ホーム専門外来のご案内−めまい外来 > 最近10年の当科めまい研究のあゆみ

めまい外来 − 最近10年の当科めまい研究のあゆみ

耳科部門 めまいグループ

宇野 敦彦、今井 貴夫、前川 千恵(大学院生)、岡崎 鈴代(大学院生)、鎌倉 武史(大学院生)
堀井 新(臨床教授、市立吹田市民病院部長)、北原 糺(臨床准教授、大阪労災病院部長)

大阪大学耳鼻咽喉科のめまい平衡研究の歴史は古く、山川強四郎教授による世界初のメニエール病の側頭骨病理=内リンパ水腫の報告(1938年)、長谷川高敏教授によるメイロンの開発(1950年代)、内藤儁教授による実験的内リンパ水腫の研究と内リンパ嚢開放術の開発(1950−70年代)、松永亨教授によるめまい発症への自律神経系の関与に関する研究(1980年代)、久保武教授によるめまいの外科治療の開発と宇宙医学への関与(1990年代)と継続されてきました。また、めまい研究をテーマとして阪大めまいグループから他学の教授になった教授には、松永喬名誉教授(奈良医大)、武田憲昭教授(徳島大)、肥塚泉教授(聖マリアンナ医大)がおり、めまいグループは阪大の中でも歴史と伝統のあるグループの一つと言えます。

我々はこのような国内外の諸先輩方からの伝統を引き継ぎ、基礎研究の発展と臨床治療の充実を目指しています。以下に、2001年以降の当科めまい研究について紹介します。(留学先や他学との共同研究を含んでおり、共同研究はその一部のみを記載しています。)

1.メニエール病の病態解明を目指す臨床研究

以前よりストレスとメニエール病の関係が臨床症状の経過から指摘されている。ストレスホルモンの一つである抗利尿ホルモン(バソプレッシン、ADH)の血中濃度を測定すると、難治性メニエール病の患者で比較的高値を示し、治療により低下する傾向があった(Horii A et al. Acta Otolaryngol Suppl 2004)。動物実験でも末梢前庭を刺激すると血中ADHの増加がみられた(Horii et al. Brain Res 2001)。さらにメニエール病患者から採取した内リンパ嚢を調べると、ADH受容体の一つであるV2受容体がで過剰発現しており、その活性も高まっていた(Kitahara T et al. J Neuroendocrinol 2008)。このV2受容体の内リンパ嚢での過剰発現は、遅発性内リンパ水腫症の患者の内リンパ嚢でも確認された(Kitahara T et al. Oto Neurotol 2009)。V2受容体とリンクした水チャンネルであるAquaporin-2(AQP-2)もメニエール病患者の内リンパ嚢で増加していることを示し、内リンパ嚢組織培養の結果からはADHの刺激によりAQP-2が管腔側より基底側に移動することがわかった。ストレスにより血中に上昇したADHがV2受容体過剰発現のみられる内リンパ嚢にはたらきAQP-2を介した水輸送に影響をあたえ、メニエール病発症に関与する機序が明らかとなってきた(Maekawa C et al. J Neuroendocrinol 2010)。

2. 難治性メニエール病の治療

保存的治療に抵抗する例では、内リンパ嚢高濃度ステロイド挿入術(Kitahara T et al. Ann Otol Rhinl Laryngol 2001、北原ら、日耳鼻 2001)およびゲンタマイシン鼓室内投与術を行っている。

内リンパ嚢開放と同時に高濃度ステロイドを留置する術式は、内リンパ嚢拡大術に比べめまい発作の抑制率で同等、聴力改善率は良好であり(北原ら、頭頸部外科 2005)、内リンパ嚢開放術から7年間の経過では、約8割の症例でめまいが完全に抑制されており、開放内リンパ嚢へステロイド挿入を行った例では、行わなかった例に比べ聴力改善および保存の率が有意に良い結果であった(Kitahara T et al. Laryngoscope 2008)。術後に血中抗利尿ホルモン(ADH)の低下を示す例で治療による長期成績が良いことも示された(北原ら、日耳鼻 2002)。この手術は機能温存手術であるため、めまい発作の再発があり得るが、開放した内リンパ嚢内に再生した乳突粘膜が入り込み内腔を閉鎖している場合は再手術による開放で良好な結果が得られる症例も経験された(北原ら、頭頸部外科 2007)。

