大阪大学大学院医学系研究科
English
分子病態生化学
HOME
Department of Molecular Biology and Biochemistry, Graduate School of Medicine, Osaka University
研究内容紹介(詳細)
HOME研究内容紹介 > Wntシグナルと癌

Wntシグナルと癌

ヒト肺癌における3’-非翻訳領域の低メチル化によるArl4cの高発現

Wnt/β-カテニンシグナルとEGF/Rasシグナルの異常活性化は大腸癌や肺腺癌をはじめとする各種ヒト癌の発癌および悪性化に密接に関与することが知られています。私達は最近、大腸癌や肺腺癌において低分子量G蛋白質ADP-ribosylation factor (ARF)-like 4c (Arl4c)が高発現し、ヒト大腸癌および肺腺癌細胞株におけるArl4cの発現が腫瘍形成に必要であることを見出しました。そこで、腺癌以外の癌腫におけるArl4cの発現について検討したところ、ヒト肺扁平上皮癌で80.6%(60症例中52例陽性)、ヒト舌扁平上皮癌では73.7%(42症例中57例陽性)の症例で過剰発現していました(図1)。

ヒト悪性腫瘍におけるArl4c発現
図1.ヒト悪性腫瘍におけるArl4c発現
肺扁平上皮癌症例ならびに舌扁平上皮癌症例においてArl4cは高頻度に腫瘍細胞特異的に高発現していた。

一方で、Arl4cは周囲の非腫瘍部の肺胞上皮組織および非腫瘍部の舌扁平上皮組織では発現を認めないことから、腫瘍細胞特異的に高発現することが明らかになりました。

癌におけるArl4cの機能を解析するため、Arl4cを高発現するヒト肺扁平上皮癌細胞株および舌扁平上皮癌細胞株において、Arl4cをCRISPR/Cas9システムを用いてノックアウトしたところ、in vitroでの癌細胞の増殖能や運動能が抑制されました(図2)。

Arl4cのノックアウトによる癌細胞の増殖能・運動能抑制
図2.Arl4cのノックアウトによる癌細胞の増殖能・運動能抑制
二次元培養下またはコラーゲンコートしたBoyden chamberを用いて、増殖能と運動能を解析した。ヒト肺扁平上皮癌細胞株NCI-H520において、Arl4cをノックアウトすることによって、コントロールと比べ、増殖能や運動能が有意に抑制されることが示された。

また、ヒト肺扁平上皮癌細胞株NCI-H520において、Arl4cの発現はWnt/β-カテニンシグナルまたはEGF-Ras-MAPKシグナルに依存しておらず、Arl4c DNAの3’非翻訳領域が低メチル化状態となっていました。この細胞において脱メチル化酵素TET1-3をノックアウトすると、Arl4c DNAの3’非翻訳領域が高メチル化され、Arl4cの発現が低下しました。加えて、ヒト肺扁平上皮癌症例において腫瘍部は非腫瘍部と比較して、Arl4c DNAの3’非翻訳領域が低メチル化状態でした (図3)。がんゲノムアトラス(The Cancer Genome Atlas)データベースにおけるヒト肺扁平上皮癌379症例の解析を行いますと、腫瘍部においてArl4cが高発現し、Arl4c DNAの3’非翻訳領域が低メチル化状態であり、私達の結果と同様でした。

DNA 3’非翻訳領域におけるメチル化によるArl4cの発現制御
図3.DNA 3’非翻訳領域におけるメチル化によるArl4cの発現制御
A. Arl4cを高発現するNCI-H520は、Arl4cを低発現するHeLaS3と比較して3’非翻訳領域におけるDNAが低メチル化状態であった。また、ヒト肺扁平上皮癌症例において腫瘍部は非腫瘍部と比較して、Arl4c DNAの3’非翻訳領域が低メチル化状態であった。
B. NCI-H520においてTET1-3をノックアウトすると、Arl4cの発現が有意に低下した。

これらの研究は、Arl4cがヒト癌において増殖因子シグナルに加えて、DNAのメチル化により発現制御されており、また、癌の新規診断マーカーや治療の標的になる可能性を示しています。今後は、Arl4cを分子標的とするアンチセンスDNA等の核酸医薬の開発を目指したいと考えています。

