困難に対する対応が大きく変わったのは事実であり,また近年ではAirway ScopeやAirTrackなどの挿管用器具が市販され状況は大きく変わりつつある.トラキライトに熟達していれば喉頭展開困難など問題ではないだろう.尤もトラキライトが万能かどうかには疑問もあるが.近年の挿管用器具によって大部分の挿管困難に対応できるようになったといえる.しかしながら開口不能もしくは,わずかしか開口ができないような症例ではやはりファイバースコープガイド下挿管がベストの方法であることは間違いない.すべての麻酔科医はファイバースコープガイド下挿管に習熟しておくべきである.Video Cameraが付けられるFOBや電子FOBならばモニターを供覧しながらFOBガイド下挿管のトレーニングが可能である.我々の施設ではファイバースコープを使用する症例(肺外科症例など)では気管挿管前に時間を頂いてFOBガイド下挿管のトレーニングを行っている.適切な指導の元では初級者でも 1-2分以内にFOBを気管内まで誘導することが可能となる.詳細についてはこちらを参照して頂きたい.
     ここでは我々が通常行っている対応方法を示すことにする.なお,実際の対応に当たっては気管支ファイバ-スコ-プやブラ-ド型喉頭鏡のほかジェットベンチレ-タなども予め身近に準備しておくとよい.様々な状況下で不慮の事態にも慌てず対応できることが大切である.これらの準備はケ-スバイケ-スでよいが以下に準備するとよいと考えられる特殊機材を挙げておく.これらのうち前半は挿管のための器具であり,後半は緊急事態に対する対応用である.備えあれば憂いなし... 最終手段は輪状甲状靱帯穿刺や気管切開であるが,これは非常に侵襲的行為であるからこの選択には慎重でなければならない.また術前に患者にこのような手段を選択する可能性もあることを説明しておくことも大切である.

    1. Oral or Nasal airway
    2. Jackson式噴霧器(喉頭,咽頭および気管内の表面麻酔用)
    3. 気管支ファイバ-スコ-プ
    4. Bullard型喉頭鏡
    5. Airway Scope
    6. AirTrack
    7. Gum Elastic Bougie (GEB), [Eschmann Tube Introducer]
    8. High Frequency Jet Ventilator (HFJV)
    9. ラリンゲルマスク (ILMを含む)
    10. コンビチュ-ブ(食道挿管してairwayを確保するチュ-ブ)
    11. 輪状甲状靱帯穿刺キット(ミニトラックもしくはトラヘルパ-等でよい)
    12. 緊急気管切開用セット
    13. 硬膜外麻酔セット(逆行性挿管用)
    14. トラキライト
    15. ラリンゲルチューブ

    2-3. 挿管困難症における鎮静・鎮痛について

      挿管困難症例における鎮静・麻酔は原則的には必要最小限に留めなければならない.鎮静薬や麻酔薬の過量は患者の呼吸を停止させ患者を危地に追いやることになるからである.使用する場合にはごく少量ずつを時間をかけながら投与する.一方,患者の苦痛を軽減するためにしっかりと表面麻酔を行なうことが大切である.表面麻酔の効果が良好である場合,鎮静薬はほとんど不用となり安全性も向上する.
     挿管困難が予想された症例における鎮静方法に関しては参考文献1を参照して頂きたい.

    2-4. 声帯よりも口側に問題がある症例の対応

     いわゆる狭い意味での挿管困難症に対する対応だが,大きなポイントはラリンゲルマスクやフェイスマスクなどを用いて補助呼吸ないしは調節呼吸が可能かどうかという点である.補助呼吸もできない場合には自発呼吸を残した意識下挿管を試みるしかなく,逆行性挿管を除き気管支ファイバ-スコ-プをガイドとした気管内挿管しか選択の余地がない.また開口不能の症例でも経鼻で気管支ファイバ-スコ-プをガイドとした気管挿管が唯一の選択となる.
     この方法で不成功の場合には気管切開を選択するかもしくは麻酔をあきらめ手術を延期するかの二者択一となる. 中止は気管内チュ-ブが通る程度の開口が可能である症例でのアプロ-チである.
    1. 我々は挿管困難が予想された場合でも特別な理由がない限り,意識消失を得た後に挿管するようにしている.従来,意識下挿管すべきと言われているその理由は「意識を残すこと」にあるのではなく「自発呼吸を残すこと」にある.現在使用されているプロポフォールやセボフルランなどの全身麻酔は意識消失が得られる濃度やそれを超える濃度でも単独で使用した場合には自発呼吸は残存する.急速に投与した場合には一時的に呼吸停止を来すこともあるが,ちょっとした刺激で自発呼吸は再開される.プロポフォールの場合TCIポンプを用いて徐々に濃度を上げれば意識消失後も自発呼吸は残存する.注意すべきは舌根沈下に伴う上気道閉塞であり,これに対しては経口エアウェイや経鼻エアウェイを用いれば対処可能である.エアウェイの重要性を認識して頂きたい.フェイスマスクによる補助呼吸を試みて,可能であれば調節呼吸への移行を試みる.