動物実験では、鼓室内や腹腔内へのステロイド投与(Fukushima M et al. Acta Otolaryngol 2002、Acta Otoralyngol Suppl 2004)、さらに内リンパ嚢への直接のステロイド投与(Kitahara T et al. Neurol Res 2003a)が内耳の水チャンネル(アクアポリン)遺伝子発現に影響を与えることを示し、内リンパ嚢高濃度ステロイド挿入術が水チャンネル発現を介し内リンパ水腫の軽減に働いている可能性を報告した(総説:北原ら 耳鼻臨床 2008)。

一方、ゲンタマイシン鼓室内投与を要した症例でも、その8割以上に2年以上良好なめまい制御が得られた。めまいをよく制御するには、処置により前庭機能がある程度低下させることが重要であったが、施行した半数近くの例で聴力の改善がみられた。これは良好なめまい制御によりストレスの軽減が得られ、蝸牛機能の改善につながったものと考えられた。(Horii A et al. Otol Neurotol 2006)。

3.良性発作性頭位めまい症(BPPV)に関する臨床研究

めまいを主訴に受診される疾患の中で、良性発作性頭位めまい症(BPPV)は最も頻度が高く、市中病院の受診例では疑い例を含めて約4割を占め、大学病院めまい外来受診例でも2割以上を占める(宇野ら 日耳鼻 2001)。BPPVは理学療法による治療が特に後半規管型では奏功する(Sekine K, Imai T et al. Otolaryngol Head Neck Surg 2006)が、自然経過でも多くの例で良好に改善する(Imai T et al. Neurology 2005, 水平半規管クプラ型についてはImai T et al. Auris Nasus Larynx 2010)。

我々の開発した赤外線CCDカメラによる眼球運動記録から三次元軸解析を行う方法(総説:今井ら Equilibrium Res 2006)を用いて、後半規管型BPPVで誘発される眼振の詳細な運動解析が容易に可能となった(Imai T et al. ORL 2002)。この三次元軸解析法は、これまで詳細な眼球運動記録のために用いられた眼球表面にサーチコイルを置く方法と比べても遜色ない精確性であることを確認した(Imai T et al. Auris Nasus Larynx 2005)。この方法を用いることで、従来には鑑別の難しかった非特異的な眼振所見を示す症例においても病態把握が可能となり、前半規管型BPPV症例の証明(Imai T et al. Otol Neurotol 2006)、後半規管と外側半規管が同時に病巣であったBPPVの証明(Imai T et al. Audiol Neurotol 2006)、外側半規管病巣がクプラ型からカナル型に変化したことを捉えた症例(Imai T et al. Acta Otolaryngol 2008a)の報告を行った。また両側臥位への頭位変換で眼振の誘発される例においても片側型と両側型の鑑別が可能であること(Imai T et al. Acta Otolaryngol 2008b)、後半規管型頭位眼振の誘発の時定数を測定することでクプラ型とカナル型BPPVとが区別されること(Imai T et al. Acta Otolaryngol 2008c)を示した。

赤外線CCDカメラによる眼球運動解析と特殊な頭位による回転検査を組み合わせることで、垂直半規管機能を計測する検査法が開発できた(Morita M et al. Auris Nasus Larynx 2003)。この方法を用いると、後半器官型BPPV発症中の患者であっても半規管前庭動眼反射の利得がよく保たれていた(Sekine K, Imai T et al. Acta Otolaryngol 2004)。しかし水平半規管クプラ型BPPV患者では、低周波数での回転刺激に対する前庭動眼反射の利得が低下していた(Sekine K, Imai T et al. Acta Otolaryngol 2004)。

難治性BPPVに対しては半規管遮断術の治療を行っているが、眼球運動解析により責任半規管を確実に同定できることが役立っている(吉波ら Equiribrium Res 2009)。両側罹患した水平半規管型BPPVに対して一側の半規管遮断術と理学療法を用いて治療した(Horii A et al. ORL 2003)例を経験した。また、BPPVの難治例を三次元MRIにより観察すると半規管膜迷路の狭小化や断絶などの異常がみられる例のあることが明らかとなった(Horii A et al. Otol Neurotol 2010)。