INDEX
癌細胞が分泌するWnt5b含有エクソソーム

Wnt5aファミリー分子であるWnt5bは、これまでに軟骨細胞の増殖・分化やがん細胞の増殖および浸潤・転移に関与することが報告されています。しかし、がん細胞においてWnt5bが細胞外に分泌される機構とその生理機能の関連については未だ明らかではありません。近年、Wntタンパク質がエクソソームと呼ばれる細胞外小胞と共に分泌されることが提唱されています。そこで、私共はWnt5bを高発現する膵癌由来のPANC-1細胞の培養上清を100,000 × g で超遠心することによりエクソソーム分画を回収し、ウエスタンブロット法によりWnt5bがエクソソームに含有されるかを解析しました。その結果、PANC-1細胞の培養上清に含まれるWnt5bのうち、55%がエクソソーム分画に存在することが分かりました(図1)。

PANC-1細胞はWnt5b含有エクソソームを分泌する
図1.PANC-1細胞はWnt5b含有エクソソームを分泌する
PANC-1細胞の培養上清(CM)を100,000 × g で超遠心し、沈殿をエクソソーム分画(P100)、上清に含まれるWnt5bをBlue Sepharoseで回収したもの上清分画(Sup)とした。ウエスタンブロット法により、Wnt5bとエクソソームマーカーであるCD63, CD81, Clathrinを検出した。

次にエクソソームに含まれるWnt5bを観察するため、Wntの活性に影響しないことが報告されている部位にHAタグを挿入したHA-Wnt5bを作製しました。HA-Wnt5bを発現させたPANC-1細胞の培養上清から単離したエクソソームに対してHA抗体を用いた免疫電子顕微鏡解析を行い、エクソソームに含まれたWnt5bを観察することに成功しました(図2)。

Wnt5b含有エクソソームの免疫電子顕微鏡写真果
図2.Wnt5b含有エクソソームの免疫電子顕微鏡写真
HA-Wnt5bを発現させたPANC-1細胞の培養上清から単離したエクソソームに対してHA抗体を用いた免疫電子顕微鏡解析を行った。HA-Wnt5bは25 nmの金コロイド粒子として検出された。

Wnt5b含有エクソソームの活性を明らかにするため、CHO細胞を用いたWnt5bシグナルを検出する高感度の新たなレポーターアッセイ系を樹立しました。PANC-1細胞の培養上清から単離したエクソソームを用いてレポーターアッセイを行ったところ、容量依存的に転写活性が上昇しました。一方、コントロールのCRISPR/Casシステムを用いてWNT5B遺伝子をノックアウトしたPANC-1細胞(WNT5B KO)の培養上清から単離したエクソソームでは、活性の上昇は観察されませんでした。更に、PANC-1細胞の培養上清から単離したエクソソームで肺癌由来のA549細胞を刺激したところ、細胞増殖が亢進しました(図3)。またエクソソームの刺激によりA549細胞の細胞運動能も同様に亢進しました。

PANC-1細胞が分泌するWnt5b含有エクソソームはA549細胞の増殖を亢進する果
図3.PANC-1細胞が分泌するWnt5b含有エクソソームはA549細胞の増殖を亢進する
PANC-1細胞の培養上清から単離したエクソソームでA549細胞を刺激したところ、EdUの取り込みが増加した。一方、WNT5B遺伝子をノックアウトしたPANC-1細胞(WNT5B KO)の培養上清から単離したエクソソームではEdUの取り込みの増加は起こらなかった。

以上のことから、ある種の癌細胞が分泌するWnt5b含有エクソソームには癌細胞の増殖及び運動能を亢進させる働きがあることが明らかとなりました。

INDEX
ヒト癌における新規Dkk1-CKAP4シグナル軸の発見とCKAP4を標的とする抗癌剤開発

分泌蛋白Dickkopf1(Dkk1)は、胎生期にWntシグナルを抑制することにより、形態形成を適正化する重要な細胞増殖制御因子です。Wntシグナルの異常活性化が発癌を促進することから、Dkk1は癌抑制機能を有すると考えられていました。一方、Dkk1が肺癌や食道癌で高発現することや、抗Dkk1抗体が肺癌細胞株の増殖を抑制することから、Dkk1がWntシグナルの阻害とは関係なく、細胞の増殖を促進する可能性も示唆されてきました。しかし、そのメカニズムは明らかではなく、Dkk1がどのような受容体と結合し、癌と関連するのかは全く不明でした。

