上部消化管 食道

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検査

上部消化管造影(UGI)

内視鏡検査が発達した今日では以前ほどは上部消化管造影(UGI)の重要性はいわれなくなりました。しかし外科領域では術前の病変の評価や、化学、放射線治療後の効果判定、さらに、術後に食事を再開する前の検査としては欠かせません。

1) 目的 食道がんの広がりや食道の形を非観血的に調べることです。

2) 方法 バリウムと発泡剤(食道を膨らませる)を飲み込み、X線で撮影を行います。体の向きを変え、多方向から病変及び、食道をとらえます。検査終了後に下剤を用いて、バリウムを排泄させます。(腸閉塞や腸穿孔の原因となることがあるので)

3) 読影 専門の医師により、バリウムの付着具合、しわのより方などから、病変の深さ、広がりを判定します。術後の食事再開前の検査としては、漏れ(縫合不全)がないことを確認します。

上部内視鏡検査

食道がんの確定診断には、内視鏡による生検組織検査が必要不可欠となっています。また、がん病変の局在(位置、方向)、深達度診断(がん病変の深さの診断)、色素内視鏡による精査も、治療方針決定に重要な役割を果たしております。

1)内視鏡検査(通常観察)

食道は気管・肺・心臓・椎骨などの重要な臓器と接しています。したがって、病変の局在(位置、方向)および、深達度診断(がん病変の深さの診断)によって、治療方針は大きく変わってきます。食道粘膜の隆起・陥凹の程度、発赤、血管網の変化に注目し、がん病変の局在を確認後、深達度診断に至ります(図1-2)。同時に、胃・十二指腸まで観察し、胃がん病変の合併の有無を確認します(図3-6)。

2) 色素内視鏡検査

食道がんの診断に使用されている色素にはヨードとトルイジンブルーがあります。ヨード染色:正常の食道粘膜は、ヨードにより茶褐色に染色され、がん病変部は染色されません(図7-9)。この性質を利用し、がん病変の拡がり・壁内転移(図9-1/ -2)などを確認するために食道全長にわたって観察します。また、ヨード染色により胸部の不快感を感じることがあります。検査終了時には胃内に溜まったヨード液を吸引し、チオ硫酸ナトリウム液(中和液)を散布することがあります。上記の色素を用いることによって、初めて存在が確認されるような表在がん(粘膜下層までにとどまるがん)もあります。また、より正確な病期診断を得ることが可能となります。

3) 生検組織採取

内視鏡より鉗子を挿入し、がん病変より組織を採取します。採取した組織は、病理検査部で組織診断されます。組織検査の結果をもって、食道がんの確定診断がなされます。また、当科では生検組織による化学療法・放射線療法の効果予測についての検討も重ねています。

CT

食道がんの進行度診断のひとつとしてCTがあります。
CTはX線を用いて体の断面像を撮影する検査です(図1および図2)。
CT検査を治療前に行うことにより、主腫瘍の深達度、周辺臓器(大動脈、気管など)への浸潤の有無、リンパ節転移の有無、他臓器(肺、肝が多い)転移の有無などの診断を行います。
これらの結果を元に治療法を決めていきます。
そして、化学療法、放射線療法を行った場合は、治療後にもCT検査を行い、治療効果についての評価を行います。撮影は、病変をよりはっきりさせるために造影剤を腕より静脈注射しながら行います。
特に、苦痛を伴う検査ではありません。

FDG-PET

FDG-PETとは ポジトロンCT(PET)は放射性同位元素(RI)を用いた画像検査で、ガリウムシンチグラフィー、骨シンチグラフィー等と同じRI検査と呼ばれるグループのひとつです。高信号の対消滅放射線を出す核種を用いるため、従来のシンチグラフィーと比較して解像度の高い鮮明な画像が得られるという特色を持っています。CTなどのレントゲン検査が体外からX線をあてて写真を撮るのに対し、この検査では放射線を出す性質を持った薬剤を投与し、体内から出てくる放射線を写真に撮るという違いが有ります。

なぜ腫瘍が摘出されるの?

悪性腫瘍は正常組織と比較して増殖が早く、そのためのエネルギーとしてより多くのブドウ糖を消費します。 このためFDGもよりたくさん悪性腫瘍に取り込まれ、PETで描出されるのです。

どうしてPETの検査が必要なのですか?

