杉本 央 教授

 クロストリディウム属は、グラム陽性嫌気性の有芽胞菌のグループです。土壌や泥のなかに芽胞のかたちで住んでいて、草などとともに食べられて動物の腸管の中に入って出芽し増殖します。次いで糞便とともに排泄されてまた土壌に帰るという循環を繰り返しています。この芽胞は紫外線や消毒薬また乾燥に対して非常に強いので、世界中のどこの土壌中にもいます。このクロストリディウム属の細菌が、傷口から体内に入ったりまた食物に混じって消化管に入ったりすると病気をおこします。これをクロストリディウム感染症といいます。
 代表的なクロストリディウム感染症には、外傷部位から軟部組織に菌が侵入しておこるガス壊疽や破傷風と、食べ物に菌が混入しておこるウエルシュ菌食中毒症とボツリヌス中毒症があります。これらのクロストリディウム感染症には原因菌が毒素と呼ばれる蛋白質を産生することが必須です。とりわけ、破傷風の原因菌が産生する破傷風毒素と、ボツリヌス中毒症の原因であるボツリヌス菌が産生するボツリヌス毒素は極めて致死毒性が強く、破傷風毒素は体重1kg当り5ng (0.000005 mg)、ボツリヌス毒素は0.5 ngで動物を殺すことができます。この二つの毒素はいずれも神経系に働いて運動系の麻痺をひきおこし、呼吸運動ができなくなって動物が死にます。これらの毒素によってマウスの筋肉が麻痺する実験の例を図1に示しました。この二つの神経毒素はいずれも神経の興奮が次ぎの細胞(図の場合は筋肉細胞)に伝えられるのを妨げる働きをもっています。これをシナプス伝達の前シナプス性抑制と言います。図2のスキームは、これらの毒素の作用でこれまでに解っていることのまとめです。破傷風毒およびボツリヌス毒素はシナプスの神経終末側に結合し、神経終末部分に取り込まれます。ついで、毒素の軽鎖と重鎖の解離がおこり。軽鎖部分がシナプス小胞とシナプス前膜との融合に関係するSNARE蛋白質を限定分解します。SNARE蛋白質が分解された神経終末ではシナプス小胞とシナプス前膜が融合できなくなるので、シナプス小胞に蓄えられている神経伝達物質がシナプス間隙に放出されなくなり神経麻痺がおこります。
 それでは、破傷風とボツリヌス中毒症は同じなのかと言うと、全く症状は正反対なのです。破傷風では全身の骨格筋が硬く収縮して麻痺するのに対して、ボツリヌス中毒症では骨格筋が緩んで収縮しなくなるのです。この違いは、ボツリヌス毒素が主に末梢の神経筋伝達を阻害するのに対して、破傷風毒素が中枢の運動神経細胞に対するシナプスを主に阻害するためだと考えられています。
 それでは、これらの毒素は末梢と中枢とをどのようにして識別しているのでしょうか?この答えはまだ明らかにされていません。また、破傷風毒素がどのようにして中枢神経系まで運ばれるのかについても答が出ていません。これらの疑問に答を出すことが私の夢の一つです。

図1.破傷風毒素による神経筋興奮伝達阻害。マウスの横隔膜を横隔神経とともに取りだして、横隔神経に対する電気刺激によって誘発される横隔膜の収縮張力を経時的に記録した。破傷風毒素を作用させると、同じ強さの刺激で誘発される収縮張力がしだいに弱くなっていくのが認められる。下で、神経筋伝達に対する破傷風毒素とボツリヌス毒素の濃度‐作用直線の比較。ボツリヌス毒素の方が神経筋伝達に対しては強い作用を持っていることが解る。

図2.破傷風�ナ素とボツリヌス毒素の作用機構のス�Lーム。神経伝達物質が入っているシナプス小胞のsynaptobrevin (VAMP)とシナプス前膜に存在するSNAP-25およびsyntaxinがNSFやαβγSNAPを介して複合体を形成するすることで、シナプス小胞がシナプス前膜に固定される。固定された小胞はカルシウム濃度依存性にシナプス前膜と融合し、小胞内の伝達物質がシナプス間隙に放出されることで神経伝達がなされる。破傷風毒素とボツリヌス毒素の軽鎖はこれらのSNARE蛋白質を限定分解することでシナプス小胞とシナプス前膜との融合を阻害し、伝達物質が放出され興奮が伝わることを遮断する。