この疑問に答えるため、私共は正常腎尿細管上皮細胞において、Dkk1の新規受容体を検索し、Cytoskeleton-associated protein 4 (CKAP4)を同定しました。Dkk1はCKAP4と結合することにより、ホスファチジールイノシトール3リン酸キナーゼ(PI3K)とAKTを活性化することにより、癌細胞の増殖を亢進しました。

ヒト膵癌症例においてDkk1は76.3%(59症例中45例陽性)、CKAP4は66.1%(59症例中39例陽性)の頻度で、ヒト肺腺癌症例においてDkk1は79.1%(67症例中53例陽性)、CKAP4は74.6%(67症例中50例陽性)の頻度で、ヒト肺扁平上皮癌症例においてDkk1は73.8%(61症例中45例陽性)、CKAP4は68.9%(61症例中42例陽性)の頻度で癌組織に高発現しました。また、両タンパク質が同一癌組織内(連続切片において)で共発現している症例が多数存在していました。一方、ヒト正常膵管上皮組織と正常肺胞上皮組織には、Dkk1およびCKAP4は免疫組織化学的手法により染色されず、Dkk1とCKAP4は腫瘍細胞特異的に高発現することが明らかになりました。さらに、膵癌の術後5年生存率は、Dkk1とCKAP4が両陽性の症例は、それ以外の症例に比して有意に低く(p=0.037)、肺腺癌と肺扁平上皮癌の術後無再発期間は、Dkk1とCKAP4が両陽性の症例は、それ以外の症例に比して有意に短く (p=0.040とp=0.043)、Dkk1とCKAP4の両発現が予後不良と相関する可能性が考えられました(図1)。

ヒト悪性腫瘍におけるDkk1およびCKAP4発現と予後との相関
図1.ヒト悪性腫瘍におけるDkk1およびCKAP4発現と予後との相関
A. 膵癌症例ならびに肺腺癌症例においてDkk1およびCKAP4は高頻度に腫瘍細胞特異的に高発現していた。
B. Dkk1およびCKAP4の両タンパク質の発現している症例は有意に予後不良であり、両者の発現が予後判定の指標となる可能性が示唆された。

ヌードマウス皮下に膵癌細胞株S2-CP8細胞ならびに肺癌細胞株A549細胞のDkk1もしくはCKAP4の発現抑制株を移植したところ、有意にその腫瘍形成能が抑制されました。さらに、ヒトCKAP4の細胞外領域を抗原として作製した抗CKAP4ポリクローナル抗体(CKAP4 pAb)が、Dkk1とCKAP4の結合阻害を示すとともに、S2-CP8細胞とA549細胞のヌードマウスにおける腫瘍形成能を抑制しました(図2)。

今後は、このポリクローナル抗体と同様にDkk1-CKAP4シグナル経路を抑制できるモノクローナル抗体を作製して、新規抗癌剤の開発を目指したいと考えています。

S2-CP8細胞のマウス皮下腫瘍形成に対する抗CKAP4ポリクローナル抗体を用いた腫瘍形成抑制効果
図2.S2-CP8細胞のマウス皮下腫瘍形成に対する抗CKAP4ポリクローナル抗体を用いた腫瘍形成抑制効果
ヌードマウス皮下へS2-CP8細胞を移植後、腫瘍サイズが約50mm3となってから、腹腔内に抗CKAP4抗体を週に2回、2週間投与し、経時的に腫瘍容積を計測した。抗CKAP4抗体投与群はコントロール群と比較して、腫瘍容積が有意に抑制された。
INDEX
ヒト癌におけるArl4の発現とArl4cを標的とする抗癌剤開発