“悪性腫瘍”の疑いがかかると実にいろいろな検査が必要になりますね・・・食道なら内視鏡、バリウム、CT・・・なぜそのうえPETまで必要なのでしょう?

1. 全身のがんの検索が一度に可能 当院の腫瘍FDG-PET検査では、頚部から会陰部まで、体幹部全体を撮影しています。従って、それまでにわかっている場所以外にどこか転移がないか、他の臓器に悪性病変の合併がないか等を一度に調べることが出来ます。

矢印 2. CTなどと異なり、がん組織の活動性を調べることが可能(質的診断) FDG-PETは他の画像検査と検査方法も異なりますが、病気に関する情報も全く異なるものを得ることができます。たとえば・・・



“食道がんの手術後の患者さんで、CTで胸部に何か腫瘤が見られる。これが再発なのか、手術後にできた肉芽なのかわからないけど・・・”
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“FDG-PETでは写らないので悪性とは考えられません。だから再発ではなく肉芽でしょう”  このように、何かあるけどそれが良性なのか悪性なのか分からないというような場合、PETが非常に役に立ちます。
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治療前・・・
またこちらの患者さんは食道がんがリンパ節に転移しており、それがCTでもPETでもよく描出されています。 このため手術前に転移の広がりを縮小する目的で化学療法(抗がん剤)を行いました。
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さて治療後・・・
“CTではまだリンパ節の腫れ(転移)が残っているみたいだけど”
“PETでは写らなくなっているから抗がん剤はよく効いていると考えられます” 実際手術で摘出されたリンパ節は抗がん剤が良く効いてがん細胞は残っておらず、繊維の塊となっていました。

食道がんでは手術以外に抗がん剤や放射線療法を行うことも多いのですが、それらがどの程度効いたのかを正確に判定する上でもPETは重要な検査のひとつです。

FDG-PETって、どんなことするんですか?

では実際どのようにPET検査が行われるのか見ていきましょう。


まず初めにFDGを注射します。また検査直前に血糖値を測っておく必要があるため、この時同時に少量の採血も行います。
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注射の後、1時間程待合室でお待ちいただきます。この間にFDGが病変部に集まって行きます。
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その後30-40分くらいかけて全身の撮影を行います。時間のかかる検査ですが、息をとめたり、体位変換をする必要はありません。じっと寝ているだけです。以上で検査は終了です。

放射性同位元素を含む薬剤を用いるので被爆はありますが、その量は1回の検査でおよそ2.2mSV(ミリシーベルト)、これは一般に行われているCTの検査よりも少なく、体への悪影響はありません。また、もともと体内にあるブドウ糖の類似薬を用いるので、注射に伴うアレルギー反応も全くない、とても安全な検査です。

各種治療法

内視鏡的粘膜切除

内視鏡的粘膜切除  がんは必ず食道の壁の内側にある粘膜上皮から生じますが、がん細胞が粘膜内にとどまっているようなごく早期の食道がんではリンパ節転移がほとんどみられません。そのためきわめて早期のがんは手術をしなくても内視鏡的粘膜切除によって多くの症例で根治が可能です。粘膜内のがんを内視鏡で確認しながらがんとその周囲の正常食道粘膜にループ状のワイヤー(スネア)をひっかけて電気で焼き切るのが本治療法ですが、全身麻酔をかけることもなく1時間程度で終わり、翌日から経口摂取が可能です。入院期間もおよそ1週間の短期間で済みます。食道がほとんど元の状態で残るため、退院後も食事量が減少することがなく治療前と比べてQOL(生活の質)が低下することはありません。手術に比べると侵襲も小さく安全な治療法ですが、主な合併症として出血、穿孔(食道壁に穴があく)、狭窄があり、発生頻度はそれぞれ約2%です。また粘膜切除術では食道に潰瘍をつくることになるため、食事を摂るときに痛みがでることがありますが、 1~2週間で改善されます。切除した病変は顕微鏡で詳細に検査しますが、がんが予測していたよりも食道壁の深くに浸潤していた場合は、食道の外のリンパ節にがんが転移している可能性があるため、手術や放射線治療などの追加の治療が必要になることもあります。

