生体内の全ての細胞の間には、多彩なシグナルのネットワークがはりめぐらされており、個体としてのホメオスターシスが保たれています。細胞内外に存在するこれらのシグナルを的確に処理する仕組みが細胞には存在しています。この仕組みをシグナル伝達機構と呼び、その異常に基づく細胞の分化形質の発現異常が種々の疾患の病態に関わると考えられています。私達はシグナル伝達機構による細胞機能制御とその破綻による疾患との関わりを理解することを目指して研究を進めています。
100年前、あるいは私が医学部の学生であった30年前でさえも、物理はOrder & Simpleであり、生物はChaos & Complexであるといわれていました。確かに、生物を論理的にかつ体系的に語ることが困難であったように思います。しかし、その後ゲノムを基軸として生物が理解されるようになり、おそらく、現代の私達はヒトを含めた生物、生命をOrder & Complex、すなわち「秩序ある複雑性を有した存在」と考えるようになってきました。秩序が乱される結果、病気になると考えてよいかもしれません。この秩序ある複雑性を担保するのはシステムであり、シグナル伝達機構はまさに生体のシステムです。次世代シークエンサーの登場により、わずかな時間で100億塩基の解読が可能になり、個人全ゲノム情報が低価格で解読できる日が現実のものとなる近い将来において、表現型の解析が最も進んでいる生物はヒトかもしれません。その意味において、ゲノム情報と(ヒト疾患)表現型情報を結びつけるシステムとして、シグナル伝達機構を捉えていきたいと考えています。
現在、私達の研究室ではWntシグナルによる細胞機能制御とその異常による病態の解析を主たる研究テーマとして行っています。今後は、TGF-βやNotch、Hedgehog等、他のシグナル経路との関連を十分に意識しながら、シグナル伝達機構を統合的に捉える研究を進展させていきたいと思っています。このような私達の研究に興味を持っていただき、多くの方々が一緒に実験をしていただくことを希望しています。