私たちの研究室では主に、免疫系の主役であるリンパ球の動態を司る分子機構や癌細胞の血行性転移の分子機構を明らかにしようとしています。

■はじめに
1.研究の背景−免疫系とリンパ球の動き
2.リンパ球の動態(行く先)を制御する機構とは?

■研究プロジェクト
1.リンパ球ホーミングの分子機構の解析(リンパ球の動態を制御するためには?)
2.悪性腫瘍の血行性転移に関与する接着分子、ケモカインの探索、同定(悪性腫瘍の血行性転移を防ぐには?)
3.細胞接着の人為的制御による疾患の制御

■はじめに
1.研究の背景−免疫系とリンパ球の動き     
 からだを外界から守る免疫系は、からだの中の機能系の中で唯一、その実行組織が一カ所に存在せず、からだ中に分散しているという特徴を持ちます。免疫反応を実行する組織とは、主にリンパ節や脾臓などの免疫組織ですが、これらの組織は一カ所に存在するのではなく、特にリンパ節はからだ中に散在しているのです。しかし、これらの組織は決してそれぞれ勝手に働くのではなく、協調性をもって一つの生体系として働きます。その理由は、免疫系の主役をつとめる細胞、すなわちリンパ球が、一カ所にとどまっているのではなく、免疫組織から免疫組織へと移動し、からだ中を動き回り、免疫反応を媒介するからです。言い換えると、リンパ球は、外界からの病原体の侵入に対してパトロール役として機能し、さらに異物が侵入してきた時には、その情報をからだ中の免疫組織に伝搬することができるからです。つまり、リンパ球がからだ中を動き回ることから、免疫系は全身で協調的にかつ効率的に働き、生体防衛機能を発揮することができるのです。
 リンパ球は特定の場所から旅を始め、特定の組織に流入し、その後、この場を離れて全身を巡り、再び特定の組織に戻ってきます。この現象をリンパ球ホーミングとよびます。この仕組みを人工的に制御できるようになると、免疫反応を起こしたい部位にだけリンパ球を送り込むことができるようになるはずです。たとえば、癌の免疫療法において、もし癌の病巣内に癌を攻撃するリンパ球を選択的に送り込むことができれば、免疫療法の効果は飛躍的に増大することと思われます。また、気道や腸管には細菌やウイルスが頻繁に侵入してきますが、これらの部位に予め、病原体を攻撃できるリンパ球を効率よく集積させることができれば、効果的に感染が防げるはずです。
 一方、この機構を人工的に制御できれば、免疫反応が起こって欲しくない部位にリンパ球が行くのを防ぐことができるようになるはずです。たとえば、アトピー性皮膚炎や関節リウマチでは、皮膚や関節に悪いリンパ球が集積するために病気が悪くなるのですが、もしこれらの組織に悪いリンパ球が浸潤しないようにすることができれば、病気は良くなるはずです。アレルギーにおいても、アレルギーを起こす悪いリンパ球を局所に流入しないようにすれば、アレルギー症状は著しく改善するはずです。
 つまり、リンパ球の生体内での動態を制御できるようになれば、様々な免疫反応の制御ができるようになり、これは難病の予防や治療に役立つはずであり、医学的に大きな貢献ができるようになります。このようなことを願いながら、私たちは研究を続けています。 to page top

2. リンパ球の動態(行く先)を制御する機構とは?

■接着分子
 それでは、このリンパ球の動態(行く先)を制御する機構にはどんなものがあるのでしょうか?リンパ球が自分の行く先を知るためには、その行く先に目印が必要で、同時にその目印を認識するシステムをリンパ球自身がもっている必要があります。目印というのはたとえば、郵便配達の時の住所、番地を示すような道路標識にあたるものです。もし、このような分子がリンパ球の通り道、すなわち血管の上に提示されていて、さらに、リンパ球がこれを読みとる装置をもっていれば、リンパ球は自分の行く先を知ることができるようになるはずです。最近の研究から、実際にこのような分子群が存在し、接着分子とよばれるものであることが明らかになっています。まず、リンパ球の細胞膜上にはL-セレクチン、VLA-4、PSGL-1、CD44などの接着分子が存在し、血管やその他の組織の上に存在する「住所、番地」を読み取り、自分の行く先に自分自身を接着させる役割をもっています。一方、リンパ球がよく流入する組織の血管(後述のHEVとよばれる血管)には、その場所だけに特異的に発現することによって「住所、番地」の役割をもつ分子群が存在し、これらの分子は血管アドレシン(アドレシンとはアドレスを示す分子のこと)と総称されています。やはり、接着分子です。上に述べたリンパ球上の接着分子と相補的な構造をもつことから、リンパ球を接着させる役割をもち、現在、少なくとも数種類の分子が知られています。しかし、現在知られている分子だけでは説明できない事実も多く、私たちが知っているのは「氷山の一角」のようです。