手術~総論

食道がんの外科手術は、基本的には食道切除術と再建術からなります。 食道切除術は、単に原発巣(食道に発生したがんの部分)のみを切除するのではなく、転移の可能性の高いリンパ節を含めて一塊として切除する方法がとられます(図1)。 再建術は、食道を切除した後、再び食事がとれるように胃や腸など他の消化管を用いて吻合する手術のことをいいます(図2)。 かつては食道がんの手術はリスクが高い手術であったため、切除術と再建術を二回にわけて行われた時期もありましたが、最近では、 手術手技や栄養管理その他の進歩により安全な手術となったため、ほとんどの場合切除術と再建術は同時に行われます。
手術は、がんの広がりが手術で切除可能な範囲内におさまっていると考えられるケースが適応となります。気管や大動脈に浸潤している、広範囲のリンパ節転移がある、肺や肝臓など遠隔臓器に転移がある場合は、 通常手術単独では根治は期待できないため、化学放射線療法や化学療法など他の治療法と組み合わせた治療を行っています(集学的治療の項参照)。 一方、早期がんでリンパ節転移のない症例は手術でリンパ節を郭清する必要がないため、内視鏡による原発巣の切除を行っています(内視鏡的粘膜切除)。 食道は、頸部、胸部、腹部食道からなりますが、その腫瘍の占居部位により手術の方法が大きく異なります。

頸部食道がん手術

頸部食道がんの術式は、がんの占居部位や進展状況によって異なります。頸部食道は解剖学的に上方向は下咽頭に連続しており、また前方向は気管と接しています。がんが下咽頭にまで広がっている場合や気管に浸潤が見られる場合には、頸部食道の切除と同時に喉頭の合併切除が必要となります(図1)。喉頭を切除すれば声帯がなくなるため自然発声機能が消失します。この場合、切除後の気管断端は永久気管孔として前頸部に作成され、ここから呼吸をすることになります(図2)。一方、がんの進展が頸部食道をこえて下方の胸部食道にまで広がっている場合は食道全摘術が必要となります。 再建術は、頸部食道のみの切除の場合は、遊離空腸再建が行われます(図2)。これは、小腸の一部を腸間膜の血管をつけたまま切除し(図3)、頸部で消化管の吻合と血管吻合を行う手術です(図4)。

胸部食道がん手術

胸部食道がんのリンパ節転移は、そのがんの占居部位により若干頻度が異なりますが、基本的には頸、胸、腹部の3 領域のリンパ節に転移を生じます。したがって手術では、頸、胸、腹部の3領域のリンパ節を郭清する必要があります(3領域郭清術)。しかし、3領域郭清手術は侵襲が大きく身体に負担の大きな手術です。特に頸部リンパ節郭清により術後嚥下障害や肺炎などの合併症の発生するリスクが高くなりますので、当科では独自に開発した術中迅速遺伝子診断により頸部リンパ節郭清が本当に必要な症例のみを選んで手術をしています(術中迅速遺伝子診断の項へ)。手術は、左下側臥位で右の開胸操作から始まります(図1)。開胸操作では胸部食道と胸部のリンパ節の郭清を行います。次いで、仰臥位となり、腹部と頸部の操作に移ります。腹部操作では、腹部リンパ節の郭清と再建臓器の作成を行ないます。再建に用いる臓器により手術は異なりますが、基本的には胃を用いることが多いです(図2)。過去に胃の切除術を受けた既往のある場合は、他の消化管(大腸や小腸)を用いることになります。再建臓器を通す経路としては、後縦隔、胸骨後、皮下の3つがあります(図3)。それぞれ一長一短がありますが、胸骨後を用いることが多いです。

腹部食道がん手術

腹部食道がんや噴門部胃がんで食道浸潤がみられる症例では、リンパ節転移は腹部~下縦隔リンパ節が中心で、頸部や上縦隔リンパ節にまで転移が見られることは稀であります。したがって、切除範囲としてはがんが噴門に進展していれば、下部食道胃全摘術が行われ、リンパ節郭清範囲も腹部、下縦隔に重点をおいたものとなります(図1)。上縦隔や頸部リンパ節を郭清しないため、胸部食道癌の手術とは違い、アプローチとしては左開胸開腹連続切開によるものか(図2)、開胸せずに食道裂孔を切開し、開腹操作のみで下縦隔リンパ節を郭清する場合もあります。再建法は、胃を切除した場合は胃管が使えないので結腸か小腸を用いることになります。