4.めまいへの心因要素の関与に関する臨床研究

これまでにもめまいの発症には心因的要素の関わること、抗不安薬がめまい疾患の治療に効果があることなどを報告してきた。新しく登場した選択的セロトニン再取込み阻害剤(SSRI)をめまい患者に用いると、パロキセチンはうつ傾向の強いめまい患者の自覚症状の改善に有効であった(Horii A et al. Otol Neurotol 2004)。また別のSSRIであるフルボキサミン投与でも効果をみたが、神経耳科的な異常所見のみられない症例、異常があっても不安傾向の強い症例にSSRIが有効であった(Horii A et al. J Vest Res 2007)。

めまい発症には広い範囲に不安障害・抑うつの関与があり、抗不安・抗うつ薬は内服治療の選択肢として重要であると考えている(総説:堀井新 Equiriblium Res 2008)。

5.臨床症例における前庭代償

末梢前庭機能が障害され回復されない症例では、中枢前庭代償により平衡障害の改善が期待される。末梢前庭障害の程度が比較的早期に固定する前庭神経炎やめまいを伴う突発性難聴では、障害の変動するメニエール病や聴神経腫瘍症例に比べて日常生活における前庭代償の進みやすい傾向のあることを示した(北原ら、日耳鼻 2007)。また、急性末梢前庭障害に罹患し末梢前庭機能が回復しない場合、高齢者は若年者に比べて誘発性めまいによる日常生活障害度が有意に高いことが明らかとなった(北原ら、Equiribrium Res 2007)。 前庭神経炎症例に比べ、めまいを伴う突発性難聴例は半規管機能の回復する率が低いが、むしろ日常生活における前庭代償は進みやすいことが明らかとなり、この差異は、内耳が障害される場合と前庭神経に障害が残る場合とで前庭代償の進行に違いがあることが示唆された(Kitahara T et al. Ann Otol Rhinol Laryngol 2005)。

6.各めまい疾患に対する薬物治療の臨床研究

急性感音難聴の初期治療にステロイド剤が広く用いられるのとは異なり、前庭神経炎に対するステロイド治療は一般的とは言えなかったが、早期のステロイド治療が内耳機能の回復と自覚症状の改善に有用であることを報告した(Kitahara T et al. Neurol Res 2003b)。

前庭型メニエール病と診断された症例に対し血管拡張作用のあるプロスタグランディンI2誘導体を投与すると、めまいの持続時間が短く、蝸電図陰性の例に著効例が多かった(北原ら、Equilibrium Res 2006)。臨床症状の経過から前庭型メニエール病と診断される症例の中には、内リンパ水腫を原因とする以外の疾患を含む可能性があり、治療においてもそれを念頭におく必要がある。

内リンパ水腫を示唆する蝸電図検査陽性が得られたメニエール病患者の治療に浸透圧利尿剤(イソソルビド)を長期連続投与した例で、治療はめまい発作抑制に有効と考えられた。ただし、蝸電図検査の結果の推移と治療効果とには相関が得られず、蝸電図のみを薬物治療の中止継続の判定に用いることは難しい(北原ら、Equilibrium Res 2004)。

メニエール病に対する内服治療で用いられる浸透圧利尿剤(イソソルビド)は以前は液状のボトル製剤のみであったが、持ち運びに簡便なゼリー状分包品や液状分包品がメーカーにより開発された。ボトル製剤に比べゼリー状分包品を好む患者もあり、めまいや聴力変化に対する効果には違いがなかった(宮部ら、Equilibrium Res 2008)。液状分包剤はこれまでのボトル製剤よりも服薬コンプライアンスの上昇によりめまいの自覚症状の改善も得られた(堀井ら、Equilibrium Res 2010)。

7.臨床症例の論文報告

他項に挙げた臨床症例以外に、稀な疾患の経験を報告している。側方視により異常輻輳が起こりめまい症状を訴える輻輳痙攣にバクロフェンが著効した例(宇野ら、Equilibrium Res 2001)、めまい発作に伴い左右側方注視眼振が周期的に変化した症例(西池らEquilibrium Res 2005)、一側メニエール病に対し内リンパ嚢開放術を受け10年後に対側の突発性難聴を生じた例(花本ら、Equilibrium Res 2005)、頸部回旋が原因で頸部痛とともに発症した椎骨動脈解離による小脳梗塞例(Horii A et al., Acta Otolaryngol 2006)、内リンパ水腫の存在が強く示唆された再発性多発性軟骨膜炎例(Murata J et al., Acta Otolaryngol 2006)、頸性めまいで眼振所見のみられたBow Hunter's stroke例(佐藤、今井ら Equilibrium Res 2008)、外側半規管と前庭の形成異常がみられたMondini型内耳奇形にBPPV様眼振、メニエール病様めまい発作を伴った症例(Maekawa C et al. Auris Nasus Laynx 2009)、頭位性めまいの症状を示したがMRIで脊髄髄外腫瘍が見出された2症例(Kitahara T et al. Acta Otolaryngol Suppl 2009)、咀嚼によりめまい誘発がみられたCosten症候群症例(関根、今井らEquilibrium Res 2010)の報告を行った。

