ふぁっつ・にゅう

 

          多段階発癌説は過剰診断を引き起こす
  
 よく我々の研究に対して「挑戦的」とか「独創的」とかいう表現を使われますが、いずれも当たりません。実は1960年代には腫瘍が分化度の異なる胎児性細胞のそれぞれから発生し、発生した腫瘍の性質はその発生母地で規定される、とする論文はいくつか出ています。当時は名前がついていませんが、この時代には少なからぬ研究者が我々が”芽細胞発癌(fetal cell carcinogenesis)”と名付けたのと同じ考え方で腫瘍を見ていたのです。この傾向が変化したのが1980年代で、癌遺伝子を細胞に導入すると悪性形質を示すことがわかってからです。ここからadenoma-carcinoma sequenceが提唱され、良性の細胞が遺伝子の異常の蓄積で悪性形質を獲得して癌となる、としたいわゆる古典的多段階発癌説の全盛時代を迎えます。この熱狂のさなかに思い出したかのように60年代の概念を甲状腺の分子的エビデンスを基礎としてまとめたのが我々の論文であったわけです。この流れが変化するのが21世紀に入ってからで、多くの臓器でがん幹細胞が発見され、未分化な細胞が分化した細胞に変化することで腫瘍が形成される、という現象が広く認識されるようになってからです。現在起こっていることは癌遺伝子が発見される前の時代への揺り戻しととらえるべきです。 
 一方でがん幹細胞の概念は、芽細胞発癌か多段階発癌かの議論の正しい理解には大きな妨げになっています。たとえばWikipediaの芽細胞発癌説の説明には”がん幹細胞説を発展させた”とあります。取り上げてくれた方には恐縮ですが完全に誤りです(訂正案としては、「分化した大人の細胞ではなく、発生途上の胎児性細胞から癌が発生するとする」でしょうか)。多段階発癌説でも芽細胞発癌説でもがん幹細胞は登場しますがあくまで脇役としてです。がん幹細胞というものが存在するかどうか、ということはこの議論には関係ありません。多段階発癌説と芽細胞発癌説の違いの根本は、分化した細胞から未分化な細胞が発生することを認めるか否か、という点です。多段階発癌説では良性の細胞から悪性の細胞が発生するとします。これに対して甲状腺の芽細胞発癌説では分化した細胞が先祖返りすることを否定しています。ここが多段階発癌説と芽細胞発癌説の分かれ目なのです。近年、がん幹細胞説を取り入れた多段階発癌説を提唱する研究者が増えてきましたが、これは要するに古典的多段階発癌説と芽細胞発癌説のミックスです(何でもあり説、と私は呼んでいます)。ただ、このなんでもあり説、解説を図にした論文を見たことがありますが、頭がくらくらしました。従来の多段階発癌説でさえ複雑怪奇で、たとえば正常濾胞上皮細胞から未分化癌に変化するのに9通りの線が引かれていますが、さらに幹細胞、前駆細胞、はては上皮間葉移行(EMT)からも癌ができる、という話ですから都バスの路線図みたいにぐちゃぐちゃになってしまっています。臨床医学の目的は科学的な考察から予測をつけて患者さんに最も有益な治療を選択する、ということでしょうが、「どうしたらよいか」ということを考えるための指標となるはずの甲状腺癌の発生機序のチャートが”どこからでも、どの経路でも、どこへでも行けまっせ!”では今後発展のめどが立たないのではないのだろうか、他人事ながら心配になってしまいます。
 この説を唱えている方は分化した細胞が未分化な細胞に変化することを許容しているわけですから、多段階発癌説派に含んでよいと思います。ただ、問題は自称多段階発癌説派で、幹細胞からしか癌はでない、と主張している研究者です。「それって、芽細胞発癌説そのものじゃないんですか?」と言いたくなります。説明のしかたとしては幹細胞が1段階でなく複数のステップを経て癌となるので、多段階発癌だ、ということなのですが、幹細胞自体が既に転移能・浸潤能・増殖能という癌形質を有していますから、その腫瘍化の過程がワンヒットだろうが複数ヒットだろうがあまり本質的な問題ではないですし、そこまでして”多段階”という言葉にこだわる理由が理解できません。
 もう一度まとめますと 1)多段階発癌説=良性細胞の先祖返り(悪性化)を許容する 2)芽細胞発癌説=許容しない、というのが基本的な違いであるとご理解ください。ここから甲状腺癌に対する臨床上の考え方の違いが発生します。すなわち、多段階発癌説では良性の腫瘍でも時間がたてば悪性になりえますからそうなる前に治療が必要です。これに対して、芽細胞発癌説では良性のものは何十年たとうが良性で患者を癌死させるような癌とは全く別物です。従って、早期診断・早期治療が必要なものも当然ありますが、たとえそれが癌腫であっても患者に悪さをすることがはっきりするまで手を出してはいけないものもあることになります。