化学療法

食道がんは胃がんや大腸がんなど他の消化器がんに比べ、抗がん剤に対する感受性は高いといわれています。しかし、切除可能な進行食道がんに対する化学放射線併用療法の組織学的CR率(顕微鏡レベルでがん細胞が完全に消失する率)が20-40%であるのに比べると、化学療法のそれはわずか数%であり、まだまだ化学療法単独で根治がねらえる程のレベルには至っておりません。したがって、現時点では、化学療法は外科手術の補助療法か、あるいは外科治療の適応とならないような高度進行例に対する姑息的治療という位置付けで行われることがほとんどです。補助療法としては、大きく分けて以下の2つのやり方があります。

1)術前化学療法(ネオアジュバント化学療法) 

他臓器に浸潤があったり、広範囲にリンパ節転移がみられるなど高度の進行がん症例で、そのまま手術を行うと非治癒切除(明らかにがんを取り残す手術)に終わる可能性のある症例に対して、手術前に抗がん剤治療を行うことでがんを縮小させ、治癒切除(がんを残さず取りきる手術)を可能にする方法です。当科では、5-FU、シスプラチン、アドリアシンの3剤を併用したFAP療法を行っています。奏効率(CTなどの画像診断でがんが50%以上縮小する率)が約70%と非常に効果の高い治療法であり、気管浸潤例や高度リンパ節転移陽性例に対して行っています。

2)術後補助化学療法(アジュバント化学療法)

手術で治癒切除はできたものの、ある程度の進行がんであったため術後再発の可能性がある症例に対して、再発予防目的で術後に行われる抗がん剤治療のことです。当科では、切除標本の病理組織学的検査の結果をみて、リンパ節転移が多い症例には術後外来で抗がん剤投与を行っています。

放射線療法

食道がんに対する放射線治療には、がんが治ることを期待する根治的放射線治療と、主にがんによる症状を緩和することを目的とする姑息的放射線治療があります。

1)根治的治療

対象としては、リンパ節転移のない早期のがんではあるが内視鏡的粘膜切除では切除できない場合、手術によって治癒する可能性がある病変であるが高齢・呼吸器や循環器の合併症などの理由で手術を乗り切る体力がないと思われる場合、手術が勧められるものの患者さんが手術を望まない場合、などがあります。治療の仕方は体外からの照射を週5日連続して5~6週間行います。一回の治療時間は1~2分程度の短時間で終わります。近年、放射線療法と化学療法(抗がん剤治療)を同時に行うほうが放射線療法だけの治療よりも効果が高いことが明らかとなり、がんの根治を目指す場合には放射線療法と化学療法を同時に併用して行うようにしています。

2)姑息的治療

がんによる自覚症状、例えば、縦隔リンパ節再発による呼吸困難・骨転移による疼痛・脳転移による神経圧迫症状などを緩和して患者さんのQOL(生活の質)を改善することを目的とします。治療期間は患者さんの全身状態や症状緩和の程度によりますが、一般的には根治的治療の場合よりも短期間になります。化学療法を併用しない場合は外来通院での治療も可能です。 放射線治療の副作用はがん以外の正常組織にも放射線がかかってしまうことが原因となります。放射線がかかる部位によって副作用が異なり、副作用が出現する時期も治療中から治療後早期におこる早期合併症と治療終了後数ヶ月から数年経過してからおこる晩期合併症があります。早期のものとしては、皮膚の発赤やひりひり感などの皮膚症状、食べ物を飲み込んだ時に起こるのどの痛みや胸焼け感などの咽頭・食道炎症状、白血球減少・貧血などの血液障害、身体がだるいなどの全身倦怠感や発熱症状などが起こることがあります。一方、晩期のものとしては、胸に水がたまったり(胸水貯留)、心臓のまわりに水がたまったりする(心のう液貯留)など肺・心臓に影響が出ることがあります。また脊髄に放射線がかかりすぎると麻痺などの神経学的症状がでることがあります。しかし晩期の合併症についてはまだわかっていない点も多くこれからの課題とされています。

姑息治療(ステント治療・バイパス手術)

ステント治療

がんそのものを治す治療ではなく、がんによる食道狭窄のため食事が摂れないときにメタリック製の網状またはZ状の筒を内視鏡的に食道狭窄部に留置して、食道を広げることで食事ができるようになることを目的として行う対症療法的な治療です。がんによって食道の壁に穴があいて、食事が外に漏れて肺炎などの炎症を起こしたときにその穴をふさぐ目的で行う場合もあります。内視鏡を使って行う治療のため侵襲が少なく、短期的なQOLの向上が期待できますが、食道に異物(ステント)を入れることによる長期的な影響は未だよくわかっていません。