8.末梢前庭と中枢前庭系における神経細胞機能と神経伝達の基礎研究

動物実験により、内耳前庭機能だけでなく中枢前庭系の生理機能や病態を理解するための研究をすすめてきた。以前には主に薬理学や解剖学、電気生理学等の手法を用いて、分子生物学的手法を内耳形態や細胞機能(総説:北原ら Equilibrium Res 2007)、中枢前庭神経核や小脳の機能・病態変化の研究(Horii et al. Brain Res Brain Res Protoc 2002)に取り入れた(前庭神経系の化学的神経機能解剖についての総説:北原糺 Equilibrium Res 2005)。

神経細胞間のネットワークについての詳細な検討には、電気生理学的な手法が有用であり、その一つとして前庭自律神経反射に関わる脳幹のノルアドレナリン神経系への前庭情報の入力を明らかにしてきた(総説:Nishiike S et al. Acta Otolaryngol Suppl 2001、広くモノアミン神経系と前庭反射に関する総説:Nishiike S, Arch Ital Biol 2003)。また、神経細胞自体の興奮性の研究でも電気生理学的な手法が用いられ、前庭神経核ニューロンの膜特性について、特に大型の外側前庭神経核ニューロンでは内側前庭核ニューロンに比べて動的反応の弱い性質を持つことを示した(Uno A et al. J Neurophysiol 2003)。

ミトコンドリア内膜にありエネルギー産生に関わるuncoupling proteins(UCPs)は、UCP2,UCP3が内耳神経節細胞に分布していることをreal-time PCR法と免疫染色法により示した(Kitahara T et al. Hear Res 2004)。この内耳神経節細胞のUCPsは内耳毒性のあるカナマイシンの全身投与でも増加がみられ(Kitahara T et al. Neuroscience 2005)、一側内耳破壊後でも破壊側の前庭神経節細胞にUCP類mRNAの上昇がみられる。これらは前庭神経の細胞保護効果や神経機能調節に関わると考えられる(Kitahara T et al. Neurosci Res 2007)。

9.前庭代償の中枢メカニズム

一側の末梢前庭機能が障害されると前庭機能の左右差による平衡障害が生じる。しかし末梢機能の回復がなくても、この平衡障害は中枢前庭代償によって回復に向かう。これは中枢前庭神経核に生じた活性の左右差を脳内で是正するメカニズムがあるからで、脳の可塑性のモデルとして脳生理学的にも注目され、臨床においてもこの前庭代償を効率的に働かせることが重要である。

これまでに前庭代償の初期過程に小脳片葉が重要な役割を果たすことを明らかにしてきたが、コリン毒素をもちいた化学的破壊の実験では、前庭神経核と舌下神経前位核から小脳向かうアセチルコリン作動性苔状線維が関与することが示された(Fukushima M et al. Neuroscience 2001)。両側の内耳を時間をずらして破壊すると前庭神経核ニューロンにFos蛋白が発現するが、神経活性の左右差が生じない両側内耳の同時破壊では前庭神経核ニューロンのFosはみられない。前庭神経核の活性の左右差を抑制するために、このFosの発現したニューロンは働く可能性が考えられた(Kitahara T et al. Acta Otolaryngol 2002)。実際、FosあるいはPreproenkephalinに対するアンチセンスオリゴヌクレオチド投与による結果から、一側内耳障害により前庭神経核ニューロンに発現するFos-enkephalin信号が前庭代償の進行に関わることが示された(Kitahara T et al. J Neurosci Res 2006)。

