「治せない」
という現実をバネに。
幼少の頃は体が弱く、中学までに何度か入院を経験しています。その後は元気になって問題なかったのですが、結局のところ原因は不明。心不全や感染症が疑われましたが、病名は分かりませんでした。この経験から、「死」について考えるようになったのは確かです。太宰治や三島由紀夫の小説に手を伸ばしたりもしました。
具体的に興味を持ったのは終末期医療です。当時日本における終末期医療の先駆けだった柏木哲夫先生に私淑し、先生の母校である阪大医学部に進学。ボランティアでホスピスの見学や講演会の企画、体の不自由な方の施設への訪問などに取り組む一方、学業が進むうちに、当然ながら終末期医療だけでなく「治す」医療を知って、視野が広がります。臨床医を志して、卒業時は脳神経外科の道を選びました。死を認識するのも痛みを感じるのも、結局は脳の反応です。この選択もかねてからの関心の延長線上にあったといえます。
4年ほどいくつかの病院で脳外科医として経験を積みましたが、5年目に大学院に戻り研究者としてのキャリアをスタート。この進路変更には臨床の経験が大きく関わっています。
脳外科では、患者さんを治すこと自体が難しいという現実に直面しました。脳や脊髄に外傷を負った方、脳出血や脳腫瘍を患った方をたくさん見てきましたが、半身不随になると元には戻せません。脳外科医としてやれるのは、例えば動脈瘤が再び破裂しないようにクリップをかけるような予防的な治療ぐらい。さらに当時、母が交通事故に遭い、脳挫傷で重い高次脳機能障害を患って常時介護を必要とする事態となりました。息子の私が専門とする領域なのに、まったく手に負えない。これらのもどかしさが、治療法の開発につながるような研究の道を志すきっかけとなったのです。
壊れた神経は再生しない。
そんな常識を覆したい。
臨床系よりも研究の環境が整っていた基礎系の講座に入りました。それまで臨床一本鎗だったので、いわば「本籍」を変えたわけです。助手になった3年目からは、自発的なテーマ設定が可能となり、長らく胸の内にあった「神経の再生は可能か」という問いと本格的に向き合い始めました。
脊髄損傷や脳血管障害など、神経系の疾患は100以上の種類がありますが、病態はたったひとつ、「神経の回路が壊れる」ということです。いったん壊れると元に戻らないのが最大の難点。有効な治療法はいまだにありません。
別の神経細胞に刺激を伝達する神経の突起を軸索といいます。100年前に、一度切れると二度と伸びないと報告され、長年信じられてきました。しかし2000年、神経の周囲で発現しているNogoというタンパク質が軸索の再生をブロックしている仕組みを、世界の三つのグループがほぼ同時期に発見し、謎の解明に向けて大きく状況が進展します。
同じ頃、1998年から2年間ドイツに留学していた私は、p75というタンパク質に着目していました。軸索を伸ばし、神経細胞の生存にプラスに働く神経成長因子という分子の受容体でありながら、神経の再生を阻害するNogoの受容体としても機能することを突き止めたのは、帰国後の2002年のこと。軸索の伸長と抑制、その相反する効果を併せ持つのは、常識的には理解しがたいですが、実験結果は明らかにその事実を示しています。論文発表の当初はなかなか理解されず落胆しましたが、次第に各方面から問い合わせや激励の声が増え、勇気付けられました。その成果により、2005年には神経再生分野のアメリテック賞を日本人として初めて受賞しています。

夢にまで見た治療薬の
実用化が見えてきた。
神経の再生を阻むメカニズムが2、3年のうちに一挙に明らかになったわけですが、そう簡単にことは進みません。再生を阻害するシグナルを抑制すれば回復が見込めると考えた私は、Nogoやp75をノックアウトしたマウスで実験を行いましたが、脊髄損傷の回復は見られませんでした。気を取り直して、「もっと強い因子があって、弱い因子をブロックした程度では効かないのではないか」と仮説を立て、新たに着目したのがRGMという因子です。当時ほとんど誰も気に留めていなかった物質ですが、脊髄損傷させたマウスにRGMをブロックする中和抗体を投与したところ、運動機能が改善。軸索を調べるとぐっと伸びていたのです。
この路線なら治療薬の開発につながると直感して研究を加速し、サルの実験でも同様の効果が確認できました。当初は背骨の中に投与する方法をとっていましたが、やがて静脈注射で高い効果が得られることが判明。人への治療法として普及しやすいというメリットも明らかとなりました。
2005年から、現・田辺三菱製薬と共同で治療薬の開発に取り組んでいます。2011年に薬剤が完成し、マウスやサルの実験を積み重ねた末の2019年、人に対する第Ⅰ相の臨床試験を開始。2021年からは第Ⅱ相の臨床試験に移行しました。これを乗り越えると、数年以内の実用化が見えてきます。つまり、脊髄損傷しても治せるようになるということ。しかもこの治療薬のコンセプトは「神経回路の修復」であり、あらゆる神経疾患でメカニズムは共通しますから、脊髄損傷以外にも使える可能性があり、実際にほかの疾患に対する臨床試験は始まっています。まさに新しい時代の到来を告げる薬といっていいでしょう。
原点を忘れずに、
未来を見据える。
私のもう一つの大きな目標は、次代を担う人材の育成です。現在、私の教室には40人ほどが在籍していますが、過去に在籍していた9人がPI(=主任)として独立した研究室を運営しています。そういう人をもっと増やしていけるといいですね。独創的な研究を進めてもらうために、できるだけ私は口を出さないようにしています。好きなことをやってもらう環境を整えるのが私の仕事です。
自分自身の道のりを振り返っても、ほかの人たちの考えにはそれほど影響されませんでした。重要だと思えることにまっすぐ進む。周りを意識し過ぎるとトレンドを追いかけてしまい、おそらくRGMに注目することもなかったでしょう。
長いスパンでは険しい道だったとしても、一日単位では楽しい時間は結構あるものです。ネガティブなデータが出たらそれはそれで残念ではありますが、純粋に実験の過程を楽しんできたことが、長続きした秘訣だと思います。
神経系は解決されていない問題がたくさん残されていますので、それを一つひとつ解決していきたい。それは患者さんへの貢献であり、社会貢献です。原点は、学生の頃のボランティア経験かもしれませんね。やっている内容は多少違うとしても、どこかで今につながっています。