バイパス手術

がんそのものを治す治療ではなく、がんのある食道はそのまま残し、食事が通るための別ルートを作る手術です。対象となる患者さんはステント治療の場合とぼぼ同様で、がんによる食道狭窄がのため食事が通らない場合やがんによって食道の壁に穴があいて食事が外にもれしまう場合などです。一般的には胃を食道の代わりとして皮膚の下または胸骨の下を通して頚部まで挙上して頚部食道とつなぎますが、当科では小腸の一部を切除して食道の代わりとして用いることで胃を温存し、顕微鏡下に小腸の血管をつなぐ手術を行っており、良好な成績が得られています。

集学的治療

頸部食道がんに対する積極的喉頭温存術~声を残して、がんを治す

頸部食道がん(図1)は、これまでは食道と共に喉頭を切除する手術(喉頭合併切除)が通常行われてきました(図2)。喉頭とは、外から見たときのいわゆる喉仏のことで、同部は呼吸をするための気管の入り口であり、かつ、声を作り出す声帯のあるところです(図 1)。つまり、この喉頭を切除するということは、一生声を失うことを意味します。たとえ、喉頭を失っても、食道発声や最近では様々な発声の補助器具が開発されており、コミュニケーションの手段を失うわけではありませんが、QOL(quality of life):生活の質の点では大きなハンディキャップであることには間違いありません。がん治療における手術の最大の役割は残さずに切除することですが、我々はもう一歩進んで、声(喉頭)を残し、かつがんも治すことに取り組んでいます。

1. どうして声を残せないの・・?

大きくは以下2つの理由があります。

(1)根治性(がん病巣の完全切除)の問題

がんは見た目の広がりを越えて細胞レベルでは広がっています。そのため、正常部分を少し含めてがんを完全に切除するように心がけます。この正常部分が安全域です。頸部食道がんではがんは食道の入り口に非常に近い部分にあるため、この安全域を確保して切除となると食道をその入り口と共に切除しなければなりません。しかし、食道の入り口は気管の入り口と一体化してのど(咽頭)につながっているため、図1の如く喉頭を切除せざるを得ないわけです。

(2)術後合併症の問題

上の項でも述べましたように、のどの奥には呼吸をするための気管の入り口(喉頭)と水分や食物を食べるための食道の入り口の2つがあり、多くの神経や筋肉の複雑で高度な調整のもとにむせることもなく呼吸し、食事を摂ることができています。しかし、手術では広範囲にこれらの神経や筋肉を剥離したり、引っ張ったりするため、術後の癒着や瘢痕化(硬くなり引きつれる)から、微妙な調整に狂いが生じ、単に喉頭を残すだけでは気管に水分や食物が入り(これを誤嚥といいます)、食事摂取は愚か、重篤な肺炎を発症してしまいます。この危険を回避するため、喉頭が切除され、食事の通り道と空気の通り道が別々に分けられる処置がされます(図2)。

2.“声を残して、がんを治す”ための我々の工夫

(1)根治性(がん病巣完全切除)の問題の克服

術前に化学放射線療法を施行し、図3のようにがん病巣の縮小を図ります。こうすれば、切除ラインは同じでもがんが小さくなった分、安全域は広くなったことになります。更に、がんを小さくして切除することで、根治性は高くなると期待されます。成績:2000年1月から2003年3月までで、化学放射線療法後に手術を行った14例中9例に声を残す手術(喉頭温存術)(図3)が可能でありました。

(2)術後QOL(quality of life):生活の質の問題の克服

正常の人と声を残す手術(喉頭温存術)ができた頸部食道がん患者の嚥下機能(物を飲み込むときののどの動き)をビデオ透視などを用いて詳細に解析し、その問題点を明らかにした上で、現在、術式に様々の工夫を行っています。成績:以前は喉頭温存術を施行しても術後に一時的に気管切開が必要となる症例は6割に達し、実際かなりの嚥下練習を経た後、約1ヶ月後くらいでないと食事摂取は困難でした。最近の症例は術式の改善に伴い、嚥下時に注意は必要ですが、簡単な練習のみで術後約10日前後で食事摂取が可能となっています。  我々はこれからも頸部食道がんにおける根治性(がん病巣完全切除)とQOL(quality of life):生活の質という互いに相反する問題に積極的に取り組み、患者さんが安心して手術を受け、そして早期に社会復帰ができるよう、更なる改善に努力し続けるつもりです。

