平滑筋グループ

 

我が国で発症頻度の高い心筋梗塞、狭心症、脳血管障害などの重篤な閉塞性循環器疾患は、いずれも動脈硬化症が基礎疾患です。動脈硬化症による血管内腔の狭窄・閉塞性機転が発症の発端となっていますが、その主要な要因は血管平滑筋細胞の形質転換(分化→脱分化)であり、脱分化型血管平滑筋細胞が血管内腔へ遊走・増殖して狭窄を引き起すと考えられています。従って、血管平滑筋細胞の形質転の分子メカニズムの解明は動脈硬化発症機転を知る上で重要であることは認識されながら、分化型血管平滑筋細胞培養系が存在しない由に、的確な解析を行うことができませんでした。我々は分化型血管平滑筋細胞培養系を世界に先駆けて確立し、分化型血管平滑筋細胞の形質転換の分子メカニズムを解明してきました。さらに、その知見をもとに、動脈硬化発症の予防・治療法を確立し、医学的応用への基盤作りを目指しています。また、神経冠細胞と間葉系細胞から血管平滑筋細胞への分化系確立(血管の肉づくり)と、種々の分化細胞を一旦幼若化し、再び血管平滑筋細胞を始めとする様々な細胞へと再分化させる系を確立することにより、再生医療の分野への貢献を目指しています。

 

 

主なプロジェクト

1) 血管平滑筋細胞形質転換(分化→脱分化)の分子機構解明

2) 血管平滑筋細胞の分化誘導系の確立

3) 血管平滑筋脱分化と動脈硬化症

4) 幼若化細胞から筋・神経系細胞への再分化誘導系の確立

 

1) 血管平滑筋細胞形質転換(分化→脱分化)の分子機構解明

平滑筋細胞は高い可塑性を示しますが、これが逆に障害となり従来報告されてきた血管平滑筋細胞培養系は脱分化型形質を示す血管平滑筋細胞しか得られませんでした。当研究室では分化型血管平滑筋細胞の培養系を確立し、血管平滑筋の分化・脱分化形質を決定するシグナル伝達系と遺伝子発現制御機構を解析しています。これまでの研究の結果、分化型形質発現には増殖因子の一つであるIGF-1が必須であり、IGF-1がその受容体を介してPI3キナーゼ/PKB(Akt)系を活性化することで分化形質発現を示すことを明らかにしました。一方、PDGFEGFFGFなどの増殖因子は、MAPキナーセ系であるERKおよびp38系の協調的活性化により脱分化を誘導します。すなわち、血管平滑筋細胞の分化・脱分化型形質はPI3キナーゼ/PKB(Akt)系とERKおよびp38系の力のバランスにより決定されているのです。興味深いことに、分化型血管平滑筋細胞でIGF-IPI3キナーゼ/PKB系のみを活性化しますが、脱分化型細胞ではPI3キナーゼ/PKB系のみならずERKp38MAPK系を活性化して細胞増殖・運動能を亢進します。この血管平滑筋細胞形質に依存したIGF-Iシグナルは、IGF-Iシグナル系のアダプター蛋白質であるIRS-1とチロシン脱リン酸化酵素SHP2による巧妙な調節システムによることが判明しました(図1)。

図1、IGFIの血管平滑筋細胞に対する相反する作用は,血管平滑筋細胞の分化と脱分化型形質に依存した細胞内シグナル伝達系により決定される。分化型血管平滑筋細胞では、IGFI刺激はIGF-I受容体を介して直接PI3キナーゼ/PKBAkt)系あるいはIRS1経由でPI3キナーゼ/PKBAkt)系を活性化し、分化型形質発現を行う。この際、SHP2 IRS1と優先的に結合しIRS1の一部脱リン酸化を行い、Grb2Sos系路を完全に遮断してRasを介したERKp38MAPK系の活性化を阻害する。一方、脱分化型細胞へのIGFI刺激はPI3キナーゼ/PKBAkt)系も活性化するが、IRS1 - Grb2Sos - Ras経路を介したERKp38MAPK系の活性化により細胞増殖と遊走能の亢進をきたす。

 

さらにこのシグナル伝達系下流で血管平滑筋細胞に特異的な遺伝子発現装置として、NKホメオボックス転写因子(Nkx3.2)/SRFGATA転写因子(GATA6)による転写機構が存在することを見い出しました(図2)。現在、上記のシグナル伝達系と転写装置を結ぶ経路を探索し、遺伝子発現機構の全容を明らかにしたいと考えています。

