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  私の研究体験−In vivo veritas とは  宮坂 昌之

 私が研究者としてのキャリアを踏み出したのは比較的遅い。医学部在学中から基礎医学方面、特に免疫の研究をしたいという希望はあったものの、父親、祖父ともに開業医だったこともあり、卒業後まず一般病院で内科研修医として実地体験をすることとなった。そして、その後約5年間という短い期間ではあったが大学病院の血液内科で貴重な臨床経験を積んだ。ところが、その当時は化学療法があまり進んでいなかったこともあり、入院してくる悪性リンパ腫や白血病の患者さんはなかなか治療が難しく、医師、看護婦は必死で頑張るものの、毎週のように患者さんが亡くなっていくという状態であった。私はそこで「患者さんを病棟で待つよりも、病気の原因を探しに行くほうが自分の性格にあうのでは」と考え、当初の希望どおり、基礎医学に転ずることにした。ただ、初心忘れるべからずではないが、基礎の分野に移っても「病気との関わり」を離れることなく、常に生体の中のことに還元できる仕事をしたいと考えて研究を続けてきた。おこがましくも医者の端くれとして、現在の医学では軽減できない痛み、不治の病などに対して何とかできれば、と思って今も研究を行っている。この気持ちは私の短い臨床経験に発するものであるが、今後も必ず生体の中のこと、すなわち in vivo で何がおこっているのか、ということを大事にしていきたいと考えている。

 ここで私が好きなことばである In vivo veritas について説明しよう。これは、私が最初に留学したオーストラリア国立大学ジョン・カーティン医学研究所・免疫学講座の Bede Morris 教授が私に教えてくれた言葉である。彼は「in vivo (生体内)の仕事こそが本質であり、in vitro (試験管内)の仕事は artefact を生み出すだけ」という頑迷とまでいえるほどの個性的な哲学の持ち主であったが、彼の師 Courtice 博士の指導のもとに数々の独創的な実験を行ない、in vivo におけるリンパ球の動態に関してパイオニア的な仕事をした学者である。彼は同時に大のグルメであり、さらに自他ともに認めるワイン通であった。彼はフランスワインの造詣が深く、私はワインに関しては彼に習うところ大であった(仕事に関しては私の直接の指導教官ではなかったために、また私が in vivo の仕事のみならず in vitro の仕事もしていたので幸か不幸かあまりコメントをもらうことがなかった)。彼はその後フランスに出張中に不幸にも交通事故で亡くなったが、今でも彼についてよく覚えているのは、彼のワインを語る時の輝いた目と彼が教えてくれたことば In vivo veritas である。ワインはその昔ローマの頃からあったそうだが、作り方が難しく奥の深いものである。彼らはワインを飲むとともに人生の真理が見えてくると考え、実に含蓄の深い In vino veritas ということばを残した。ラテン語で vino はワインのこと、veritas というのは真理のこと、すなわち「ワインの中に真理がある」という意味である。Morris 教授は彼の哲学ともあわせてこれを In vivo veritas すなわち「生体の中に真理がある」と巧みに言い換えた。私は Morris 教授とは異なり、in vitro の仕事は in vivo のことを知るために欠かすことのできないものであると思うが、ワイン好きの一人として、そして自分の体験ともあわせ、この in vivo veritas ということばに大きな魅力を感じる。まさに生体の中に真理があり、これを解明すべく、そして生体の撹乱状態すなわち病気に対抗すべく研究を続けたい、というのが私の気持ちである。


  " In
Vivo Veritas"−時間のかかる免疫学  宮坂 昌之

 ワイン通の間によく知られている言葉に"In Vino Veritas"というものがある。これはラテン語で、直訳すると、ワイン(Vino)の中に真理(Veritas)がある、すなわち、ワインというものは奥行きの深いもので、ワインを飲むとともに次第にその真理が見えてくる、ということのようである。

 私が留学したオーストラリア国立大学ジョン・カーティン研究所のBede Morris教授は、In vivoの免疫学にこだわり、生体内でのリンパ球の再循環現象を仔細に調べ、リンパ球、樹状細胞は常に生体内を徘徊するダイナミックな存在であり、免疫反応のダイナミズムはこれらの細胞の動態変化を反映するものであるということを主張した人である。このMorris教授は、自他共に認める大変なワイン通で、よくIn Vino Veritasという言葉を用いながらわれわれにワインの蘊蓄を語ってくれた。彼のワイン談義が進むにつれ必ず出てくるのは、Vino(ワイン)も素晴らしいが、Vivo(生体)の精妙さも負けず劣らず素晴らしいということであった。そしてMorris教授は"In Vino Veritas"を"In Vivo Veritas"と言い換え、まさに「生体の中に真実がある」という金言ともいうべきものをひねり出した。