■ケモカインとケモカインレセプター
 話は全然変わりますが、私が出張先などで一杯飲んだ後、帰り道についついラーメン屋さんに入ってしまう時のことを考えてみましょう。ラーメン屋さんの前を通る時、そのお店の看板や外に釣ってある提灯が「道路標識」のように目に入ってきます。それを見ると、あっ、と心が騒ぎ、入ろうかどうしようかと迷ってしまうのです。さらに、そこにお店から漂って出てくるいい臭いがあるともう駄目です。心が弱い私は、ついついお店の暖簾をくぐってしまうのです。
 どうも、リンパ球も似たところがあるようです。自分が気に入ったお店の看板や提灯を見た上に、さらに「おいしい臭い」を嗅ぐと、刺激を受けて、お店(=リンパ節などの免疫組織)に入ってしまうようです。この「臭い=誘引物質」に相当するのが、ケモカインであり、誘引物質を感知するのがケモカインレセプターとよばれるものです。ケモカインには多くの種類がありますが、そのうちのあるものはリンパ節の特定の血管で沢山作られています。この特定の血管というのが、上に述べたリンパ球が通り抜ける血管のことで、高内皮細静脈(high endothelial venule; HEV)とよばれるものです。このHEVという血管ではリンパ球だけを引き寄せるケモカインが沢山作られ、一方、これらのケモカインを感知するケモカインレセプターはリンパ球の細胞膜上に発現しているために、リンパ球だけが活性化を受けてHEVの内腔に接着し、HEVの内皮細胞の間をかき分けてリンパ節に入るのです。しかし、このケモカインやケモカインレセプターについてもその一部しか解明されていず、私たちが知らない未知のものがいくつも存在するようです。
 もう一つケモカインに関してよくわからないことがあります。ケモカインに反応する細胞は、局所で作られたケモカインの濃度勾配を認識して、至適濃度のケモカインがある部位に動いていくといわれますが(つまり、濃度が高すぎても低すぎてもうまく反応できない)、体液が常に流れている体内で本当にケモカインの濃度勾配は出来るのでしょうか?似たようなことですが、液性の分子であるケモカインは少なくとも一定時間局所にとどまっていないとそこを通り過ぎるケモカイン反応細胞を刺激できないはずです。でも、どのような機構によってケモカインは局所にとどめ置かれるのでしょう?
 このようにリンパ球の動きを規定する機構にはいくつものわからないことがあります。そこで、私たちはいくつかの問題に焦点をあてて研究を進めています。 to page top

■研究プロジェクト

1.リンパ球ホーミングの分子機構の解析(リンパ球の動態を制御するためには?)
a. リンパ球ホーミングを媒介する血管HEVに発現する新規分子の探索
 上にも述べたように、リンパ球はHEVという血管からリンパ節やパイエル板に流入しますが、その分子機構にはまだ不明な点が多いのが実情です。もしHEVにだけ特異的に発現している新規分子があれば、HEVの機能、すなわちリンパ球ホーミングに関与している可能性が大です。そこで私たちの研究室では、そのような未知の新しい分子を発見、同定するために、HEVに高い発現を示す新規分子の探索を行っています。これまでにマウスのHEVから内皮細胞を精製してcDNAライブラリーを作成し、HEVに高い発現を示す遺伝子群を調べることにより、HEVの遺伝子発現プロファイルというものを世界で始めて作成しました。その解析から、これまでにいくつもの新しい分子が同定され、その構造と機能について詳細な解析を行っているところです。見つかったいくつかの分子は、上に述べた特定のケモカインを結合する機能をもち、HEV周囲にケモカインをとどめ置く機能をもっている分子ではないかと考えられます。私たちはこれらの「ケモカイン捕捉分子」について解析を進めています。また、私たちはHEVが作る新規ケモカインについても探索を進めています。