術中遺伝子診断に基づくリンパ節切除範囲の合理的縮小化

食道がんは早い時期より頸部、胸部、腹部、いずれの領域のリンパ節にも転移を起こしうる悪性度の高い疾患であるため、徹底的にこの三つの領域のリンパ節を切除する拡大手術が行われてきました。しかし、重要なリンパ節の切除部位は食道や気管に添った周囲のリンパ節です。通常、頸部のリンパ節を切除するときは頸部の食道に添うリンパ節に加えて、両横の鎖骨の上付近のリンパ節(鎖骨の上にできるくぼみ部分にあるリンパ節)をも切除します(図1)。頸部の広範囲な手術操作は術後の嚥下機能(飲んだり食べたりする操作)に少なからず影響を与えることや、この鎖骨の上の部分には転移の無い症例も少なくないことから、頸部両側の追加リンパ節切除の適応を症例毎に検討し、手術侵襲の軽減と術後QOL:quality of life(生活の質)の向上に取り組んでいます。

1)どんな症例が頸部鎖骨上のリンパ節に転移がない・・?

 頸胸境界部の気管の両側には反回神経と呼ばれる声帯を動かす神経が通っていますが、この周囲のリンパ節(反回神経リンパ節)は転移の好発部位です(図 2)。頸部や頸部に近い部位に腫瘍のある食道がんを除けば、これまでの検討から、この反回神経リンパ節に転移がある症例は頸部鎖骨上のリンパ節に高率に転移を認めるのに対し、反回神経リンパ節に転移がなくて頸部鎖骨上のリンパ節に転移を認めた症例はほとんどありませんでした。(発表論文)Shiozaki H.、 M. Yano、 T. Tsujinaka、 et al. Dis. Esophagus 14 191-196、 2001

2)頸部鎖骨上リンパ節切除の省略の適応は・・・?

術前診断で、頸部鎖骨上に転移を疑わせるリンパ節腫大のない胸部中・下部に腫瘍のある食道がんで、術中診断で反回神経リンパ節に転移を認めない症例は、頸部鎖骨上リンパ節の切除を省略しても必要十分と考えます。

3)術前のリンパ節転移診断は・・・?

CTとFDG-PETを用いて、より精度高く行っています。このいずれの検査にても鎖骨上及び反回神経リンパ節に転移を認めないと判断された症例をまず術中診断の適応としています。

4)術中のリンパ節転移診断の精度は・・・?

リンパ節の切除範囲をこの転移診断によって縮小するわけでありますから、十分に高い精度が必要です。その意味では、術中の迅速病理診断(リンパ節転移の有無を術中に顕微鏡で診断)では微小な転移は確認できず、十分とはいえません。そこで我々は、極めて微小な転移をも検出する精度の高い遺伝子診断を、しかも、迅速に行い、術中に結果報告可能な方法を開発し、術中応用しています。成績:この術中迅速遺伝子診断で反回神経リンパ節の転移(-)と診断され、頸部鎖骨上リンパ節の切除を省略した症例で、現在までのところ頸部再発は1例も認めていません。 (発表論文)Yano Y.、 Fujiwara Y.、 Yasuda T.、 et al. Res. Adv. in Cancer 2 339-352、 2002 Yoshioka S.、 Fujiwara Y.、 Sugita Y.、 et al.、 Surgery 132(1) :34-40、 2002

5)頸部鎖骨上リンパ節切除の省略の利点は・・・?

術後の飲み込む動作(嚥下運動)がすみやかで、誤嚥(飲み込んだものが気管に入る)も少ない。また、頸部のつっぱり感もない。  がんの手術においては、‘残さず切除する’ということが大前提ですが、切除範囲を広げることは患者さんにそれだけ負担をかけるということになります。したがって、必要十分な切除範囲を症例毎に検討し、手術侵襲の軽減と術後QOLの向上へ向けて取り組んでいきたいと考えています。

