• 【信号処理技術のブレイクスルー】
  • 球面超音波による開口合成法の研究

大城 理,土居元紀,南部雅幸*,眞溪 歩**,千原國宏

奈良先端科学技術大学院大学,*長寿医療研究センタ,** 東京大学

  • 1.はじめに

超音波イメージングは,その簡便性,実時間性,安全性 により,様々な医療分野で使用されている.しかしながら影像法として超音波ビームを走査する手法を用いてい るため,音速という足枷により高いフレームレートで画像化できない.また,3次元画像は 1sec あたり数フレームが限界であるのが現状である.血管の閉塞や狭窄の治 療のためにPTCA(Percutaneous Transluminal Coronary Angioplasty)と呼ばれるカテーテル手技が用いられている.これは,血管内にガイドワイヤを貫通させその後そ こに挿入したバルーンを用いて病変を穿つ手法である.このときガイドワイヤを閉塞や狭窄距離に過不足なく貫 通させることが重要であるため,小型で,かつ,実時間で超音波的に前方を立体視可能なシステムが切望されて いる.

ところで,無指向性の波を用いたイメージングは超音波 走査を要しないため,高いフレームレートを有する動画像の撮像が行え,瞬時に前方の立体情報を獲得すること が可能である.我々は複数の超音波振動子から構成される超音波リングアレイプローブとそこで送受波される無 指向性の超音波,および,合成開口法を用いた画像化手法に関する研究を行っているが,本文では,球面超音波 の発生と最適化ビームフォーマによる画像再構成アルゴリズム,高速3次元動画像再構成に関して報告する.

  • 2.球面超音波

図1に示すような我々が提案した前方3次元可視化手法 [1]には,球面超音波が必要不可欠である.しかしながら,従来のセラミクスや高分子素子の圧電効果による超 音波では,素子が有限の大きさを持つため,無指向性の波を送波することは困難である.

ところで,レーザ光を集光してその領域に存在する微粒 子が誘電破壊を起こしプラズマ化する現象をレーザブレークダウンと呼ぶ[2].これにより発生する音は,広い 周波数特性を有するとともに,無指向的に伝播する.そこで,レーザブレークダウンによる球面超音波の発生を 試みた.

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図1 前方3次元可視化手法

焦点付近を平均径 200nm のポリスチレンビーズで満たしておき,パルスNd:YAGレーザ(波長 1064nm, パルス幅 6nsec, 繰り返し 10Hz, パルスエネルギ 180mJ)からの光をレンズで集光して水槽内でレーザブレークダウンを 発生した.このとき発生する超音波を複数の点でPZT ニードルハイドロホンで受波した.その一例を,図2に示す.図2は,レーザブレークダウン発生から,約 35μsec 後の音場分布である.中央の点がレーザブレークダウンが発生した地点で,各格子の頂点が計測点である. また,格子の歪みは各計測点での受波信号の大きさを表している.これより,波が等方的に伝播している,すな わち,球面波が発生しているのが確認できた.

  • 3.画像再構成アルゴリズム

3.1 システム方程式

リングアレイプローブの i 番目の振動子で送波し,k 番目の点で反射して j 番目の振動子で受波したエコー eijk は,デルタ関数的に配置される点反射体からのエコーの重ね合わせと考えるとグリーン関数 gijk を用いて式(1)のように表せる.

(1)

ここで,δk はデルタ関数列ベクトル,gki,j すべての組み合わせについて連結した列ベクトル,d は計測対象領域の重みも考慮した点反射体分布列ベクトル, G gk を列として並べた行列,e は計測されるエコー列ベクトルである.


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図2 球面超音波伝播

3.2 最適化ビームフォーマ

最適化ビームフォーマでは,計測対象領域の離散化点ご とに離散的な重み w=[wk]Tを設定し,式(2)によって決定 される推定エコー ee を求める.次に,相関係数を評価関数 c として式(3)のように定める.

(2)

(3)

ここでは,ねじ締め法[3]において n 回目の推定エコーを een,重みを wn = []T とすると,n+1 回目での評価関数 cn+1 は式(4)のようになり,これを最大化する点反射体を検索する.

(4)

ここで,ek(=gk ) は点 k にのみ点反射体があった場合のエコーである.e,,e k の幾何的構造を図3に示す.図3において,eke, との内積の符号によってI,II,

 

 

III,IVに,内積の絶対値の大小関係によってV,VIの領 域に分類される.

ここで,e に直交する ek の重みは推定することができないし,GGT の小さい固有値に対応する固有ベクトルとの内積の絶対値が大きい ek の重みは推定誤差が大きくなる可能性が高い.推定の第1ステージでは,これらに 対して適当な閾値を定め,初期値である同相加算結果から何ら重みを変更しない ek を求める.次に,+,-の符号を適切に設定すれば,評価関数 cn+1 を増加させる e_k は,領域II,IVにあることがわかる.推定が進行していくと,e と が一致してくるため,これらの領域は消滅していく.第2ステージでは,領域II,IVにあるす べての ek に対して重みの操作を行い,それらがまだ領域内にあるかを評価し,領域内のものだけ同様の操作を 繰り返す.第3ステージでは,この領域のにあるすべての ek に対して重みの操作と評価を第2のステージ同様行う.