b. ホーミングレセプターL-セレクチンの新規リガンドの探索
 リンパ球のホーミングを司るもっとも重要な分子として、リンパ球上にL-セレクチンという接着分子があります。この分子は、上に述べた血管アドレシンと総称される分子群上の特定の糖鎖構造を認識してリンパ球がHEVにのみ結合するための主役を果たすということになっています。この糖鎖構造は硫酸化シアリルルイスXというものですが、私たち自身の解析によると、L-セレクチンはこれ以外の糖鎖、特にコンドロイチン硫酸Bやコンドロイチン硫酸Eなどにも特異的に結合します。そして、やはり白血球の移動に関与する接着分子であるP-セレクチンや、特定のケモカイン(SLC, IP-10, RANTESなどの)もこれらのコンドロイチン硫酸に結合します。このことから、コンドロイチン硫酸BやEには細胞移動を制御する可能性があり、これまで知られていないような未知の重要な生物学的機能をもっているのではないかと考えられます。しかし現在のところ、これらの糖鎖の機能は不明なだけではなく、生体のどこに存在するのか、正確にどのような機能があるのか、殆どわかっていません。最近、私たちの研究室ではこのようなコンドロイチン硫酸BやEに反応するモノクローナル抗体の作成に成功したので、これらの糖鎖の生体内局在や機能について解明を急いでいるところです。

c. 白血球接着分子PSGL-1の機能と解明と新規リガンドの探索
 組織に感染や外傷が起こると、ふつうは白血球の中でも好中球や単球がその組織に浸潤してきて、いわゆる炎症反応が始まります。この時には、白血球上のPSGL-1という接着分子が、炎症組織の血管内皮細胞の上に発現するP-セレクチンという接着分子と結合することによって白血球のローリングという現象をひきおこし、これにより炎症反応が始まるといわれています。最近、このPSGL-1が、好中球や単球の移動だけではなく、ヘルパーT細胞、特にTh1とよばれるタイプのヘルパーT細胞の移動にもきわめて重要な働きをすることがわかってきました。そしてPSGL-1には細胞を接着させるだけではなくて、細胞内にシグナルを伝達して細胞の接着や移動を促進する働きがあるらしいことがわかってきました。そこで、私たちの研究室ではPSGL-1のシグナル伝達機構や、PSGL-1の接着以外の機能などについて研究を進めています。PSGL-1の機能制御が可能になれば、炎症細胞浸潤の制御にきわめて役立つと思われます。

d. 白血球特異的アダプター分子リューパキシンの構造と機能の解析
 私たちの研究室ではリンパ球のみに発現する新規遺伝子の探索を行い、白血球だけに発現するリューパキシンという分子を見つけました。この分子は、パキシリンという細胞接着を制御するアダプター分子とよく似た構造を持つことから、白血球の細胞接着を制御する機能をもっていると考えられます。白血球は上皮細胞や内皮細胞に比べて、正常時では接着性が低く、必要時にのみ接着性を発揮するという特徴をもっています。この、普段は動き回る性質をもちながら必要時に局所に接着するという独特の性質は、白血球が生体防御機能を果たす際にきわめて重要なものと考えられています。私たちはリューパキシン自身がこのような性質に重要な役割を果たす可能性を考えて、リューパキシンの構造と機能について詳しく調べています。 to page top