前庭神経核および小脳片葉における遺伝子発現変化をreal-time PCR法により測定すると、一側内耳破壊後には破壊側、対側のそれぞれにグルタミン酸受容体(Horii A et al. Exp Brain Res 2001)およびGABA関連分子(Horii A et al. NeuroReport 2003)の発現変化が生じていた。末梢前庭からの入力、左右前庭神経核間の交連線維、前庭神経核小脳間のシナプス伝達の変化を示すものと考えられた。

さらに一側内耳破壊後の前庭神経核での遺伝子発現の変化をmicroarray法を用いて網羅的に解析し(Horii A et al. J Neurochem 2004)、この中で得られた細胞内カルシウムシグナル伝達に関わる分子の前庭代償過程での変化をreal-time PCR法で詳細に検討した。alfa2 subunit of voltage-gated Ca++ channel plasma membrane Ca(2+)ATPase 2、calcineurinが一側内耳障害後の前庭神経核で変化することを確認した。引き続く対側内耳障害によっても同様な変化が確認され、calcineurin阻害剤(FK-506)の投与は前庭代償の進行を遅らせたことから、これらのカルシウムシグナル伝達を担う分子が前庭代償過程の細胞変化に関与が示された(Masumura C et al. Brain Res 2007)。

前庭代償を維持する過程では、前庭神経核ニューロンの自発発火の性質が変化することが重要であると考えられている。前庭神経核ニューロンの自発発火に神経核内のギャップ結合が関与していることを見出したが、前庭代償過程での変化はみられなかった(Beraneck M, Uno A et al. Neurosci Lett 2009)。

10.耳鳴の動物モデルの開発と分子メカニズム

サリチル酸による一過性耳鳴が生じることは人でも知られているが、このサリチル酸を投与したラットの耳鳴動物モデルとその評価法を開発した。ラセン神経節細胞でのtransient receptor potential cation channel superfamily V-1(TRPV-1)がこのサリチル酸耳鳴の発症に関与していることを示し、動物における耳鳴発症の分子マーカーとなりえることを示した(Kizawa K et al. Neuroscience 2010)。TRPV受容体は様々な細胞障害刺激に反応する細胞の侵害受容器と考えられ、内耳毒性をもつKanamycinの全身投与でも内耳神経節細胞でそのmRNA上昇が観察される(Kitahara T et al. Hear Res 2005)。細胞障害性の刺激に対して内耳神経を保護する働き、結果として神経興奮が耳鳴等の症状の一因となっている可能性がある。(総説:北原糺 耳鼻咽喉科臨床 2004)

臨床例では、突発性難聴の患者でも耳鳴を感じる例が多いが、長く続く耳鳴り例ほど治療による聴力改善が悪いが、また耳鳴のほとんど感じない例でも聴力改善が悪いことがわかった(Hikita-Watanabe N et al. Acta Otolaryngol 2010)。難聴に伴う自覚的耳鳴の有無が前庭神経(節)細胞の機能障害の程度を示す可能性があると思われる。

11.前庭系の重力変化に対する適応と空間認知における役割

重力環境の変化に際に一過性の平衡障害がみられるが、比較的早い時期にこの障害は代償される。このメカニズムを解明するためにラットに過重力負荷を与え、末梢内耳および中枢前庭系における物質変化を検討した。その結果、重力センサーである耳石そのものの形態や代謝には変化はなく(Uno Y et al. J Vestibular Res 2001)、過重力負荷初期は前庭小脳による前庭神経核の抑制を介して、後期には末梢前庭系におけるグルタミン酸作動性神経伝達の抑制を介して過重力に適応していることを報告した(Uno Y et al. J Neurochem 2002)。

めまい感は空間識に異常が生じた時に感じると考えられ、空間識を形成する重要な感覚入力のひとつが前庭情報である。大脳辺縁系の海馬には動物が空間内の一定の場所に位置する時に特異的に発火する細胞(place cell)が存在し、空間認知に重要な役割を担う。前庭情報の空間識形成における役割を検討するため、両側前庭破壊を行うと海馬place cellの場所に対する特異性が低下し、place fieldの拡大が見られた(Russell NA, Horii A et al., J Neurosci 2003)。麻酔下ラットで前庭神経核を電気刺激すると海馬CA1領域のcomplex spike cell発火が電流強度依存性に増加した(Horii A et al., Exp Brain Res 2004)。放射状迷路学習課題で空間記憶を検討すると、両側前庭破壊により空間記憶が障害された。(Russell NA, Horii A et al., J Vestibular Res 2003)。さらに、重力環境を変化させて飼育した動物では空間記憶が悪化した(Mitani K et al. Cognitive Brain Res 2004)。前庭情報は海馬での空間識形成、空間記憶に利用されており、これらには重力という一定した外部標準が重要であると考えられた。

