この画面は学会、メール等での質問に対応するためのページです。特に「最近、何か面白いことはありませんか?」と挨拶のように訊かれるので、「What new?」としてまとめました。ここの更新はできるだけ頻回にするよう努力する予定です。
芽細胞発癌の語るもの
2011年10月は我々のグループにとっては特別な月になりました。それはJ Clin
Endocrinol Metab, Nat Rev Endocrinol と内分泌の代表的な雑誌の総説でたて続けに芽細胞発癌説(fetal
cell carcinogenesis)が取り上げられたからです。これをもって芽細胞発癌説は教科書的な多段階発癌説の明確な対立軸として位置づけられたのと同時に、甲状腺癌に限らず多くの研究者にとって今後はあらためて「癌の発生母地とはなにか?」という根源的なテーマについてやり直しをしていかなければならない時代となるでしょう。
これに伴って、非常に面白い現象が起こっています。従来多段階発癌説が無条件で信じられていたころは、総説などで甲状腺癌の発生を示す図には甲状腺濾胞上皮細胞から2本の線を引いて、乳頭癌経由、濾胞癌経由で未分化癌に至る線が書かれていました。ところが最近では、これ以外に実に色々な線が甲状腺癌の発生経路として加えられるようになりました。一番混乱しているのは未分化癌で、ひどい図では乳頭癌、濾胞癌から発生する線に加えて、濾胞上皮細胞から直接、濾胞腺腫から直接、さらには幹細胞からも線が引かれます。おまけに、未分化癌から分化癌が発生する矢印も加えられます(これは確かに実験的に確認されていますので書かざるを得ないのですが)。まさに混乱の極みです。
これは科学的には明らかに誤った解釈です。およそ自然界の現象は、1つの物を生成させるのに複数の経路がある場合は、もっとも簡単なただ1つの経路のみが使用され他の経路は使用されません。従って、未分化癌を発生させるメカニズムも正しいのはこのうちただ1つだけのはずです。このことはすなわち、現状ではほとんどの総説でかかれているような甲状腺癌の発生機序としては多段階発癌と芽細胞発癌と両方があるということはありえず、どちらかが誤った考えてあることになります。芽細胞発癌と多段階発癌とは決して両立しません。
芽細胞発癌は基礎研究をしている研究者だけが知っていれば良い理論ではないと思います。芽細胞発癌説で提示された発癌の新しい概念は、日常診療の取り組み方に直ちに影響を与えます。典型的なのは甲状腺分化癌に対する放射性ヨード治療の適応です。放射性ヨードを取り込むのはある程度分化した腫瘍細胞であり、すなわち放射性ヨード治療は分化した腫瘍細胞には有効ですが、細胞が低分化になればなるほど効きにくくなります。多段階発癌説では分化した腫瘍細胞から予後に影響を与える未分化な細胞が発生しますから、少しでも分化した細胞成分があるなら、それらを放射性ヨード治療で殺すのは将来的な未分化転化を防ぐという点で施行する意義はあることになります。しかし、芽細胞発癌で考えるとまったく反対の結論になります。芽細胞発癌では腫瘍は未分化な細胞から分化した細胞が発生することで形成されます。未分化な細胞成分と分化した細胞成分が混在する腫瘍に対して放射性ヨード治療を施行した場合は分化した腫瘍細胞のみが消滅しますが、問題はそのあとどうなるかということです。未分化な細胞成分のみが残りますので、これから腫瘍細胞が再生されるのみならず、周囲の分化した細胞が消えることで、未分化な細胞が動きやすくなり、結果として未分化な細胞が全身に播種される可能性も出てきます。すなわち、このような腫瘍に放射性ヨード治療を施行するのは危険であるということになります。実際、私自身の経験でも、高齢者でどんどん悪くなるような甲状腺癌では放射性ヨード治療の治療効果は明らかではありません。今後は臨床的にも甲状腺癌の見かた・考え方を変えていかなけれがならないと思います。