    2. 調節呼吸に移行できればBullard型喉頭鏡を使用した経口挿管を試みる.我々は調節呼吸に移行できた段階でベクロニウム0.08mg/kg程度(ロクロニウムなら0.5mg/kg程度)を使用しているが,原則として筋弛緩薬の使用には慎重を来すべきである.

    3. 調節呼吸への移行が難しいようであればある程度までの鎮静に止め,自発呼吸を残したままでJackson式噴霧器などを使用してしっかりと表面麻酔をおこない気管支ファイバ-スコ-プをガイドとした気管内挿管を試みる.


    ○経鼻挿管時の鼻腔内の消毒・麻酔・止血
     経鼻挿管を行なう場合には,我々は4%リドカインと50倍希釈したポピドンヨードおよびアドレナリンを20ml:20ml:1mlで混合した溶液を喉頭検綿子に浸して鼻腔内の麻酔・消毒・止血を兼ねて行なっている.また気管チューブを無理に挿入するとチューブが粘膜内へ迷入する危険があるので胃管や気管支ファイバースコープを予め挿入しておいて,これをガイドにして挿入を試みるとよい.

    3. 気管支ファイバースコープを用いた気管挿管法

    ファイバースコープガイド下の気管挿管でのファイバースコープの操作法の詳細に関しては別項を参照して頂きたい. 3-1. 意識下(自発呼吸下)に行う場合   マスク換気が困難な症例や開口が全くできない症例では,気管支ファイバースコープをガイドとした方法が第1選択となる.まず適度に鎮静させた後,鼻腔内の消毒・麻酔・止血を行う. 次に,気管支ファイバースコープによる誘導方法であるが2通りの方法がある.

    1. 気管内チューブを先に鼻から通して咽頭腔まで先端を持っていっておき,そこからファイバースコープを気管内まで導く.最後に気管内チューブを気管内まで進める.
    2. 気管支ファイバースコープを気管チューブに通しておきファイバースコープのみを鼻から挿入して気管内まで導きその後気管内チューブを鼻から気管内まで進める.

    1. の方法の利点はオリエンテーションがつけ易いことである.成人の場合15cm程度のところまで挿入しておくとよい.深く入れすぎてしまうと逆にオリエンテーションが付けにくくなる.欠点は気管内チューブ挿入時に鼻出血させる危険があり,この場合気管内への誘導が難しくなってしまう.
    2. の方法では鼻出血は起こらないがファイバースコープが気管内まで誘導できても気管内チューブが鼻腔を通らない危険性がある.どちらも一長一短はあるが我々は通常1. の方法を取っている.

    3-2. 調節呼吸下に行う方法

     不幸にして全身麻酔の導入の導入後に挿管困難が発覚した場合にはそのままで気管支ファイバースコープガイド下に挿管操作を行う場合もある.ファイバースコープの操作に熟練していれば20-30秒程度で挿管することも可能であるが,熟練していない場合にはエンドスコピックマスクなどの特殊な用具を用いて介助者にマスク換気を行いながらファイバースコープを操作することになる.ここで有用な呼吸補助手段として以下の方法がある.患者の口ともう一方の鼻孔を押さえながら,気管チューブにスワイベルアダプターを付ければ補助呼吸もしくは調節呼吸下にファイバースコープの操作を行うことができる.チューブがエアウェイの役割を果たし舌根を支えるためほとんど症例で容易に換気が行える.換気を行いながらファイバースコープの操作が行えるため時間の制約がなく落ち着いてファイバースコープの操作が行える.
    こういった症例では開口が全く不能であることはまず考えられない(そのような場合には挿管困難であることは導入前から明白である).我々は現在ではこのような症例にはすべて経口の気管支ファイバーガイド下挿管を行っている.

    4. Bullard型喉頭鏡の使用法

     Bullard型喉頭鏡はファイバ-スコ-プを備えた喉頭鏡であり気管内チュ-ブが通過できる程度の開口が可能であればかなり高確率で挿管が可能である.
     使用上注意すべき点は基本的には調節呼吸下の患者に用いるべきで,できるだけ筋弛緩薬を使用した状態で用いた方がよい.患者にチュ-ブやブレ-ドを噛まれてしまうと操作がほとんど不可能となるからである.また,出血に対しては気管支ファイバ-スコ-プに劣る.これはファイバ-先端に血液や分泌物が付着した場合の対処が難しいからである.
     我々はBullard型喉頭鏡を使用しての気管内挿管にはスパイラルチュ-ブを用いている.チュ-ブ先端のベベルは通常の挿管の時とは反対に左側を向くようにしておく.また,キシロカインゼリ-は用いず必ずスプレ-を使用している.これはファイバ-先端が曇らないようにする配慮である.この他できるだけ専用の光源を用いた方が明るくて視野もよい.
     Bullard型喉頭鏡を口腔内に挿入する際にはブレ-ドを正中から持っていく.通常のマッキントッシュ型喉頭鏡を使用する場合と異なり舌をよけない.ブレ-ドを咽頭後壁に押し付けるようにしながら進め喉頭蓋を確認したらこれをブレ-ド先端で引っ掛けるように操作しながら喉頭鏡全体を持ち上げるように操作すると喉頭展開され声帯が目前に見えるようになる.
     あとはチュ-ブを操作し挿管すればよい.