Wnt/β-カテニンシグナルとEGF/Rasシグナルの異常活性化は大腸癌や肺腺癌をはじめとする各種ヒト癌の発癌および悪性化に密接に関与することが知られています。私達は最近、ラット正常腸管上皮細胞株(IEC6)を用いた三次元基質培養系において、Wnt/β-カテニンシグナルとEGF/Rasシグナルが同時協調的に活性化すると、標的遺伝子として低分子量G蛋白質ADP-ribosylation factor (ARF)-like 4c (Arl4c)が発現し、Arl4cが上皮細胞集団の形態変化と活発な増殖を介して管腔形態形成を誘導することを見出しました。生体内でおこる正常上皮細胞の管腔形態形成は癌細胞が運動能と増殖能を獲得して間質内に侵入していく機構と類似していると考えられます。一方、Arl4cの癌における発現および機能については全く不明です。そこで、Arl4cの発現について検討したところ、ヒト大腸癌で47%(117症例中55例陽性)、ヒト肺腺癌では78.5%(65症例中51例陽性)の症例で過剰発現していました(図1)。

ヒト悪性腫瘍におけるArl4c発現
図1.ヒト悪性腫瘍におけるArl4c発現
大腸癌症例ならびに肺腺癌症例においてArl4cは高頻度に腫瘍細胞特異的に高発現していた。

一方で、Arl4cは周囲の大腸正常腸管上皮組織および正常肺胞上皮組織では発現を認めないことから、腫瘍細胞特異的に高発現することが明らかになりました。

癌におけるArl4cの機能を解析するため、ヒト大腸癌および肺癌細胞株におけるArl4cの発現を検討しました。その結果、複数の大腸癌および肺癌細胞株においてWnt/β-カテニンシグナル、またはEGF-Ras-MAPKシグナルに依存してArl4cが高発現していました。そこで、Arl4cを高発現している大腸癌細胞株HCT116において、Arl4cを発現抑制したところ、in vitroでの癌細胞の運動能や浸潤能が抑制されました(図2)。

Arl4cの発現抑制による癌細胞の運動能・浸潤能抑制
図2.Arl4cの発現抑制による癌細胞の運動能・浸潤能抑制
コラーゲンコートした(A)およびマトリゲルコートした(B) Boyden chamberを用いて運動能と浸潤能を解析した。HCT116において、Arl4cを発現抑制することによって、コントロールと比べ、運動能や浸潤能が有意に抑制されることが示された。

また、ヌードマウス皮下にHCT116を移植したマウス皮下腫瘍形成モデルを用いて、腫瘍組織へsiRNAを直接投与したところ、腫瘍容積および重量が減少しました(図3)。

HCT116のマウス皮下腫瘍形成に対するin vivo siArl4cを用いた腫瘍形成抑制効果
図3.HCT116のマウス皮下腫瘍形成に対するin vivo siArl4cを用いた腫瘍形成抑制効果
A. ヌードマウス皮下へのHCT116移植3日後に、腫瘍組織へsiRNAを直接投与し、経時的に腫瘍容積を計測した。siArl4c投与群はコントロール群と比較して、腫瘍容積が有意に抑制された。
B. 移植13日後の摘出移植片においてsiArl4c投与群はコントロール群と比較して、腫瘍容積および重量が有意に抑制された。

これらの研究は、Arl4cがヒト癌において癌の新規診断マーカーや治療の標的になる可能性を示しています。今後は、Arl4cを分子標的とするアンチセンスDNA等の核酸医薬の開発を目指したいと考えています。

INDEX
Wnt5aシグナルによる癌細胞増殖

胃癌や前立腺癌の検討から、Wnt5aの高発現は癌細胞増殖との関連は乏しいと考えられていましたが、ある種の癌細胞においてはWnt5a シグナルにより、増殖能が高まることが報告されています。そこで、Wnt5a高発現細胞である、HeLaS3 細胞(子宮頸癌細胞)やA549 細胞(肺癌細胞)に対し、in vitroでWnt5aの発現抑制を行い増殖能への影響を観察しました。その結果、これらの癌細胞株において増殖が抑制され、一方でWnt5aを過剰発現すると増殖能が亢進しました。さらに、ヌードマウス皮下にWnt5aの発現を抑制したA549細胞を移植したところ、有意にその増殖が抑制されることが確認されました(図1)。

Wnt5a発現抑制による腫瘍増殖能阻害
図1.Wnt5a発現抑制による腫瘍増殖能阻害
ヌードマウスにWnt5a 発現抑制したA549細胞(shWnt5a)とコントロール細胞(shControl)を皮下移植した。その後継時的に腫瘍増殖を観察すると、Wnt5aの発現抑制により腫瘍増殖は有意に阻害された。