リンパ節転移の制御を目指した術前化学療法

食道がんは、早期からリンパ節にがん細胞が拡がる、いわゆるリンパ節転移を生じる悪性度の極めて高い腫瘍であります。しかも、食道がのど(咽頭)と胃をつなぐパイプとしての臓器で、頸部・胸部・腹部を通過することからリンパ節転移はこの三つのいずれの領域にも広く起こり、外科的に徹底的に切除したとしても、その成績は満足のいくものではありません。過去の症例の検討においては、リンパ節転移が4個以上の症例は再発することも多く、予後は極めて不良であります(図1)。つまり、このような症例は、手術時、既に切除範囲外に微小ながん細胞が広がっている、あるいは術中の散布(ばらまき)などの可能性が考えられます。たとえ僅かのがん細胞であっても、残れば術後に増大し、再発という形で確認されることになり、このようながん細胞を手術前にあらかじめ退治しておくことが重要と考えています。さて、退治する方法ですが、外科治療の手の届かないところに存在する全身の微小ながん細胞が対象ですので、全身治療であります化学療法が最も適していると考えます。そこで、我々はまず、術前の強力な化学療法により、切除可能範囲外にあるがん細胞を制御した後に、外科的にリンパ節を含めて徹底的に切除することで成績の向上を目指しています。

1)本治療法の適応症例の選別は・・?

食道がん手術の大きさを考えると、術前に治療を追加することは手術リスクを高くすることになり、その適応は必要な症例に限るべきと考えます。そこで大事になってくるのが、リンパ節の転移診断です。食道がんでは小さなリンパ節にも転移のあることは稀ではなく、リンパ節の大きさだけでは正確には診断できません。そこで我々は、CT検査に加え、最新のFDG-PET検査を積極的に取り入れ、総合的にリンパ節転移診断を行い、適応を決定しています(図2)。

2)術前に追加する化学療法:FAPはどんな治療・・・?

化学療法としましては、現在最も有効性が高いと考えている抗がん剤の組み合わせで、シスプラチン、アドリアシン、5-FU(5-エフユー)の3剤の抗がん剤を使用する方法です。

最新の検査法:FDG-PETの積極的導入

FDG-PET検査は、生きたがん細胞に取り込まれたぶどう糖(検査用の放射性物質で標識されている):18F-FDGをPET という機械で検出する検査法で、これまでのバリウム検査、CT検査、内視鏡検査などの形態学的診断、つまり、‘かたち’による診断とは全く異なる診断法であります。従って、画像的にどうであれ、FDG-PET検査にて陽性と診断されれば、ほぼ100%の確率でそこに生きたがん細胞が存在するということを意味します。我々はこの特性を活かし、食道がんのリンパ節転移診断及び再発診断、化学療法や化学放射線療法後のがんの縮小程度を評価する治療効果判定に積極的に応用し、より精度の高い診断を行っています。

<術前治療の適応決定におけるリンパ節転移診断>

CT検査に加え、FDG-PET検査を積極的に取り入れています。FDG-PETは生きた癌細胞に取り込まれたFDGをPETにて検出する検査で、陽性にでれば転移はほぼ間違いありません。 CTが大きさによる形態学的画像診断であるのに対し、FDG-PETは細胞の代謝を利用した質的診断と言えます。画像的に小さなリンパ節の転移診断は不可能ですが、 PET診断を加えることでその精度は飛躍的に正確になります。また、図1の如く広範囲に転移が広がっている場合においても一度でその広がりを把握することができます。現在は、CT検査、PET検査の結果を合わせて総合的にリンパ節転移診断を行い、癌細胞の進展をより正確に把握することで、患者さん毎に個別化して治療法を決定し、成績向上を目指しています。

<術前治療の効果判定>

標識されたぶどう糖の集積の程度は腫瘍の大きさに比例します。しかも、生きたがん細胞にしか取り込まれません。したがって、このPET検査をすれば治療後に生きたがん細胞がどれくらい残っているかがわかります(図2)。治療後に集積が消失した症例は極めて治療が奏効した症例で、残っているがん細胞はいずれもわずか(長径5mm以下)でした。まだ、完全にがん細胞が消えたかどうかまでの判定は無理ですが、治療後にPET検査で腫瘍への集積が消失した症例の術後経過は極めて良好で長期生存が期待されます。 PET検査は、手術することなく組織学的な治療効果の予測(がん細胞の残っている大きさ)と、それに基づいた手術の適応決定を可能にすることから、極めて有用な検査法であります。