 

 

2) 血管平滑筋細胞の分化誘導系の確立

これまで、様々な平滑筋細胞の分化誘導系が報告されています。例えば、脱分化型血管平滑筋を血清飢餓状態で培養すると、一部の平滑筋細胞分化マーカーの発現が増加します。同様に、マウス間葉細胞である10T1/2細胞をTGF-β刺激すると平滑筋細胞分子マーカーが発現増加することが報告されています。しかし、そのいづれもが完全な分化型形質を獲得した血管平滑筋細胞には至っていません。我々は、これまでに得られたシグナル伝達系・転写装置などに関する知見をもとに、血管平滑筋細胞の完全な分化誘導系の確立(血管の肉づくり)を目指しています。

 

3)動脈硬化発症因子の探索とその作用機構

すでに述べた通り、血管平滑筋細胞は周囲の環境要因により容易に脱分化細胞へと形質転換します。血管中膜の平滑筋細胞は脱分化により本来の機能である収縮能を失い、代わって増殖・遊走能を獲得して血管内膜側で内膜肥厚層(新生血管内膜)を形成します。これが動脈硬化発症の初期病変です。我々は分化型血管平滑筋細胞を用いて血清中に含まれる脱分化誘導因子を探索し、不飽和リゾホスファチジン酸(LPA)が非常に強力な脱分化誘導能を示すことを見い出しました。さらに、不飽和LPAin vivoにおいても強力な血管内膜肥厚を形成することを証明しました(図3)。以上のことは、不飽和LPAが動脈硬化症の強力な発症因子であることを示しています。興味深いことに、LPAによる血管平滑筋細胞の脱分化誘導は不飽和LPA特異的であり、飽和LPAにはその活性がありません。このことから、不飽和特異的なLAP受容体を検索中です。

 

 

3、ラットの頸動脈内腔に飽和LPAおよび不飽和LPAを投与した。血流再開後3週間目の組織所見(H.E.染色)。不飽和LPAを投与した頸動脈においてのみ、顕著な新生内膜肥厚が観察された。 

 

 また我々は、脱分化した血管平滑筋細胞が周辺の健常な分化型細胞の脱分化をさらに誘導することを見い出し、その因子としてEGFファミリーに属するエピレギュリンを同定しました。不飽和LPAPDGFで脱分化した血管平滑筋細胞は、速やかにエピレギュリンが発現誘導され細胞外に分泌されます。分泌されたエピレギュリンは周囲の分化型血管平滑筋細胞に作用してERKp38MAPK系を活性化して脱分化を促進します。実際にエピレギュリンは動脈硬化症の進展が活発な部位にのみ発現していることから、動脈硬化発症初期の増悪(進展)因子としての役割を担っていると考えられます(図4)。

 

4、動脈壁から取り込まれたLDLは、酸化ストレスにより不飽和LPAを形成する。また、活性化血小板からも不飽和LPAが放出される。これら不飽和LPAにより血管中膜平滑筋細胞は脱分化型へと形質転換する。脱分化血管平滑筋細胞は血管内腔側へと遊走し、増殖することで動脈硬化症の初期病変を引き起す。また、不飽和LPA刺激により脱分化誘導した血管平滑筋からはエピレギュリンが分泌され、周囲の分化型血管平滑筋の脱分化を促進するため、動脈硬化発症の進展はさらに助長される。また、既に存在する動脈硬化病巣(既存動脈硬化病巣)には高濃度の不飽和LPAが存在し、この漏出により動脈硬化の増悪が起る。既存動脈硬化巣破錠により血中に大量の不飽和LPAが流入すると、急激な血栓形成を起す。

 

4)幼若化細胞から筋・神経系細胞への再分化誘導系の確立

筋ジストロフィー・心筋梗塞・閉塞性血管障害など筋系細胞に起因する重篤な疾患と脊髄損傷・神経因性膀胱など末梢性神経疾患に対して、その各々に対応する細胞移植による治療法の開発は、緊急かつ重要な研究課題として期待されています。殊に自己細胞による移植法は、免疫学的障害を克服出来る最善の手段です。我々は、この問題にチャレンジし、筋および神経系細胞分化誘導系システムの開発を目標としています。具体的には、分化型細胞を一旦幼若化させ、細胞増殖を促進して充分量の細胞数を獲得した後に、骨格筋・心筋・平滑筋細胞や神経細胞へと再分化を誘導するシステムの開発を行っています(図5)。