    5. Airway ScopeやAirTrackの使用法

     基本的な方法はマッキントッシュ型喉頭鏡で見ているのと同様の視野をこれらの道具でスクリーン上に得るという発想でよい.もしくは前節で解説した Bullard型喉頭鏡と同様に喉頭蓋を直接ブレードの先端で持ち上げて展開してもよい.あとはチューブを進めながら,チューブが正しく声門を通って行くかどうかを確認する.

    6. 逆行性挿管法

     マスク換気が困難な症例では通常気管支ファイバースコープを用いた気管挿管を行うが,気管支ファイバースコープが手もとにない場合や気管支ファイバース コープをガイドとした挿管がなんらかの原因でできない場合にはこの方法を考慮する.左図にそのシェーマを示す.
    まず,硬膜外麻酔用のtuohy針を輪状・甲状靭帯より穿刺しこの中を硬膜外カテーテルを通して口から出す.一方鼻からネラトンカテーテルを通してこれも 口から出す.この二つを結紮しネラトンカテーテルを鼻から抜いて硬膜外カテーテルが鼻から出るようにする.次にMurphy側孔の付いた気管内チューブを 用意し,このMurphy孔に硬膜外カテーテルを通してこれをガイドにして気管内挿管を行う.

    7. その他の方法について

      我々が通常行なっている上記の方法以外にも以下に示す方法がある.前述のごとく,どの方法を採用するかは,各個人の手技の熟達度を考慮するとよい.

    1. 盲目的経鼻挿管法(エンドトロ-ルチュ-ブ使用):適度の鎮静を効かせておき,経鼻で気管内チューブを通して呼吸音を頼りに患者の吸気に合わせてチューブを進め挿管する.患者に最大限の呼出を行なわせその後の吸気時にチューブを進めるようにするとよい.ある程度開口可能なばあいにはマギル鉗子による誘導を行なってもよい.

    2. 半盲目的経鼻挿管法:喉頭蓋がかろうじて見えるかどうかの患者ではマッキントッシュ型喉頭鏡で手ごたえを頼りに経口挿管を試みる方法やマギル鉗子で半盲目的に経鼻挿管する方法がある.

    3. Eschmann tube introducerを使用する方法:英国ではこの方法は予期せぬ挿管困難症対策のfirst choiceに挙げられている.喉頭鏡での喉頭展開を試みても喉頭蓋しか見えない状態(Cormack III)の時にはかなり有用な方法である.ただし喉頭蓋が咽頭後壁から持ち上がってこないような場合(Cormack IIIb)では難しいことも多い.tube introducerを半盲目的に気管内に挿入し,これをガイドとしてチューブを進めるという方法であるが,気管内にintorducerがうまく入ったかどうかの判断はintroducerを進めていく時の手応えで行う.introducer先端が気管軟骨を擦っていく感触(hunping and dumping)が感じられればまず間違いなく気管内にうまく入っている.非常にシンプルな道具であるが,なかなか有用な道具であると考えている.

    4. ラリンゲルマスクを使用する方法:あらかじめスリットを切除したラリンゲルマスクを挿入し,気管支ファイバースコープのガイド下にチューブチェンジャーを気管に挿入する.ラリンゲルマスクを抜去してチューブチェンジャにチューブガイドを通し、これをガイドとして気管内チューブを挿管する.ただしこの方法はある調節呼吸まで行なえる開口可能な症例に限定される.ILM(intubating lanyngeal mask)を使用する方法もある.

    5. トラキライトを使用する方法:トラキライトはライト付きのスタイレットであり,声帯を直接観察せずに皮膚を通して見える光の方向をたよりに挿管を行う道具である.我々は通常使用していないので,ここでは詳細は解説しない.

    6. ファイバースタイレットを使用する方法:基本的にはファイバースコープに近いものである.吸引ができないのが難点である.

    気管支ファイバ-スコ-プやBullard型喉頭鏡のない場合にはこれらの方法も一つの手段である.またこのような状況下では逆行性挿管法を選択せざるをえない場合もあると考えられる.ただし,盲目的・半盲目的挿管方法は気管支ファイバ-スコ-プやBullard型喉頭鏡を利用した方法に比べ成功率や安全性で劣り,また不成功であった場合には出血や浮腫を残し後者の方法を難しくするため後者の方法が選択できない場合にのみ試みるべき手技である.

    7. 参考文献

    1. 意識下挿管に有用な鎮静法.萩平 哲.LiSA, 13(2), 2007
    2. 経口ファイバースコープガイド下挿管のトレーニング方法について.中江 文,萩平 哲,高階 雅紀,真下 節.麻酔,56(6):728-31 , 2007.