伊勢川 裕二 准教授

 ヒトヘルペスウイルス6(HHV-6)は2歳までに90%以上の幼児が感染し、そのウイルスを持続感染もしくは潜伏感染の形で一生持ち続け、時々再活性化されて、およそ30%の成人のswabからgenome DNAが検出される。また、HHV-6は母子感染により伝搬される
 HHV-6の感染後、核内にgenome DNAを挿入し、genome DNAは環状化の後、lyticな経路あるいは潜伏感染経路にはいると考えられている。しかし、現在のところlyticな経路と潜伏経路との切り替えの機構や潜伏ウイルスからの再活性化の機構に関しては全く知られていない。おそらく宿主細胞に入るシグナルのネットワークを利用し、それらの切り替えを行っているものと予測されている。
 HHV-6の感染する細胞はT細胞、monocyte/macrophage、NK細胞であることから、免疫系に入るシグナル伝達経路をHHV-6が利用することが予測され、HHV-6が免疫系の制御にも関与する可能性がある。さらに、HHV-6感染による一部のサイトカインの変動は既に報告し、他のグループからも報告されているが、サイトカインネットワーク全体の理解には及んでいない。
 HHV-6にはvariant AとBが存在し、variant Bは突発性発疹の原因ウイルスであると報告されたが、variant Aの病原性は報告されておらず、また、variant AのU1102株の全塩基配列はGompelsらによりすでに報告されたが、variant BのHST株の全塩基配列は我々が決定した(図1)。両variant 間での塩基配列を比較したところ、大きく異なる部位が両端のdirect repeatの部位とunique領域の3つの繰り返し領域であった。予測されるopen reading frame (ORF)はdirect repeat内に10、unique領域に88存在した。Direct repeat内のORFはvariant間で大きく異なり、variant特異的なOFRも存在する。Unique領域のORFは全体的にはおよそ95%の相同性を示したが、8つのORFは80-90%、8つのORFは70-80%、4つのORFが70%以下の相同性であった。これらの遺伝子の相違が病原性や感染性の違いに関連しているのかのもしれない。このような遺伝子解析の中、感染細胞のシグナル伝達の関与すると予測される遺伝子を3つ (U12, 51, 83) 見いだした。U12, 51はG-protein coupled receptor (GCR) homologであり、U83はchemokine homologであった。
 U12とU83の機能解析を行った結果、U12はCC-chemokine receptorであること、U83はviral chemokineであり、monocyteに対するchemoattractant能を有していることを明らかにした(図2)。DNA chipを用いて遺伝子の発現パターンも明らかにし、カスケードの調節機構の存在が示唆された(図3)。中和抗体の認識する糖蛋白の認識するアミノ酸をHHV-6AとBのキメラ蛋白から決定した。現在,HHV-6の遺伝子調節機構とサイトカイの発現調節機構の解明に全力を上げて取り組んでいる。

図1.

図2.

図3.


戸邉 亨 准教授

 私たちの研究室では多くの病原性大腸菌のうち特に2種類の大腸菌について研究を行っています。 一つは腸管出血性大腸菌(EHEC)で主に出血性大腸炎や尿毒症症候群などを引き起こします。1996年堺市等日本各地で大きな被害を出したO157:H7はこれの代表的な血清型です。EHEC O157の病原性には志賀毒素産生能が重要な役割を担っていますが、ヒト腸管上皮細胞への付着能も宿主、標的組織認識、腸管内での増殖に必須であることは明らかになっています。EHECは宿主細胞に付着することにより宿主細胞に様々な障害を引き起こします。
 またもう一つの研究対象としている腸管病原性大腸菌(EPEC)はやはりヒトに下痢を引き起こしますが、毒素産生能は無く細胞付着による細胞障害が主な病原性であると考えられています。EHECの細胞付着様式の一部はEPECの様式と共通ですが、細胞付着の初期段階が大きく異なっていることが明らかになっています。
 私たちはこれらの細胞付着に関わる因子の実体と宿主細胞との相互作用を分子生物学的、細胞生物学的手法を用いて解明しようとしています。また、近年決定されたEHEC O157 Sakai株の全ゲノム塩基配列情報に基づき病原性関連遺伝子群の網羅的検索および発現ネットワークの解析を開始しております。

図1 .腸管病原性大腸菌EPECの上皮細胞付着後の微小集落形成(中段)過程における束状線毛(BFP,上段)発現抑制とアクチン凝集(下段)誘導の時間的変化

図2.上皮細胞に付着したEPECにおける遺伝子転写の経時的変化をDNA microarrayを用いた解析