第35回「県民健康調査」検討委員会発言要旨

1.若年者の甲状腺がんの場合、がん死することは極めてまれだが、むしろ診断された後の差別やストレスが多大な害を及ぼす。その対策について2点要望したい。

1)甲状腺がんと診断された患者の情報がほとんど出てこないし、聞いても特定の医師の名前が挙がってその人に聞かないとわからない、という回答が返ってくる。このような診療体制は危ういのでなないか。診療は少なくとも複数の医師が深く関与してやって欲しい。診療情報も個人情報に対する配慮が許す限り、多くの方々が共有して欲しい。

2)甲状腺がんと診断された子供はがん保険に入れなくて困っている。これらの子供は将来甲状腺がんが原因で死亡することはまず考えられないのにこのような理不尽な状況に置かれている。県の方で保険に入れるように道筋をつけてもらいたい。

2.(福島県の子供の症例は病理診断から判断すると過剰診断でない、と診療に関わった専門家が言っている、との他の委員の発言に対して:内分泌外科学会誌の鈴木眞一氏の論文、5月の内分泌学会の長沼廣氏らの報告と思われます)

過剰診断はがんを手術せずにおいておいて生涯悪さをしなかったことがわかったら初めて判断できる。病理診断で判定するのは不可能である。病理診断で過剰診断でないと判断した、と主張する専門家がおられるとすれば、その方は過剰診断の定義をご理解されていない。

 

*今回は他の委員から重要な発言がありましたのでそれについて解説・情報提供をします。

●津金委員の発言 「甲状腺検査は疫学調査としては既に破綻している。」

 これは実はずいぶん前から学術的には明らかであったことですが、疫学の専門家である津金委員が断言された意味は大きいです。ざっくりとした簡単な計算をしてみましょう。38万人に対して、甲状腺がんの自然発生数を2人とします。被曝によって患者数が2倍に上昇するとします。すると観察される患者数は4人です。しかし、超音波で潜在癌まで拾ってしまうと、背景として約100人の患者が出現することになります。すなわち、リスクが無ければ102人、あれば104人です。先行検査と2巡目の検査のデータを比べてもらうと、超音波検査による検出数が担当者によって大きくぶれることがわかります。仮に10%違ったとするだけで影響は見えなくなってしまいます。影響が見れるようになるためには対象者の多数にチェルノブイリクラスの大量の被曝があり、発がんリスクが桁違いに上昇する、すなわち最初の仮定で自然発生が2人に対し、被曝による患者が50人になる、とかという前提条件が必要です。つまり先行検査での会津でのデータで被曝の影響なしに潜在癌が極めて多数存在するとわかった時点で、このプロジェクトは疫学研究としては破綻していることが明かだったのです。単に臨床がんを観察するだけなら増加が確認できる可能性はありますのでがん登録のデータを利用する方がはるかに正確に状況を把握できたはずです。この事実はもっと広く知られる必要があります。そもそも被曝影響を観察できるような研究デザインになっていない、ということであれば、今後甲状腺超音波検査を続ける意味は何なのか、ということをしっかりと問い直していかなければなりません。検討委員会の記者会見で議論になったような「データの有意差がある、ない」というような話はまったく意味がありません。特に、「反原発」を主張されかつ原発が悪さをした、という証拠が欲しいという理由で超音波検査の継続を主張されている方々はこの検査の性質をご理解される必要があるのではないでしょうか。検査を継続しても「被曝影響があった」というデータは決して出てきません。そのデータはむしろ「被曝影響は見えなかった」と解釈され、健康被害が大したことはなかった、ということを主張するデータとして使われるでしょう。

 

●津金委員の発言 「インフォームドコンセントにIARCの提言を入れるべき。税金を使って作ったのになぜ伝えようとしないのか。」 

●稲葉委員の発言 「インフォームドコンセントの文面に不適切な表現が入れ込まれている。」

この2つの発言について情報を提供したいと思います。まず、IARCの提言で福島のことを除外する、という主旨の記載がある点ですが、私が複数の関係者から聞いたところではIARCの会議において「福島、あるいはチェルノブイリといった個別の案件に関わる提言を出すのは避けて欲しい」という強い要請が日本側からあったということです。このような背景がありながら、福島のことを除外しているからという理由で県民に情報を伝えようとしないことは全く理解できません。また部会の議論では私と祖父江部会員が1)エビデンスを示すことのできない事実が記載され、それを根拠に検査の受診を勧奨するような記載になっている 2)本人の利益でないことがあたかも利益であるかのように記載されている、という根本的な問題点を繰り返し指摘してきましたが、最終的には部会長案で決めるという県の判断でこれらの反論は排除されています。科学的に正しい情報を伝える、という見地からは県民に対する誠実な対応とは言いかねるのではないかと思います。

今後の注目点としては、検討委員会で案がまとまった後は、福島県立医科大学の倫理委員会に諮られることになります。倫理委員会は審査した研究について、対象者の健康や人権を守る責務を負っています。現在の福島で行われている検査はインフォームドコンセント以外にも1)対象者に対する害が利益を上回っている、2)学校検診という形で強制性を伴っている、という問題を抱えており、ヘルシンキ宣言に違反した状態であることが疑われています。県はこれらの倫理的な問題については福島県立医科大学の倫理委員会が承認しているので問題ない、という見解を出しています。そうであるとすれば、福島県立医科大学の倫理委員会は200名を超える甲状腺がんの患者を出してしまったという事実に重大な責任を有することになります。しかも審査書面を見る限り、これらの問題点が議論・検討された形跡はありません。今後、再度倫理審査がされるはずですが、きちんとした議論がなされて子供の人権に配慮した正しい判断がなされるのか、注目する必要があります。審査の内容については福島県に請求すれば開示してもらうことができます。

 福島県の甲状腺検査は”どうやってやめるか”という落としどころを探る段階に来ていると思います。私見としては1)初動の段階での検査を開始するという判断は致し方なかった 2)その後新たな状況が出て検査の害が大きいことがわかったのでそろそろやめた方が良い、ということを確認していくべきではないかと考えています。特に2)が大事で、当初の見込み違いを認める、ということをしていかないことには先に進めないでしょう。国際的な科学の常識から外れた検査をいつまでも続けるわけにはいきません。行政を動かす力のある方に早急に事態の改善を図っていただきたいと思います。


大阪大学医学系研究科甲状腺腫瘍研究チーム:ホームへ戻る