最近話題になっている韓国の甲状腺癌の過剰診断の問題、福島県における子供の甲状腺癌の多発見の問題ですが、これに対して有名な先生方がコメントされています。多段階発癌の典型的な考え方を示していますのでご覧ください。下記は抜粋ですので正確には元記事をご参照ください。

 まずは、韓国の甲状腺癌の過剰診断問題についての中村祐輔先生のコメントです(中村祐輔のシカゴ便り:甲状腺がんの流行)。
○多段階発がんを研究してきた研究者としては小さいと言えどがん化するかどうかは確率の問題と思っているので、わたしならさっさと切ってほしい。
○細胞の変化は連続的に起きるので怪しいものはすべてがんと診断すべき。
○がんは火事と同じで、ボヤは簡単に消火できるが、燃え広がると手が付けられない。命を救うための方策が最優先されるべきである。

 小さな甲状腺癌の早期発見・早期治療に極めて肯定的な意見を述べられてます。長期間置いておいても大丈夫な癌などあり得ませんから、多段階発癌で考えたら当然のことなのです。

 次は鎌田實先生の福島県民健康調査についてのコメントです。一部他の研究者の意見として書かれています(JBPress::福島県で急速に増え始めた小児甲状腺がん)
○甲状腺がんの発育は一般的にはゆっくりである。これが1−3年くらいの短期間に甲状腺がんになったことはどうしても腑に落ちない。
○2巡目の検査でがんが16人見つかっていることは気にかかる。今後さらにがんやがんの疑いのある子供が増えてくれば、スクリーニング効果とは言い切れなくなる。
○できるだけ検診をしっかり続け、早期発見・早期治療をし、子供たちの命を救うこと大切だ。

 これを読むと、多段階発癌説で甲状腺癌を考えている専門家にとって福島県民健康調査を中止するという判断をするのは2重の意味で困難だということがよくわかります。まず、現在見つかっている子供の癌は本来大人で見つかるはずの癌を前倒して発見している、と見なしていますから(我々は両者は全く別物であると考えていますが)、そうだとすると子供のころの成長は極めて遅いはずであり、当然1番目と2番目の疑問が出てきます。すると、「福島で何か理解できないことが起こっている、もっと調査が必要ではないか?」となってしまうのです。次に3番目のコメントですが、癌を長期間放置すると中村先生の文章にあるように一定の確率で将来必ず悪性化する、と考えますから、検査したらごっそり見つかってくる子供の癌を見なかったことにする、という選択は多段階発癌説では絶対に許容できないのです。鎌田先生も真剣に福島の子供のことを考えておられます。ただ、残念ながら多段階発癌で、ということなのです。この話に限らず、過剰診断の恐ろしくかつ切ないところは、親も内科医も外科医も子供によかれと思って一生懸命にしたことが、長い時間が経過した後で初めて失敗であったと判明する、という点なのです。また、子供のころ”癌”で手術する、ということは単に肉体的な傷を残すことで終わりません。たとえ予後の良い甲状腺癌であることを理解していても、本人と家族に想像以上の大きな心理的な傷を負わせることになる、という事実は臨床医としてお伝えしておきたいと思います。

 多段階発癌という考え方が癌の過剰診断の問題と密接にリンクしていることがこれでおわかりいただけたのではないでしょうか。多くの臨床医が甲状腺癌には過剰診断のリスクが付きまとうことを重々認識しながらそれでも検査・手術を”しない”という選択に踏み切れないのはやはり多段階発癌説の強い影響があるからだと思います。私は韓国・福島の事例はそう遠くない将来に多段階発癌説に基づく治療が健康被害をもたらした最初の例として医学の教科書に記載されることになるのではないかと思っています。こと甲状腺癌については従来の考え方で判断してはいけないのです。韓国はすでに方向転換をしています。日本がこれからどう対応するのか、国際的な注目が集まっています。



大阪大学医学系研究科甲状腺腫瘍研究チーム:ホームへ戻る