これまで、私達はWnt5aに中和活性を持つポリクローナル抗体の作製には成功していましたが、ポリクローナル抗体は単一個体から得られる血清に依存するため量的にも質的にも安定とは言えません。そこで、Wnt5aに対して中和活性を持つモノクローナル抗体の単離を目的に、ファージディスプレイ法を用いて抗体作製を行いました。その結果、胃癌細胞のWnt5a依存性細胞運動能を有意に抑制する抗体クローンが得られました。エピトープの同定を試みた結果、モノクローナル抗体は、ポリクローナル抗体と立体構造的に非常に近いペプチド配列を認識していました。また、ポリクローナル抗体と同様にWnt5a依存性レセプターのendocytosis を抑制することにより、癌細胞の運動・浸潤能を阻害することが判明しましたが、癌細胞の増殖を抑制することはありませんでした。そこで、私達はWnt5aシグナルによる癌細胞増殖には、レセプターの endocytosis を介さないシグナル経路で制御されているのではと推測し、Wnt5a依存性に細胞増殖能を示す癌細胞を用いて、その経路の同定を試みました。その結果、少なくともHeLaS3細胞においてWnt5aはレセプターの endocytosis を介さずにSrc Family Kinases (SFKs) を活性化し、細胞増殖を亢進させることが判明しました(図2)。今後は、増殖活性を阻害する中和抗体の作製を試み、癌治療に役立てるようなWnt5aモノクローナル抗体の単離を目指しています。

モデル図
図2.モデル図
細胞運動・浸潤はレセプターの endocytosisを介してRacを活性化し、細胞運動・浸潤を制御するが、SFKsはレセプターの endocytosisを介さずに活性化され、細胞増殖を制御する。
INDEX
分子標的としてのWnt5a

上述したように、Wnt5aの過剰発現が胃癌や前立腺癌の悪性化、特に、浸潤、転移に関与することを明らかにしてきました。そこで、私達はWnt5aを分子標的としてとらえ、その高発現した浸潤・転移能の高い癌に対するWnt5a抗体療法の可能性について検討しました。まず、いくつかの合成ペプチドを用いてヒトWnt5aに対するウサギポリクローナル抗体を作製しました。そのうちの1種類の抗体はin vitroにおいてWnt5aを高発現する胃癌細胞株の細胞運動と浸潤能を有意に抑制しました(図1)。その作用機構を検討したところ、このウサギ抗Wnt5aポリクローナル抗体はWnt5aと受容体との結合は阻害しないものの、シグナルの活性化に必要なレセプターのendocytosisを抑制することにより、胃癌細胞の運動・浸潤能を阻害することが判明しました。さらに、癌転移モデルマウスを用いたin vivoの実験において、本抗体をマウスの腹腔内に投与すると、脾臓被膜下に異種移植したヒト胃癌細胞の肝転移が有意に抑制されました(図2)。これらの実験結果は、抗Wnt5a抗体がWnt5aを発現する腫瘍細胞に対して、その転移能を阻害する新たなツールとなる可能性があることを示しました。

抗Wnt5aポリクローナル抗体による癌細胞の浸潤能抑制
図1.抗Wnt5aポリクローナル抗体による癌細胞の浸潤能抑制
マトリゲルコートしたinvasion chumberを用いてinvasion assayを行い浸潤能を解析。
抗Wnt5a抗体で胃癌細胞株KKLS細胞を処理することによって、コントロール抗体と比べ、細胞の浸潤能を抑制することが示された。
進行胃癌(111例)の術後5年生存率
図2.抗Wnt5aポリクローナル抗体による癌の転移能抑制
A. ヌードマウスに抗Wnt5a抗体を腹腔内に前投与した翌日に胃癌細胞(KKLS)を脾臓被膜下に異種移植。その後、1週間に2回抗体を腹腔内投与して、5週間後に肝臓への転移を観察、評価。
B, C. 抗Wnt5a抗体を投与したマウスは、control抗体を投与した群と比較して、肝転移が有意に抑制された。