図3 eek の幾何的構造


3.3 ファントム実験

ヒト総腸骨動脈標本を外部より糸で結紮し,さらに乳酸 カルシウム粉末をパラフィンに溶かして固定した材料を充填した血管閉塞ファントムを作製した.図4にファン トムの写真を示す.

このファントムを計測したデータを本手法によって処理 した.超音波に関係する実験条件は,リングアレイプローブの直径は 2mm,周波数は 10MHz であり,プローブをファントムの血管閉塞部の 5mm 前方に配置した.図5は本手法による処理結果を示す.計測対象領域を表す直 方体の断面が 2mm 角,奥行き方向のひと目盛が 1mm である.超音波振動子アレイから離れる方向に閉塞がテー パ上に変化している様子が3次元的に画像化されており, 閉塞距離も正確に再現されている.また,従来のねじ締め法[3]と比較して処理に要する時間は数10分の1程度 であった.

図4 ファントム

図5 ファントム再構成結果

  • 4.高速3次元動画像再構成

球面超音波を送受波することにより,高速で3次元動画 像を再構成するシステムを構築した.そして,本システムを用いて,高フレームレートで3次元動画像を獲得す る実験を行った.

図6 高速3次元動画像再構実験

図6に示すように,容量が 2000cc のポリエチレン製容器の開口部に人工弁を設置し,これを毎秒1回動作させ た.この弁は僧帽弁を置換する目的で製作・市販されているもので,29mm の直径を有する.この弁の運動の様子を本システムにより計測し,動画像を獲得した.図7に 本システムを用いて獲得した再構成画像を示す.

図7は斜め上方から見た弁付近の3次元像であり,板状 の物体が上下に運動していることが確認できた.また,従来の超音波診断装置による2次元動画像のフレーム レートは30frame/sec であるが,本システムによる3次元動画像のフレームレートは1000frame/sec と非常に高いものであった.

  • 5.おわりに

レーザブレークダウン現象により発生する超音波を計測 した結果,無指向性球面超音波の発生を確認することができた.また,計測データとシステム方程式による理論 データとの相関係数を評価関数とする最適化ビームフォーマを行い,血管閉塞を模したファントム実験にお いて閉塞部位を3次元的に可視化することができた.さらに,リングアレイプローブを用いた計測システムによ り高フレームレートの3次元動画像を獲得するシステムを構築し,1000frame/sec で3次元動画像を獲得することができた.


最後になりましたが,レーザブレークダウンの実験にお いてご協力頂きました,大阪大学河田 聡先生,杉浦忠男先生に感謝致します.

参考文献

[1]大城他 ; システム制御情報学会論文誌, 8, pp.344-349 (1995).

[2]T.Kitamori et al. ; JJAP, 27, pp.983-985 (1988).

[3]A.Matani et al. ; JJAP, 37, pp.3013-3017(1998).

  • 【3次元超解像技術による診断法】
  • 超音波組織性状診断法

増山 理、近藤寛也、堀 正ニ

大阪大学大学院 医学系研究科

  • 1. はじめに

超音波診断法は画像診断学の一端として、主に臓器や組織の大きさの計測に利用されてきた。心臓などの 動的臓器においては、形態に加え動きをも観察することから疾病や臓器機能の破綻を推定することも可能で ある。しかし、今日では予防医学に代表されるように破綻以前の機能低下状態も疾病と捉えられるようにな り、治療に際しても現在の機能よりも予備能や予後の評価が重要であると考えられている。従って、現在ど れだけの機能が表現されているか、どれだけ形状が歪んでいるかという疾病が完成した状態を評価するので はなく、組織性状や調節予備能を評価し治療に対する反応がどれだけ期待できるかなど、今後の状態の予測 が求められている。

生体組織の音響インピーダンスは組織の密度や弾性を反映しており、組織の構築や浮腫等含水率の変化を 知る上で非常に良い手がかりとなる。超音波は生体組織の音響インピーダンスの空間的変化によって散乱す る。本研究では散乱超音波信号(超音波後方散乱)を用いて組織の性状を評価する手法を開発した。

