ふぁっつ・にゅう

 

                      2つの甲状腺癌
  
 講演会で質問を受けて、なかなか意思の疎通ができない質問者がしばしばおられます。最近まで理由がわからなかったのですがうようやく理解できたことがありますのでここに記載してみます。そのような方は甲状腺癌の発生を図1のように考えておられるようです。すなわち、甲状腺癌は発生した後、ゆっくり成長しますが、その成長があまりに遅いので寿命がくるまで悪さをしないものが多い、という考え方です。イギリスの大御所のDilwyn Williamsもこのように考えているようです。例えば、現在福島で見つかっている未成年の甲状腺癌は本来成人で見つかるものを前倒しで見つけている、ということになります。 しかし、この考え方ではいろいろな点で矛盾が生じます。第一に、この図が正しいとすると、甲状腺癌は時間がかかってもいつかは”悪性化”することになりますから、韓国で小さな甲状腺癌を予防的に切除した結果、15年たっても20年たっても死亡率が低下してこないことが説明できません。また、福島県民健康調査の先行検査でその時点で発生している癌をすべて拾い上げてしまえば2巡目以降の検出数は激減するはずでしたが現実はそうなっていません。また、微小乳頭癌の経過観察のデータで高齢になるほど増殖が遅くなり癌死例が皆無であることより、これらの微小癌が癌死を引き起こす癌に変化することはないと考えるべきでしょう。 これらのデータをうまく説明するためには甲状腺癌というものが2種類の性質の違う癌が混在したものだと考える必要があります。それが図2の若年型・高齢型の概念です。福島県民健康調査や微小乳頭癌の経過観察でとらえられているのは若年型であり、これは中年以降突然発症し癌死をもたらす高齢型とは別物です。この説は多段階発癌か、芽細胞発癌かの議論とはあまり関係がなく、臨床的データをうまく説明しようとするとこういう図を描くしかないということです。この辺の考え方は2014年の3つの論文を合わせてじっくり読んでいただくと納得できると思います。その論文とは先ほど上げた韓国の甲状腺癌の過剰診断の論文、微小乳頭癌の経過観察の論文、そして福島県民健康調査のデータです。 これらのデータを理解した上で私の芽細胞発癌説の最新論文を読んでみてください。無料でPDFが入手できるようになっています。臨床的に重要な点としては、中年以降は基本的には手術をするべきでない若年型と早期治療が必要な高齢型が混在するので、患者を診療する上でそれを見極めてメリハリをつけるべきだということ、またそれと対局で若年者の甲状腺癌の治療を早まっていはいけないということです。


剖検例から見た甲状腺がんの発生時期
 追加情報です。日本病理学会のホームページで剖検例における甲状腺微小がん・潜在がんの頻度のデータが公開されています。2005年から2014年のデータまとめたのが下記のグラフです。症例数があまり多くないのでかなりでこぼこしますが(もっと過去のデータもあるようですが、ほぼ同じ傾向なのでこの辺で勘弁してくだい)、上の若年型と同じく、10代後半から30代前半まで頻度が急速に増えてその後は増加が緩やかになり、中高年ではあまり増加していない、という傾向は見て取れると思います。すなわち、、少なくとも頻度の多い若年型については、多くの方が今でも信じているような中年以降発生するというモデルは誤りです。ちなみに全体の検出率は0.8%程度であり、一般人口で超音波で検出される甲状腺がんの頻度は0.5%ですので、同じ割合が適応されるとして若年者で超音波で検出される癌の頻度を推計してみると、20歳で0.1%(1000人に1人)、30歳で0.35%(300人に1人)程度になると推測できます。


大阪大学医学系研究科甲状腺腫瘍研究チーム:ホームへ戻る