今後は、このポリクローナル抗体とエピトープが同一であるモノクローナル抗体を作製し、これが生体内で胃癌をはじめとするWnt5aを高発現する様々な癌において浸潤・転移を抑制し得るかを評価した上で、癌治療の分子標的薬となりうるかを検討したいと考えています。また、Wnt5aは悪性腫瘍のみならず感染症や関節リウマチ、炎症性疾患でその関与が示唆されており、Wnt5aがこれらの疾患の診断治療に対する新たな標的分子として期待されます。私達はWnt5aに対する抗体だけでなく、Wnt5aが過剰発現したとしても細胞外に分泌させない化合物や、細胞からWnt5aが分泌されたとしても、受容体に作用させない化合物を同定する試みも行っています(図3)。そのような化合物が見出されれば、Wnt5aの関連する疾患に対する全く新規の治療薬になると期待されます。

Wnt5aとDvl/APC複合体の管腔様分枝形態形成への関与
図3.Wnt5aシグナルを標的とした創薬
モノクローナル中和抗体、 Wnt5aと受容体間の結合を阻害する化合物、もしくはWnt5aの細胞外分泌を抑制する化合物を探索する。
INDEX
ヒト癌におけるWnt5aの高発現

β-カテニン経路を構成する分子(β-カテニン, APC, Axin)の遺伝子異常が発癌のinitiation に関わることはよく知られています。最近になり、私達を含めたいくつかのグループがWnt5aとβ-カテニン非依存性経路が癌と関連することを見出しています。悪性黒色腫ではWnt5aは細胞運動や浸潤能を促進し、腫瘍の進展に関与することが報告されています。また、非小細胞肺癌ではWnt5aの過剰発現と腫瘍増殖および間質における血管新生との間に正の相関が認められています。私達は胃癌において、Wnt5aの発現と悪性化の関係について次の点を明らかにしています。胃癌においてWnt5aは約30%の症例で過剰発現しており(図1)、深達度、リンパ節転移、pTNM病期との相関が認められました。組織型では、悪性度の高いdiffuse-scattered type(スキルス型低分化腺癌)でWnt5a陽性症例が有意に多く認められました。進行癌を対象にすると、Wnt5a陽性例の術後5年生存率は約20%で、陰性例の約50%に比べ有意に低いことがわかりました(図2)。さらに、Wnt5aが胃癌の浸潤先進部で高度に発現することが報告されているラミニンγ2の発現を誘導することが明らかになりました。前立腺癌においてもWnt5aが発現している症例は腺構造が破壊されている(高グリソン値)症例に多く認められ、術後の再発率が高いことが判明しました。したがって、Wnt5aはある種の癌において、その進行度および悪性度に関連し、その発現は癌患者の予後に影響すると考えられました。これらの結果は、Wnt5aが発現した癌細胞は浸潤・転移能を獲得するために悪性化すると考えられ、Wnt5aは癌の診断マーカーや治療の分子標的になる可能性が出てきました。私達は、現在Wnt5a抗体がWnt5a高発現した癌細胞の浸潤、転移を抑制する可能性について、癌転移モデルマウスを用いて検討を行っています。

Wnt5aの過剰発現している胃癌症例(Intestinal Type)
図1.Wnt5aの過剰発現している胃癌症例(Intestinal Type)
茶褐色に染色されている細胞がWnt5a陽性癌細胞である。私達は、胃癌症例ならびに前立癌症例の約30%にWnt5aが高発現していることを見出した。
進行胃癌(111例)の術後5年生存率
図2.進行胃癌(111例)の術後5年生存率
111例の進行胃癌症例の手術後の予後を検討した。Wnt5a陰性例は術後5年生存率が約50%であるが、Wnt5a陽性例は術後5年生存率が約20%に低下した。Wnt5aは胃癌の予後判定の指標となる可能性が示唆された。
ページの先頭へ
大阪大学大学院医学系研究科 分子病態生化学
ADDRESS 〒565-0871 大阪府吹田市山田丘2-2 TEL 06-6879-3410 FAX 06-6879-3419 akikuchi molbiobc.med.osaka-u.ac.jp
Copyright (c) Department of Molecular Biology and Biochemistry, Graduate School of Medicine, Osaka University. All Rights Reserved.