女性医師・医学生の方へ

開業医 水津百合子 先生(阪神耳鼻咽喉科医会会長)

S50年  大阪大学医学部卒業、 同病院で研修ののち
S51年より関西労災病院耳鼻咽喉科勤務
S56年より阪大病院耳鼻咽喉科助手
S57年から市立伊丹病院耳鼻咽喉科医長
S60年に伊丹市の現在地で水津耳鼻咽喉科を開業し、今に至っています。

昭和50年卒の水津百合子と申します。おそらくこれを読んでくださっている若い女医さん方から見たら、母親かさらに上の世代になるのでしょうね。その私が、ずいぶんと長くなった医者としての人生を歩む中で、阪大耳鼻科教室に入局することを選択して心から良かったと思っていることをお話したいと思います。

経歴にも書きましてが、私は医師としてのほとんどの期間を阪神地区で過ごしてまいりました。初めて赴任した関西労災病院で、多くの上司や同僚の先生方から、診療の技術や知識は勿論、医者としてのありようを一から教えていただいたことが、その後の医師としての仕事の支えとなっています。でも、勤務医の時代の話は、現役の病院勤務の先生にお任せして、女性の耳鼻咽喉科開業医としてこの地域の中で考えてきた事などをお話いたします。

阪神地区は大阪府下に次いで、阪大の関連病院の多い地域です。ただ昨今はどこも同様で常勤の耳鼻科医のおられる病院は減ってきていますが、それでも、車で15分もあれば、阪大耳鼻科教室出身の先生がおられる病院がいくつかあります。非力な私が今に至るまで無事に開業医を続けることができたのは、同じ教室の先輩後輩の多くの先生方のお世話になったからで、深く感謝をしております。

さらに、開業して四半世紀もたつと、自分の勤務医時代の知識では全く役に立ちません。この点でも、教室の同窓会が年に5−6回開く講演会は大変ありがたい機会となっています。医局の先生方の多大なご尽力によって設けていただいている講演会ですが、私たち阪大の同窓生は当たり前のように参加していたものでした。が、他大学出身の開業医仲間には、各分野を網羅する内容の多数の講演が聴ける機会があることは大いに恵まれているのだといわれ、これも教室の力なのだと認識いたしました。

耳鼻科は皮膚科や眼科に比べると、決して女性の多い分野ではありませんが、それでも耳鼻科開業医の内での女性の比率は確実に上がっています。耳鼻科では患者としては全年齢層が対象となりますが、とくに開業医では小さい子供を見る機会が多くなります。実際子育てを経験したことも悪くはなかったと思ったのはこのあたりで、子供を見る目に余裕ができ、病気の子供を抱えた母親への共感をしめすことで、母親からの信頼を得やすくなります。熱の高い赤ちゃんを連れた働くお母さんに若かった自分の姿を重ねながら、「しんどいのはほんの1−2年なのだから、なんとか仕事を辞めないで頑張って」などと言いながら、耳鼻科の町医者も悪くないなーと実感しています。そして、泣きわめくのをなだめすかしながらみていた子供が大きくなって、一人前に社会人になった姿を見せてくれたりすれば、それが開業医の一番の喜びです。

さらに最近では、在宅や施設に入所中の患者さんからの往診の依頼も増えています。嚥下障害の診断やら聴こえの問題、あるいは単に耳垢除去まで内容はいろいろですが、介護している家族との対応は、女性医師のほうが得意分野かもしれません。

25年前に開業する時、耳鼻科開業医の仕事は腫瘍を見落とさないこと、中耳炎や副鼻腔炎などありふれた病気を適切に治療すること、聴覚の診断などだと思っていました。が、開業してみると上気道炎やアレルギー疾患に加えて、他科の先生からの依頼で一番多いものはめまいの診断でした。さらには先程来お話した嚥下障害や音声言語の問題、睡眠時無呼吸症候群など、耳鼻咽喉科開業医の扱う分野は、開業当初に想像していたよりもはるかに広がっています。

地域の開業医としては、耳鼻咽喉科医を目指す女性の先生方が増え、今は非常勤の先生方で維持されている病院に、再び常勤の先生方が戻ってきてくださることを何より期待しています。そして、遠い将来にその先生方が私たち開業医の仲間となってくださった時には、その新しい力と知識で、地域の耳鼻咽喉科医の担う分野は、今よりももっともっと広がるでしょう。

卒業して30年あまり、振り返ってみても、耳鼻咽喉科は多様な分野を扱うがゆえに多様な生き方ができ、生涯の職業として耳鼻咽喉科医を選んだことは間違ってはいなかったと考えるこの頃です。女性医師が一生働き続けていくことが可能な分野として、是非耳鼻咽喉科医を選択されることをお勧めいたしますとともに、阪大耳鼻科教室の後輩が一人でも多くなることを心より願っています。