  • 2. 音響パワー定量化の方法

一般に臓器境界では大きく音響インピーダンスが変化 するため強く超音波を反射する。さらに表面は皮膜に覆われているため、その皮膜が散乱ではなく鏡面反射 に近い様式で超音波を反射する。臓器境界を観察するには、この強い反射を鮮明に描出し組織内部からの散 乱を逆に抑制することで可能になる。このため、旧来の形態観察用に設計された超音波診断装置では超音波 後方散乱を用いて組織性状を知ることはできない。そこで散乱信号の音響パワー値を定量化する方法として パワーの時間積分値(Integrated Backscatter)を用いることが行われてきた。しかし、超音波画像では反射 波が帰ってくるまでの時間、すなわち超音波信号の時間軸に距離情報がエンコードされているために時間積 分は画像の空間分解能を損なう。そこで我々はスペクトルに分解されたあとも音響パワー値が保存されるこ とに着目し、通常はスペクトル分析から血流速計測に用いられているドプラー信号を利用して音響パワーを 定量化する装置を製作した。通常のヒト左心室の筋層は約10mmの厚さしか持たないため、従来のIB法では超 音波後方散乱強度の心筋層内でのグラディエント計測

図7 再構成3次元画像


図3. 組織による高調波強度-スペクトラムプロファイルの違い

さらに超音波コントラスト剤として用いられるマイク ロカプセルによる散乱信号は更に異なったプロファイルを持ち、生体組織に比べて高調波成分のパワーが著 しく大きい。この性質を利用し、受信超音波信号のうち2次高調波成分のみを表示することにより、マイク ロカプセルからの散乱信号強度を選択的に画像化し得た。このマイクロカプセルはきわめて短時間であって も超音波を照射すれば破壊される。このために、持続的な超音波照射により、血流に乗って流入するマイク ロカプセル数にかかわらず、超音波スキャンエリア内のマイクロカプセルは破壊された。そこで、一定間隔 で間歇的に超音波を照射することにより、超音波照射毎に視野内のマイクロカプセルは崩壊するので、マイ クロカプセル特異的な周波数の散乱信号の強度から照射間隔の時間内にどれだけのマイクロカプセルが視野 に流入し関心領域内に滞留していたかを知ることができる。血液中のマイクロカプセル濃度は既知であるた めの、この手法により組織の血液潅流量を知ることができる。間歇的な超音波照射と周波数分析に基づいた 音響パワー計測を組み合わせることにより、通常のエコーのモードに比べはるかにきれいな心筋コントラス ト像が得られるだけでなく、臓器の潅流血液量の変化を直接評価できるようになった(図4)。

図4. 血流量の変化によりコントラスト強度が変化し ている -左下矢印

は不可能であったが、ドプラー信号のパワー値を用い る本装置の利用により計測に成功した(図1、2)。

図1. 健常心筋における心室壁内(外側と内側)での 超音波後方散乱強度差

図2. 虚血心筋における超音波後方散乱強度差

心筋収縮力が弱くなっているために、健常例に比して 差が小さくなっている

  • 3. 音響パワー値の応用

ドプラー信号を用いて音響パワーを定量計測する際、 信号のスペクトル推定に用いるウインドウ幅を狭くすることにより、古典的IB法よりも空間分解能を向上 させることができる。逆にウインドウ幅を広くすることにより空間分解能は犠牲になるがスペクトル推定精 度を向上させることができる。超音波後方散乱信号は組織の緩和過程のため入射超音波とは異なったスペク トラムを持ち、そのプロファイルは組織によって異なっている(図3)。


  • 4. 波形パターンの利用

超音波散乱信号を積分して音響パワーを求めるだけで あれば、広い関心領域内の平均的な組織の状態についての情報が精一杯であった。しかしながら周波数分析 の手法と組み合せることにより、空間分解能を向上させ生体組織と人工マイクロカプセルを弁別することが できるようになった。これらの新しい方法はこれまで使われていなかった超音波散乱信号波形の情報を活用 する手法である。生体組織で散乱された超音波は多くの情報を持っているはずであるが、現行診断装置の特 性が不充分であるため分解能や安定性などの制約が多い。そこで我々は、広帯域の超音波装置を試作し、散 乱超音波の受診装置からの出力を増幅した後、ビームフォーマーなどの整相回路を通過した直後の信号を取 り出し、最も後続のログアンプや検波器の影響を受けていない信号を用いて検討を行なった。散乱超音波信 号(中心周波数3.5MHz)を 500MS/sにてデジタイズし記録したところ線維性構造部分に対応して波形が変化 しており、wavelet変換を用いたフィルタ処理(Multiple Resolution Analysis)により、今までに到達不可能であった空間分解能で線維性構造部分に由来 する信号を抽出することができた。

  • 5. おわりに

生体によって散乱された超音波信号の情報をより有効 に活用する手法を開発してきたが、サンプル組織やモデル疾患との対比から有用なパターンを見出し、その 特徴を抽出するフィルタを設計するというアプローチであった。生体組織音響特性のモデル化やファントム 実験を含め、生体組織の物理特性から散乱波形特性を予測する演繹的なアプローチし組み合せ、より詳細な 組織情報を得る手法の開発を進める予定である。

図5. フィルタ処理による特徴様抽出