大阪大学大学院医学系研究科疼痛医学寄附講座

理念及びご挨拶


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古代ギリシアの医者で「医学の父」として知られるヒポクラテスは(紀元前460年ごろ - 紀元前370年ごろ)、「痛みを取り除く仕事を聖なる仕事」と呼んだ。医術とは、「病気による痛みや苦痛を取り除き、病気の勢いを鎮め、病気に負けた人を救うこと」であると唱えたという。しかしながら皮肉なことに現代医学が進歩し、病気の診断技術が飛躍的に向上するとともにこのヒポクラテスの理念は医学の中で徐々に忘れられるようになった。しかし近年、各病院で緩和医療が徐々に整備されなど「痛み」に対する医療の重要性が徐々に認識されるようになるとともに、成人の5人に1人は腰痛や頭痛などの慢性の痛みを有し生活の質の低下を招く人が大勢いることが知られるようになってきた。医療界においても従来おろそかになりがちであった「医療消費者の目線」の重要性が認識される時代となり、痛みの問題は個人だけの問題にとどまらず、家族や社会全体へも影響を及ぼす大きな問題としてもとらえられるようになってきた。神経系に異常をきたしたことに由来する痛みなど難治性の痛みを克服する手段の開発も重要課題である。このように、「医療者があるいは学者が痛みをどのように考え取り組むか」という医療の原点の問題が、改めて注目される時代となってきたと言える。

「痛」という文字は、例えば新聞紙上でも「心の痛み」「社会の痛み」など広い意味にも用いられ、必ずしも身体の痛みにとどまらず「陰性感情」全般に用いられる。人が身体の痛みを訴えても必ずしも身体の警告信号ではなく、こころの警告信号である場合もある。「痛み」はあくまで主観であり客観化することはできないので、「痛み」全般を医療の中であるいは科学的に扱う場合「何が正しいのか?」が見えなくなることがある。「痛み」に関する系統だった考え方がないばかりに、人々や社会が好ましくない方向へと動くことも懸念される。

痛みを科学の対象として扱う場合、神経科学としての分子レベルの痛みから、慢性痛の経済効果など社会学としての痛みまで非常に広い視点がある。当講座は2007年に上記理念をご理解いただいた日本臓器製薬の寄附に支えられて設立された。「痛み医療」に携わった経験から「痛みを診る」ことの重要性を認識したスタッフが集まり、原点に立ち返って痛みを考え、将来の医学、医療、社会に対して貢献することを目標として活動している。




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