ふぁっつ・にゅう

 

                      アインシュタインは偉かった

  昨年くらいから身辺が慌ただしくなってきて、韓国の甲状腺癌の過剰診断が出た時も、福島県民健康調査のデータが出た時も私自身は相変わらずのほほんとしていたのですが、芽細胞発癌について講演をしてくれとか、どうなっているのか教えてくれとか頻繁に問い合わせが来るようになってえらいことになったなあと思いつつ、やっぱりのほほんとしている今日この頃です。 最近、ある方から「よかったね、長年あなたが言っていたとおりになったね。」と褒めていただきましたが、韓国の件にしても福島の件にしても他人の不幸で自分の研究が認められるようになったということで喜んで良いのかどうか、多少複雑な気分です。今後は分子診断法の実用化を通じて多くの人に喜んでもらえるようなことで褒めていただけるように頑張ろうと思います。
 よく聞かれることで、なぜ、我々のグループが最初に芽細胞発癌の論文を出せたのか。それはアインシュタインの言葉を実践したことにつきます。それは「真実は単純で美しい」というものです。あらゆる自然科学のはこの法則から逃れることはできません。しかし、こと医学に関する限り数理的な法則から大きく外れた”理論”なるものが横行しています。多段階発癌説が最たるもので、単純でもなければ美しくもありません。Nature Revに載っている多段階発癌説の図では未分化癌の発生経路が9つある、と書かれています。あり得ません。1つの自然現象が起き、その現象を起こす可能性が複数ある場合、物理的なエネルギーが最も少ないただ1つの経路が選択され、他の経路は使われません。それが物理の厳然たる法則なのです。
こういう数理的に見たら1+1=3と言っているようなことがなぜか医学では許される、また多くの研究者にとって常識となってしまっています。 これに対して最も単純で美しい形で癌を発生を理論づけたのが芽細胞発癌説だったのです。 学会等でこのような”外れ理論”はしばしば目にします。面白いことにそのような理論はいったんはもてはやされますが時間が経過するとだんだんデータが合わない、追試ができない、という状態になり、いつの間にか無かったことにされてしまいます。 芽細胞発癌の考え方が最も生かされた局面は濾胞癌のマーカーであるTFF3の発見の時でした。実はほぼ同時期にアメリカのグループがTFF3をスクリーニング拾い上げていたのですが、彼らは「濾胞癌は濾胞腺腫が悪性化してできるのだから」と考えて、濾胞腺腫特異的マーカーであるTFF3を捨ててしまってその後の検討をしませんでした。それが幸いして紙一重の差で我々が最初に特許化できたのです。 その後多くのマーカーが追試で再現できずに脱落する中、当初の理論どおりTFF3が最有力のマーカーとして生き残ってきました。
 甲状腺の領域では癌のほかにも数理的にきちんと考えれていないために解決されてないのではないかと思われる研究課題がまだいくつもあります。研究を開始する際は、まず研究テーマが数理的に正しいか、最終的に単純で美しくなるかどうかをじっくり考えて開始すべきです。そして重要な点はデータを自分の目と頭でしっかり考えること。数理的に正しければ他の研究者が何と言おうとそれが正解のはずです。ちなみに、さすがのアインシュタインも晩年はこの「単純で美しく」を実践できなくなり、若いころとうって変わった駄作論文しか出せなかったそうです。

大阪大学医学系研究科甲状腺腫瘍研究チーム:ホームへ戻る