☆ 研究内容 

私たちの研究室における現在の主要研究課題

(1)細胞接着の制御機構

(2)細胞極性の形成機構

(3)細胞の増殖と接着の相互制御機構

(4)細胞運動の制御機構

(5)神経シナプスの形成と可塑性の機構

(6)遺伝子ノックアウトマウスを用いた解析

 

(1)細胞接着の制御機構

 細胞接着は、単に細胞同士の接着のみならず細胞の極性、増殖、運動等の様々な重要な細胞機能に必須の役割を果たしています。上皮細胞の細胞間接着では、タイトジャンクション(TJ)とアドヘレンスジャンクション(AJ)が中心です。TJでは、クロージン・オクルージンがTJストランドを形成し、細胞内でZO-1/2/3と結合して、アクチン細胞骨格と連結しています。また、TJには新しい接着分子であるJAMが局在し、細胞内でZO-1/2/3と結合しています。AJでは、カドヘリンが必須の接着分子として機能しており、細胞内でカテニンと結合してアクチン細胞骨格と連結しています。私たちは、AJに局在し、カドヘリン-カテニン系とは異なる新しい細胞間接着系であるネクチン-アファディン系を見い出しています。ネクチンは、イムノグロブリンスーパーファミリーに属する接着分子であり、細胞内でアクチン線維結合蛋白質であるアファディンと結合し、アクチン細胞骨格と連結しています。アファディンの遺伝子ノックアウトマウスでは、AJとTJの形成が障害され、ネクチン-アファディン系はAJとTJの形成に重要な役割を果たしていることが明らかになっています。また、ネクチン-アファディン系はカドヘリン-カテニン系と間接的に連結し、カドヘリン-カテニン系を細胞間接着部位にリクルートする機能を有しています。そこで現在、この新しい細胞接着系とカドヘリン-カテニン系やTJの構成分子との関連ついて解析を行い、ネクチン-アファディン系による細胞接着の制御機構を詳細に検討しています。また、ネクチンの遺伝子ノックアウトマウスを作成し、その解析を行いつつあります。

 

 

(2)細胞極性の形成機構

 細胞は一般に、その細胞形質膜蛋白質や細胞内蛋白質、さらにはmRNAなどを不均等に分布させることによって、不均等な構造を呈しています。これは細胞の極性と呼ばれており、その細胞の機能発現に重要な役割を果たしています。最近、細胞の多様性を生み出す基本的なしくみとして、細胞分裂によって2つの異なる娘細胞が生じる非対称分裂が注目されていますが、これも細胞極性の一種です。細胞極性の形成機構は明らかになっていませんが、基本的にはまず細胞接着によって細胞膜上に位置シグナルが形成されると考えられます。その後、その位置シグナルに応じてアクチン線維や微小管などの細胞骨格が形成され、さらに位置シグナルに沿って様々な細胞形質膜蛋白質などが小胞輸送によって不均等に運ばれると考えられます。上述したように、私たちは、ネクチン-アファディン系がカドヘリン-カテニン系を細胞間接着部位にリクルートすることを明らかにし、さらにはTJ の細胞接着系のJAM-ZO1/2/3系もリクルートすることを明らかにしつつあります。TJには非対称分裂に必須の分子Par-3/6が局在します。したがって、ネクチン-アファディン系は極性形成の最初の位置シグナルの決定に重要な役割を果たしていると考えられます。このように、私たちは細胞極性の形成機構をネクチン-アファディン系を中心として解析を行っています。

 

 

(3)細胞の増殖と接着の相互制御機構

 細胞の接着と増殖の制御機構の間には、両者の綿密なクロストークが存在します。細胞増殖因子のシグナル系は、そのセカンドメッセンジャーである低分子量G蛋白質や様々なプロテインキナーゼ、ホスファターゼの作用を介して細胞接着に関わる接着因子やその裏打ち蛋白質の機能を制御します。他方、接着系が増殖因子受容体やそのシグナル分子を接着部位にリクルートするとともに、それらのシグナル系に影響し、細胞増殖を厳密にコントロールしています。この細胞の接着と増殖の相互制御機構が、生理的には器官形成や創傷治癒の過程に重要であり、またその破綻はがんの浸潤、転移の機構へとつながります。そこで現在、私たちは、この細胞の接着と増殖の相互制御機構につき、増殖因子のシグナル系としてのチロシンリン酸化反応の細胞の接着や運動の制御機構における役割につき解析を行っています。また、細胞接着系によって増殖因子受容体やそのシグナル分子がリクルートされる分子機構について解析しています。さらに、長らく未解決である細胞の接着阻止の機構に焦点をあて、どのようにして細胞接着のシグナル系が増殖因子受容体を介したシグナル系に対して負に作用するかにつき、私たちの見い出したネクチン-アファディン系の役割を中心として精力的に解析を行っています。

 

 