有効性の報告のある抗がん剤の積極的臨床応用

日本では保険適応の‘しばり’から、海外では有効とされ積極的に使用されている抗がん剤も自由には使用できず、治療の選択肢を奪われている状況です。色々と抗がん剤や放射線を用いて治療をしてきたが効かない(腫瘍が縮小しない)または一旦は縮小したが再び大きくなってきたような場合、或いは手術で切除したが残念ながら再発をしてきたというような場合には、もう残された治療は無い状況になります。しかし、効くかもしれない治療があるのに、みすみす見過ごす手はありません。我々は、海外で有効性が明らかな抗がん剤の積極的導入に取り組み、可能性を追求しています。 日本国内で現在食道がんに対して適応がとれている薬剤は以下の通りです。

 • 白金製剤:シスプラチン、カルボプラチン、ネダプラチン
 • 葉酸代謝拮抗剤:5-FU
 • 抗がん性抗生物質:ブレオマイシン
 • 植物アルカロイド:ビンデシン、ドセタキセル

今、我々が最も注目している抗がん剤は、パクリタキセル(商品名:タキソール)という薬です。日本で乳がんや胃がんでは保険適応とされていますが、食道がんはまだ適応がとれていません。現在、これが食道がんに有効ということでもっとも注目され、世界的に大規模の臨床試験が数多く行われています。特徴は以下の通りです。(1)食道がん治療で中心をなすシスプラチンと作用機序が異なり(効き方が違う)、シスプラチンに効かない腫瘍でも、パクリタキセルには効く可能性があるということです。(2)多くは、パクリタキセル+シスプラチン、またはパクリタキセル+シスプラチン+5-FUという併用化学療法の成績でありますが、43%から59%の有効性の報告があります。(3)パクリタキセル単剤としては、消化器系の副作用(嘔気、嘔吐、食欲不振など)がほとんどないのが特徴で、化学療法に特有の辛い、暗いイメージがありません。  当科では「治療抵抗性進行及び再発食道がんに対するパクリタキセルの臨床応用」に関して病院先進医療審査会に申請し、審査・承認の後、2001年11月より臨床応用を開始しています。現在までに30例以上の患者さんに適応しましたが、副作用はほとんどなく、放射線治療やシスプラチ、5-FUを用いた標準的抗がん剤治療に抵抗性であっても、パクリタキセルには有効な症例もあり(図1)、今後が期待されます。特筆すべきは、ほとんどの患者さんが、外来通院で治療可能であるということで、治療の継続という点では大きな利点であると考えます。

再発確認時化学放射線療法後パクリタキセルの外来治療3ヶ月施行後がん細胞の存在を示すPET検査における集積は化学放射線療法後も遺残示しましたが、パクリタキセル治療後には全て消失しました。

食道がん診療におけるチームアプローチ

当病棟では1997年から、食道疾患に対して外科医師・看護師・歯科医師・栄養士による「チームアプローチ」を行っています。  食道がんの手術は、病変を取り除き新たに食べ物の通る道を造設するもので食道の周囲には心臓や肺、多くの神経が通っており、消化器の手術の中でも難易度の高い手術の1つです。手術が成功しても新たにできた食べ物の通る道に慣れていただくのに長い時間を要し、退院時も食事だけでは十分に必要カロリーが取れない方が少なくありませんでした。特に、「嚥下」と呼ばれる食べ物の飲み込む動作がうまくできない方がたくさんいました。この現状を改善するために「嚥下」の分野を専門としている歯科医師に直接指導を受け、また栄養士からは「嚥下」し易い食事の工夫により「嚥下困難食」を作成しました。そのことにより患者さんは術後食事摂取方法がより理解し易くなり、点滴や経腸栄養に頼ることなく退院出来る方が多くなりました。外科医師、看護師だけでなく様々な専門分野が連携し、力を発揮する事が患者さんの1日も早い回復につながると考えてチーム医療を行うようになり、現在も活動しています。

胸腔鏡補助下の小開胸手術

従来、食道がんの手術では右胸の皮膚を肋骨に沿って大きく切り、筋肉を切離し、肋骨も一部切除していましたが、当科では8年前より皮膚の切開を10cmに縮小して筋肉も可能な限り切らずに温存する手術を行っています(図1)。 この手術では、小さな傷で筋肉も切らないことから術後の疼痛が軽くなります。また胸を大きく切ると、術後に胸郭の広がりが悪くなるため深呼吸がしにくくなり肺活量が低下しますが、小切開手術ではその影響が少なくなります。傷を小さくする代わりに、内視鏡(胸腔鏡)を胸腔内に入れて手術がやりやすくなるように補助的に使っています。傷は小さくなりますが、リンパ節郭清の程度などの手術の根治性が減少することはありません。

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