参考文献

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2.悪性腫瘍の血行性転移に関与する接着分子、ケモカインの探索、同定(悪性腫瘍の血行性転移を防ぐには?)
 話はここで、リンパ球から癌細胞へと大きく変わります。最近の著しい医学の進歩にもかかわらず、癌による死亡率は相変わらず高く、長寿社会における大きな脅威となっています。癌死の一番の原因は転移です。原発巣を除去しても癌は転移を起こすことがあります。特に癌細胞はしばしば血液を介して原発巣から離れた遠隔臓器に転移し、血行性転移あるいは遠隔転移とよばれる状態をひきおこします。このような転移が起こると、外科的に癌を取り除くことは難しくなり、また抗癌剤の効きも悪くなるために、癌の治療はきわめて難しくなります。
 それでは、なぜ癌細胞はなぜ転移するのでしょう?その分子機構を調べてみると、ある種の癌細胞はまるでリンパ球のように、接着分子やケモカインを利用して自分の行き先を見つけ、遠隔転移をするらしいということがわかってきました。そこで私たちは、上で述べたリンパ球の動態制御の研究を応用して、癌細胞の血行性転移を何とか制御できないかと考えています。癌細胞の転移を制御できるようになれば、癌による死亡率は大幅に減少させることができるはずです。

a. 接着分子CD44の機能の解明と新規リガンドの探索
 最近の研究から、癌細胞表面に発現しているCD44という接着分子が癌細胞の浸潤、転移に大きな役割を果たすことがわかってきました。CD44は、組織の土台を作る細胞外基質、なかでもヒアルロン酸という細胞外基質構成成分に結合することが知られています。ヒアルロン酸はまた、体内にもっとも豊富に存在する糖鎖としても知られています。私たちの研究から、癌細胞上のCD44はこのヒアルロン酸と結合しますが、特に酵素消化により低分子量になったヒアルロン酸と結合し、さらに、この結合により癌細胞は活性化されて、運動性や浸潤性が高まることがわかってきました。この低分子量化ヒアルロン酸は癌組織で高濃度に見られることから、癌細胞の転移性を高める「生体内の悪者」である可能性が強いと思われます。
 これとは別に、私たちの研究から、CD44はコンドロイチン硫酸という糖鎖にも結合することが明らかになりました。コンドロイチン硫酸は通常、プロテオグリカンと総称される糖タンパク質の一群の上の糖鎖として存在しますが、これまでのところ、CD44に結合性を示すプロテオグリカンの正確な生体内分布や機能はよくわかっていません。もし癌細胞が浸潤、転移をする組織にこのような糖鎖やプロテオグリカンが多量に存在するのであれば、これらの分子は癌細胞の転移を抑制するための重要な標的となることが考えられ、これらの分子を同定することは癌の治療において大きな意義があると思われます。さらに、私たちは、ヒアルロン酸やコンドロイチン硫酸以外にもCD44の未知のリガンド(生体内結合物質)があると考え、癌細胞の動態制御の観点から探索を進めています。

b. 癌細胞のtransmigrationを媒介する分子機構の解析
 癌細胞が特定の組織の血管に結合して、さらにその血管をくぐり抜けてその組織に侵入することが遠隔転移の始まりです。しかし、癌細胞が血管の内皮細胞に結合した後、どのようにして内皮細胞の間隙を開き、通り抜けるのかはよくわかっていません。この通り抜けのことをtransmigration とよびますが、私たちはtransmigrationの分子機構に興味をもっています。というのは、このプロセスをうまく抑制できれば癌細胞の遠隔転移を抑制できる可能性があるからです。これまでの研究から、私たちは内皮細胞の上には押しボタンのようなものがあり、癌細胞がこの押しボタンを押すことにより、内皮細胞の間隙を開かせ、その間を通り抜けていく可能性を考えています。押しボタンとしては、接着分子およびケモカインレセプターなど種々の分子が考えられますが、私たちはさまざまなアプローチを用いて、この押しボタンを同定しようと試みています。押しボタンが同定できれば、次は癌細胞が押さないようにする試みを考えることができます。 to page top

参考文献

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3.細胞接着の人為的制御による疾患の制御
 上にも述べたように、細胞接着の制御をすることにより、免疫系の機能制御や、癌や炎症などの様々な難治性疾患の制御が可能になることが考えられます。私たちは細胞接着を制御する分子、すなわち接着分子やケモカイン、ケモカインレセプター、ケモカイン捕捉分子などに対する有効な阻害剤を開発することによって、創薬や医薬応用ができないかを模索しています。 to page top

 
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