12. 動揺病の神経機序

動揺病(乗り物酔い)で生じる悪心・嘔吐などの自律神経症状の発症は、内耳障害などでみられるめまいの症状発現と共通するものと考えられる。これまでに、動揺病が発症する過程では、ヒスタミン、アセチルコリン、バゾプレッシン神経系は活性化され、ノルアドレナリン神経系には抑制がみられることを報告してきた(総説:Takeda N et al. J Med Invest 2001)。動揺病を起こさせた動物でヒスタミンH1受容体mRNA発現変化をreal time PCR法でみると視床下部と脳幹で有意に増加しており、H1受容体拮抗薬の投与は動揺病症状を抑制したことからヒスタミン神経系の活性化と受容体変化が動揺病の発症に関与することが示された(Sato G, Uno A et al. Acta Otolaryngol 2009)。動揺病発症には前庭神経核を含む脳幹機能が必須であるが、大脳辺縁系にある扁桃体もその発症に関与すると考えれる(総説:宇野ら、Equilibrium Res 2006)。扁桃体への前庭情報の入力は明らかでなかったが、動揺病発症時には扁桃体中心核にFos陽性細胞が出現し、両側内耳を破壊した動物では動揺病にも罹患せず、扁桃体のFosもみられないことから、前庭刺激が扁桃体が活性化させ、動揺病発症に関与することが示された。(Nakagawa A et al. Brain Res 2003)

13.ヴァーチャル・リアリティーを用いた平衡機能研究

ヴァーチャル・リアリティー(VR)のシステムを用いることで、人を対象にした平衡神経生理の新しい研究が可能となってきており、また将来のめまい治療への応用など広い可能性がある(総説:西池ら 神経研究の進歩 2005)。

視覚刺激による加速度感(疑似運動感、ベクション)は、大脳前庭皮質が反応することを脳磁図を用いて示した(Nishiike S et al. Acta Otolaryngol Suppl 2001, NeuroReport 2002)。VRによる視覚刺激が姿勢制御に与える影響(Akizuki H, Uno A et al. Neurosci Lett. 2005)、歩行に与える影響(Ohyama S, Nishiike S et al. Acta Otolaryngol 2008)を報告し、一側前庭機能障害などによる平衡障害のリハビリに応用できる可能性を示した。VRによって故意に視覚と前庭の情報にずれをおこさせると動揺病と平衡失調症状が誘発されるが、それぞれは同期して発症するわけではなく(Akizuki H, Nishiike S et al. Neurosci Lett 2003)、心拍数の変動から交感神経系の活動亢進がおきることが示された(Ohyama S, Nishiike S et al. Auris Nasus Larynx 2007)。

留学について

めまいグループではそれぞれ特徴のある国々/施設に留学し、阪大と世界中の平衡研究施設とのあいだにネットワークが形成されている。以下に武田教授/肥塚教授以降の世代における、留学期間、国名、受入先の教授名、研究テーマについて記す。現阪大めまいグループ所属以外も含む。

西池 季隆 (1996.8-1998.9):ドイツ(WO. Guldin)
ラット前庭皮質の研究

今井 貴夫 (1998.3-2000.12):アメリカ(B. Cohen)
歩行時の頭部、体幹、眼球の3次元解析

堀井 新 (1998.10-2000.9):ニュージーランド(PF. Smith and CL. Darlington)
前庭代償の分子メカニズム、空間認知における海馬への前庭情報入力の役割

宇野 敦彦 (2001.7-2003.6):フランス(PP. Vidal)
前庭神経核ニューロンの電気生理学的特性

北原 糺 (2002.4-2004.3):アメリカ(CD. Balaban)
内耳末梢における肥満遺伝子uncoupling protein、侵害受容体transient receptor potential cation channel subfamily Vの役割

増村千佐子 (2007.7-2009.6):ニュージーランド(PF. Smith and CL. Darlington)
両側内耳破壊の中枢へ与える影響、耳鳴ラットモデルを用いた耳鳴の薬物治療