高井 義美 (教授)

 

生化学・分子生物学講座(分子生物学)では他学部出身者も受け入れています

 

 私たちの「生化学・分子生物学講座」は、1997年の大阪大学医学部の大学院重点化に伴って分子生理化学講座が改組されてできた研究室です。この旧分子生理化学講座は1979年に大阪大学大学院医学研究科に修士課程ができた際に「第2生化学講座」が改組されてできた研究室です。大阪大学大学院医学系研究科(旧医学研究科)の一番の特徴は、医学部以外の学部卒業生をも受け入れている医学修士課程を持っていることです。こういった医学系研究科は、国立大学ではこれまで全国で二つしかありませんでしたが、最近多くの大学でも医学修士課程ができつつあります。この医学修士課程には、たとえば、理学部、農学部、工学部などの卒業生が入学しています。当然ながら、博士課程においても広く他学部の修士課程出身者を受け入れています。

 医学部以外の学生を受け入れると言うことには大きな目的があります。日本では、医者つまり医師免許を持っている人と、医師免許を持っていない人との融和があまりはかられておりませんでしたが、アメリカでは古くからM.D.とPh.D.が融和しています。また、企業と大学との融和も進んでいます。このような融和を促進し、へテロの集団をつくれば、より大きな研究ができるという考えなのです。医学関連分野や製薬企業においても、医者ではないけれども医学を学んだ経験のあるPh.D.がいる方が、良い成果をあげることできると考えています。

 実際にPh.D.を受け入れてみますと、違った観点からいろいろなことをディスカッションできるという利点があります。医者というのは患者中心、病気中心に考え、高貴なことを言う前に目の前の患者をなんとかしなければなりませんが、Ph.D.の場合は生命現象を中心にじっくりと考えています。

 医者の考え方は現実的には非常に大事ですが、大きなことを見失う可能性があります。反面、Ph.D.は大きなことを考えるあまり、現実性がなく、そのためにすぐには仕事ができないことがあります。現実性と大きな観点、この両方が兼ね合うことが大切です。感覚も生きざまも違う者同士がちょうどうまく融和されていくことが、医学研究全体に、研究室に、新しい効果を生むと思います。

 

 

「細胞内シグナル伝達機構」が共通の研究テーマ

 

 私自身は、細胞内シグナル伝達について研究をしています。ホルモンや細胞増殖因子が細胞に作用すると、細胞内のシグナル伝達機構がどのように働き、どのように細胞がレスポンスするかについて、基本的なことを研究しています。また、シグナル伝達機構が壊れると、がんや痴呆症、動脈硬化などさまざまな病気になることがわかっていますから、基本的な研究と併せて応用的な研究も行っています。私の教室には現在20名あまりの大学院生がおります。臨床の医者がいれば修士の学生がいて、将来研究者をめざすものもいるといったへテロの集団ですが、共通のテーマは「細胞内シグナル伝達機構」であり、その正常の場合と病態の場合について研究を続けています。

 

 

プロの研究者になるための基本を厳しく学びます

 

 私の教育方針は、全員プロに、一人前になれるように育てるということです。ですからプロにとって大事な基本教育を重視しています。私の研究室では、入学したらまず基本形を学びます。我流は絶対に許されません。だんだんと基本形ができ、いろいろなことができるようになったら、ようやく個性ある研究者になっていくというのが私の基本的な考えです。

 臨床に戻ろうと、企業に就職しようと、基本形は同じです。個性は基本形ができてから出すもので、最初から個性的にやろうとするのは、個性ではなく我流というもの。我流では世界の一流には決してなれません。研究の技術、プロトコールの書き方、研究のストラテジーから、論文の書き方、発表まですべての基本形を習得し、それらをマスターしてから個性を出せるようにしています。この考え方は、私自身の恩師の西塚泰美先生から学んだことです。

 

 

各大学院学生の研究テーマは柔軟に

 

 院生の研究テーマは大きくは「細胞内シグナル伝達」ですが、いま力を入れているのは「細胞の増殖・運動・接着の細胞内シグナル伝達」です。このテーマの中から具体的なテーマを選びます。

 テーマは一度決めたら何年もずっと追求することもありますが、色々な状況に応じてかなり柔軟に考え直すことがあります。日本の研究の悪いところに、いったんやりはじめたら世界の流れに関係なく死ぬまでやる、ということがあります。唯我独尊といえばそうでしょうが、結局趣味で終わる人もいます。テーマをずっと続けることよりも変えることの方が勇気と能力がいります。「押す」か「いつ退く」かの決断は、研究のみならず人生の色々な面でも重要ですが、このような状況判断と決断の練習も若い時からすることが大切であると思っています。

 蛋白化学や遺伝子工学の基本をしっかりと学びますが、現在の研究状況では一つの基本形だけで一生やっていけません。一つのテーマが終わったら、できるだけ違うテクニックを用いるテーマに取り組むようにしています。しかし、すべてが中途半端になっては大成しませんから、あくまで一つのことができるようになってからテーマを移すようにします。具体的には、1年ほど蛋白レベルの研究をしたら、2年から分子生物学を研究するといったようにしますが、人によって能力が違いますから、半年でできる人もいれば、2年かかる人もいます。

 

素朴な疑問を持ち、コツコツと研究を

 

 研究室に入ってくる学生には、「たくさんの知識を持っている人が必ずしも偉いわけではない。まず、知識は捨てなさい、小学生に返りなさい。」と言っています。知識があまり多すぎると、疑問が高級になります。高級というと良いようですが、枝葉末節のことなのです。小さな子どもはいろいろなことに疑問を持ち夢見ますが、その疑問は、知識はなくとも、ある意味で本質をついています。この素朴な疑問、そしてその疑問を一つ一つ実験によって解決していくことが「本当のサイエンス」であると思います。そして、非常に素朴な疑問を明らかにすることが好きだ、ということが研究をする上で大事です。研究というのは、まず「好き」でなければダメです。「好きこそものの上手なれ」とは、まさに私たちの世界にもあてはまります。

 もちろん、好きなだけでも、疑問を持つだけでも充分ではありません。疑問を明らかにするための知識は必要です。まず疑問を持ち、次に勉強すると言うことが大切なのです。なおかつ、医学系研究科にいるのですから、疑問は社会に役立つものでなくては意味がありません。やはり病気に関係したこと、どうしてがんになるのか、どうして痴呆症になるのかといった素朴な疑問を重ねて、コツコツ研究していくことです。そして、その研究はきっちりした方法で進め、最終的にはプロになって大きな成果を挙げてほしいのです。

 

だれも考えていないことこそサイエンス

 

 非常に素朴でなんとなく訴えるものを持った人、こういう人は今の社会からするとちょっとずれているかもしれませんが、どこにも一人くらいはいるでしょう。私はそういう素朴さがとても大切だと思いますし、そういう人を大切にしたいと思っています。

 一方では、いわれたことをテキパキとできる人がいます。しかし「あなたの個性はどこにあるの」といったら何もない、勉強したことをつなぎ合わせることしかしない人もいます。しかし、こういう人も時間はかかりますが、子供心に戻ることができると信じています。

 私自身、記憶力はさほど良くないのですが、夢を見たり想像したりすることが好きです。ディスカッションすることも好きです。だれかと話をしていて、世界のだれも考えていないことがでてくれば、これがサイエンスのはじまりなのです。「それはどの本に書いてあるんですか」などというような人は、学者には向きません。素朴なモチベーションと夢をもち、しかも現実的なデータを出すような研究者に育って欲しいと願っています。