(4)細胞運動の制御機構

 細胞運動は、生理的には発生過程における器官形成、創傷治癒、血球細胞の遊走等において必須な役割を果たし、また、その異常は、炎症やがん細胞の浸潤・転移をはじめとする様々な病態に関与しています。私たちの研究室では、細胞の接着や運動の制御に重要な役割を果たしている低分子量G蛋白質RhoファミリーのRhoが、アクチン細胞骨格系の再編成を時間的・空間的に制御していることを明らかにし、さらにはRhoファミリーの他のメンバーのRacやCdc42がカドヘリン依存性の細胞間接着を制御していることを明らかにしています。現在、私たちが見い出しているRhoファミリーの活性制御蛋白質や標的蛋白質に結合する因子を同定、単離し、この因子を解析することによりシグナルに依存したRhoの活性化機構とその作用機構を解析しています。また、私たちは、低分子量G蛋白質Rabファミリーのメンバーが、インテグリンを含む小胞の輸送を制御し、Rhoと協調して細胞の運動を制御していることを明らかにしています。さらに、カドヘリンおよびHGF受容体(c-Met)を含む小胞の輸送にもRabファミリーのメンバーが関与して細胞間接着や細胞極性を制御していることも明らかにしつつあります。そこで、現在、インテグリンやカドヘリンを含む小胞の単離法を確立しつつ、細胞の運動や極性形成の制御に関与するRabを検索し、その作用機構を解析しています。

 

 

(5)神経シナプスの形成と可塑性の機構

 神経シナプスは、非対称形の細胞間接着部位であり、かつ神経伝達の中心です。神経シナプスは、神経活動に依存性して活発にその接着を変化させ、同時に前、後シナプスにおける神経伝達の効率を修飾しています。このことはシナプスの可塑性と呼ばれており、記憶、学習の基盤となる機構であると考えられています。私たちは、ネクチン-アファディン系が神経シナプスにも局在し、シナプスの形成に重要な役割を果たしていることを明らかにしています。また、Rab3A低分子量G蛋白質を発見して以来、その活性制御蛋白質を多数同定し、前シナプスからの神経伝達物質の放出機構を解析し、これらの制御蛋白質がシナプスの可塑性に関わっていることを明らかにしています。さらに、後シナプス肥厚(PSD)に局在するPSD-95/SAP-90の新規結合蛋白質を多数見い出しています。また、これらの蛋白質が主にPDZドメインを介して、後シナプス膜に存在する受容体、イオンチャネルや接着分子を局在化させると共に、受容体以降のシグナル伝達分子をも集約し、シナプスにおけるシグナル伝達に中心的役割を果たしていることを明らかにしています。現在、神経シナプスの形成と可塑性の機構について、ネクチン-アファディン系の役割を中心に詳細に解析しています。

 

 

(6)遺伝子ノックアウトマウスを用いた解析

 現在、生命科学研究の分野において、遺伝子ノックアウト(KO)マウスを用いた解析は、特定の分子の生体における生理機能を解明するうえで、最も有力でありまた不可欠の手段であると考えられます。私たちは、大阪府立成人病センターの三好部長のグループとの共同研究で、私たちが見い出した新規分子につき、KOマウスを作製してきました。最近得られた興味ある結果をご紹介しますと、上述したように、アファディンのKOマウスでは、AJとTJの形成が障害され、マウスは胎生初期に死亡します。Rho ファミリーの活性制御蛋白質であるRho GDIのKOマウスでは、ネフローゼ症候群の所見が観察され、このKOマウスは疾患モデル動物としての応用が考えられます。Ki-Rasをはじめとする低分子量G蛋白質の活性制御分子であるSmg GDSのKOマウスでは、心筋細胞や神経細胞のアポトーシスの亢進が観察されるという予想外の結果を得ており、低分子量G蛋白質の新たなアポトーシス制御機構への関与を示しています。Rabファミリーの活性制御蛋白質であるRab GDIaのKOマウスでは、神経伝達物質の放出が亢進し、マウスは痙攣発作を起こすようになります。実際、Rab GDIaは、痙攣発作を特徴とするヒトX-linked non-specific mental retardationの原因遺伝子であり、Rab GDIaのKOマウスの解析は、この遺伝子疾患の病態解明に貢献しました。Rab3Aの活性化因子であるRab3 GEPのKOマウスでは、神経伝達物質の放出が障害され、出生直後の呼吸不全によって死亡するという結果を得ており、Rab3 GEPが神経伝達物質の放出に必須の役割を果たしていることを明らかにしています。現在も、ネクチンや私たちが見出したRhoファミリーの活性化因子フラビン等のKOマウスの作製に精力的に取り組んでいます。また、アファディンの詳細な生理機能の解析のため、アファディンのコンディショナルなKOマウスも作製中です。今後も、各種KOマウスの解析を通じて、私たちが見い出した様々な分子の個体発生や生体機能全体における生理機能を解明していきたいと考えています。