ふぁっつ・にゅう

 

          福島の甲状腺がんー今知っていただきたいこと
  
 
2018年6月18日の福島県民健康調査検討委員会は近畿地方(というか阪大はほぼ直撃でした)の地震のため欠席させていただきました。そのお詫びというわけではないですが、久しぶりに何点か情報提供をさせていただきたいと思います。

1.甲状腺がんのリスクのある子どもに対して超音波で経過観察をすることは国際的に推奨されていない

  小児がんの治療等で首に大量の放射線を浴びた子どもは、甲状腺がんの発生リスクが高まります。このような子ども(要するに福島の子どもに比較して桁違いの甲状腺がんのリスクがある患者です)に対する経過観察のガイドラインがアメリカ甲状腺学会をはじめとして世界の4つの団体から出されています。いずれも、経過観察の方法としては触診を推奨しており、超音波検査は推奨していません(Thyroid 25:716-59, 2015; Cancer Treatment Rev 63:28-39, 2018)。理由は極めて明快で、超音波検査は過剰診断のリスクが高いのに対して超音波検査による早期発見がその後の経過の改善に有効であるとする証拠がないからです。「超音波で早く発見しても何もいいことがない」というと驚かれるかもしれませんが、これが現実です。甲状腺がんは周囲に広がる性質が強く、超音波でしか見つからないような小さな段階ですでに甲状腺の外に広がっています。これは福島の子どもの手術例で、超音波で小さいうちに見つけたにも関わらず高率に甲状腺外への進展を認めたことで理解できるかと思います。超音波による診断は甲状腺がんに限って言えば「早期診断」の部類に入らないのです。福島の子どもたちは国際標準から外れた医療を受けているのです。

追補:記載した論文は非常に長く、どこに超音波検査が推奨されていないことが書いてあるのかわからない、というご意見がありましたので、下記に記載します。

Thyroid 25:723 RECOMMENDATION 4(A)

An annual physical examination is recommended in children at high risk for thyroid neoplasia. Additional imaging should be pursued if palpable nodules, thyroid asymmetry, and/or abnormal cervical lymphadenopathy are found on examination.Recommendation rating: B (Recommends: The recommendation is based on fare evidence).アメリカ甲状腺学会では年一回の触診を推奨する。超音波検査等の画像検査は触診で異常があったときに実施する)

Cancer Treatment Rev 63 :30 Table 1

世界各国の3つの団体(アメリカ甲状腺学会は除く)から出されたガイドラインの概要一覧が記載され、その一致点・不一致点が記載されている。子どもの甲状腺がんのスクリーニングの手段として何を推奨するか、という点で3つのガイドラインは触診を推奨、で一致している。

 2.福島県の子どもの甲状腺がんの過剰診断問題は健康問題ではなく人権問題である

 福島県の甲状腺検査は子どもの健康被害の発生を恐れて開始された検査で健康被害を出している、といういささか常軌を逸した状況になっています。なぜこのような状況が容認されているのかについて、福島の子どもの甲状腺がんの過剰診断の問題が、健康被害とみなされて軽視されているからではないかと思います。若年者の甲状腺がんはがん死することがほとんどなく、小さいうちに手術すれば傷口も目立たず合併症もほとんど発生しません。”健康被害”の観点で見れば確かにたいしたことはないのです。しかし、過剰診断が福島の子どもにもたらしている害は健康被害ではありません。人権侵害です。甲状腺がんと診断された子どもたちは、青春まっさかり、進学・就職・結婚・出産という人生の重大なイベントが次々に訪れる最中に突然、「がん患者」というレッテルを貼られたのです。もちろん、甲状腺がんで死んだりすることはないのですが、世間一般では子どものがんは「死の病気」であり、残念ながら今の日本では子どもたちが社会から理不尽な扱いを受けることを防ぐのは難しいのです。またさらに悪いことに、今回のケースでは”福島”という修飾語がついてしまいます。様々な風評被害が収まらない中、「福島出身のがん患者」という言葉が、その子どもの人生にどれだけの負のインパクトを与えるか、ということはよくよく考えなくてはなりません。福島の子どもたちはこの検査のためにすでに多大な犠牲を払っています。子どもに害を及ぼしうる検査が行政主導でかつ学校検診として実施されていることには多くの方に関心を持ってもらいたいと思います。検査の体制を維持すること、放射線の影響を調べること、県民の不安を解消することが、子どもを守ることより優先されてはいけないはずです。

3.現場の先生方が感じている危機感

 今回、福島県立医科大学の大津留晶先生と緑川早苗先生が甲状腺検査の担当から外れました。お二方とも、最初の段階から検査の最前線で福島の子どもと向き合ってこられ、早くから過剰診断の問題について真摯な問いかけをされてこられた方々です。また、福島県小児科医会も甲状腺超音波検査に危惧を表明しています。これらの先生方の声に是非耳を傾けてください。現在の甲状腺検査のあり方は子どもたちに直接接してこられた現場の先生方の意見が生かされているとは言えない状況であると思います。

大阪大学医学系研究科甲状腺腫瘍研究チーム:ホームへ戻る