 私はオーストラリア留学以来現在に至るまで、リンパ球ホーミングの分子機構に興味をもち、研究を続けているが、研究を続ければ続けるほど、"In Vivo Veritas"という言葉の重みを感じるとともに、生体の中のイベントの精妙さの仕組みをもっともっと知りたいと思うようになってきている。そして、この言葉の素晴らしさ、大切さを研究室の人たちにも是非知って欲しいと思い、"In Vivo Veritas"を額に入れて、毎年、研究室から卒業していく人たちに送っている。医科学の研究をするにあっては、in vitroの仕事をしていても、分子中心の仕事をしても、常に生体の中で何が起きているのか?という視点を持ちながら仕事を進めることが大事で、生体の中にあることを知ってこそ、その研究の価値が出ると考えているからである。

 私の研究しているリンパ球ホーミングの分子機構は、分子レベルでの研究が進むにつれ、リンパ球特異的接着分子(ホーミングレセプター)、血管内皮細胞特異的接着分子(vascular addressin)や、リンパ球上のインテグリンを活性化するケモカイン群など、舞台を構成する様々な役者たちの存在などが次々に明らかになっている。しかし、in vitroでは、ホーミングレセプターといわれるL-セレクチンとその糖鎖リガンドとされる硫酸化シアリルルイスXだけでリンパ球のローリング現象が起こり、そこに特定のケモカインを作用させるだけでナイーブTリンパ球の接着の誘導をひきおこすことができるものの、これはホーミング現象のほんの一部を反映しているだけである。HEV (high endothelial venule; 高内皮細静脈)においてナイーブB細胞の接着制御をするケモカインはまだ明らかになっていず、また、メモリーリンパ球や他のリンパ球サブセットのリンパ球の局所へのホーミング機構にも不明な点が多い。さらに、リンパ球が局所にホーミングした後にそこを離れるメカニズムも不明である。最近、冬虫夏草由来の新しい免疫抑制剤FTY720が、sphingosine-1-phosphate receptorに対するagonistであるとともに、リンパ節からのリンパ球移動(離脱)を抑制することが報告され、リンパ球の動態制御に新しい制御機構があることが推測されている。アトピー性皮膚炎をはじめとする慢性炎症では、局所に継続的にエフェクターリンパ球が移住し、またこれらのリンパ球が局所から離れないために炎症が遷延すると考えられているが、このような新しい分子機構は病態制御の観点からも興味深い。

 リンパ節以外の二次リンパ組織に目を転ずると、腸管リンパ組織へのリンパ球の選択的移住の問題はかなり分子レベルで明らかになってきたものの、脾臓へのリンパ球集積のメカニズムは不明である。特に、脾臓の白脾髄にはリンパ球が選択的に集積するが、どのようにしてその選択性が保証されているのかは不明である。さらに、白脾髄をさらに細かく見ると、胚中心、濾胞間領域、辺縁帯(marginal zone)が存在し、それぞれの領域には特徴的なリンパ球サブセットや樹状細胞が存在するが、この局在のメカニズムも不明である。また、肝臓や肺などはリンパ組織ではないが、正常状態で、常に多数のリンパ球が臓器内に存在する。しかしこれら臓器へのリンパ球集積の機構も明らかでない。

 より個体発生に近いレベルに目を転ずると、ここでもいくつもわからないことがある。たとえば胸腺や骨髄などの一次リンパ組織への前駆細胞の移住や、二次リンパ組織の原基への前駆細胞の移住のメカニズムである。果たして特定の細胞が目的性をもって移住(ホーミング)しているのか、それともランダムに移住したものが局所で然るべき性質を獲得しているのであろうか?このような現象には、まだまだ新しい接着分子、新しいケモカインの存在が予想されるとともに、これらの機能を時空的に制御するメカニズムの存在が考えられる。最近われわれは、ケモカインを局所で捕捉する機構には多様性があり、特定のケモカイン群は特定の場所に局在する分子群によって、ある場合にはポジティブに提示され、ある場合には不活化されることを示唆する結果を得ているが、このような分子群の存在はリンパ球の動態に関する一連の反応を時空的に制御する機構をなすものの一つかも知れない。

 これらの問題はin vivoのことであり、簡単にはin vitroの実験系として切り出すことは出来ず、その分、手間のかかる仕事になる。しかし、生体の中にあることを知ってこそ価値があるという立場から、今後さらにIn Vivo Veritasにこだわりin vivoの免疫学とそれを媒介する分子機構について研究を進めていきたいと考えている。

(文科省特定領域研究「免疫シグナル伝達」ニュース No.6 掲載、平成14年6月発行)

 
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