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研究成果概要

計画研究03

分岐を伴った上皮管腔組織構造の形成・維持の分子機構
研究代表者: 菊池 章
研究分担者: 麓 勝己
連携研究者: 松本 真司
研究成果概要

細胞の極性化と脱極性化が組み合わさることにより、細胞の形態は変化し組織や器官が形づくられます。上皮管腔組織は、伸長しながら頂底極性を確立することで中空構造を形成し、さらに表面積を広くするために分岐します。これまでに個々の細胞における頂底軸や細胞運動時の前後軸等の極性決定の分子機構は明らかになってきましたが、細胞が集団となって、時空間的な制御のもと、極性化しながら組織を形成する機構の理解は不十分です。本計画研究では、三次元培養法(種々の培養上皮細胞)と器官培養法(肺、唾液腺、腎臓、乳腺等の器官原基)を用いて、「液性因子」と「接着」により、上皮細胞が管腔構造を形成する分子機構を明らかにする研究を行っています。

私たちはまず、新たなin vitro の三次元管腔形態形成モデルを確立しました。ラット正常腸管上皮細胞(IEC6)はマトリゲル内で三次元培養すると、頂底極性を形成して内腔を有するシストを形成します。IEC6において、頂底極性は細胞基質間接着と液性因子Wnt5aシグナルが協調的に低分子量Gタンパク質RacとRhoの活性を質的・空間的に調節することで制御されていることを見出しました。興味深いことにMDCK細胞を用いた解析によって、Wnt5aとWnt3aは側底部から、Wnt11は頂上部から分泌されることを見出しており、リガンドの極性分泌が細胞の頂底極性化に関与する可能性が示唆されます。さらに、IEC6細胞をEGFとWnt3aという二つの液性因子の存在下で培養すると、伸長と分岐を繰り返してチューブ状の管腔構造を形成しました。このEGFとWnt3aとの協調的作用は、低分子量Gタンパク質Arl4cの発現を誘導し、RacとRhoの活性制御を介して細胞骨格と形態を変化させ、細胞の運動能を亢進すると同時に細胞骨格の変化は転写活性化因子YAP/TAZによって細胞増殖シグナルへと変換されました。その結果、IEC6細胞はシストではなく管腔構造を形成すると考えられました。Arl4cは胎生期マウス腎臓の尿管芽先端部で強く発現しており、尿管上皮の分岐管腔形成にも関与していました。これらの結果から、管腔形成における液性因子シグナルと細胞基質間接着シグナルの協調による新たな「伸長」、「分岐」および「極性化」の制御機構を明らかにしました。

さらに、WntとEGFシグナルの異常活性化が報告されているヒトがんとArl4cの発現との関係を解明しました。大腸がんでは約5割、肺がんでは約7割の症例で、Arl4cは腫瘍細胞特異的に高発現していました。Arl4cのsiRNAはヌードマウスのゼノグラフト腫瘍形成を阻害することから、Arl4cが癌における新規創薬標的となる可能性があることを明らかにしました。

また、極性化MDCK細胞においてWntシグナル抑制因子であるDickkopf1(Dkk1)が頂上方向に分泌され、細胞増殖を促進することを新たに見出し、その知見をもとにDkk1の新規受容体としてII型膜タンパク質Cytoskeleton-associated protein 4 (CKAP4)を同定しました。Dkk1とCKAP4は膵癌と肺腺癌、肺扁平上皮癌において高発現すること、両タンパク質の共発現症例が予後不良であることを明らかにしました。さらに、抗CKAP4抗体は膵癌細胞や肺癌細胞株のゼノクラフト腫瘍形成を阻害したことから、Dkk1-CKAP4シグナルもまた癌細胞の創薬標的となる可能性が示唆されました。

培養細胞を用いた実験系に加えて、私達は胎生期の肺、腎臓、唾液線等各種管腔臓器の器官培養系を用いて解析を進めています。まず、胎生期マウスから摘出した肺および唾液腺原基の器官培養法を確立しました。肺原基を用いた解析では、肺上皮原基を用いた器官培養法では、「液性因子」であるFGF10に加えて、Wnt/β-カテニン経路を活性化するGSK3阻害剤(CHIR99021) を添加すると、肺上皮原基が持続的にBud構造を形成し、分岐をともなったチューブ状の管腔構造が誘導されることを明らかにしました。さらに、私達はWntシグナルが肺上皮細胞の頂底極性形成及び細胞分裂軸を制御し、分裂期細胞による異常な組織貫入を抑制し、肺の分岐形状を適正化する機構を見出しています。

外分泌腺である唾液腺原基を用いた器官培養では、上皮細胞による分岐形態形成と“腺房上皮”への機能的な分化の関係に注目して解析を行っています。唾液腺上皮原基は、終末部が活発に枝分かれするとともに“腺房上皮”へと機能的に分化することによって唾液の分泌機能を獲得します。このような“形作り”と“分化”の過程は、時間的または空間的に協調して進行していきますが、その調節のメカニズムはよくわかっていません。私達はWntとKITシグナルの活性化バランスが発生過程における管腔形態形成から腺房分化へのスイッチングを調節する新規の機構を見出しました。

このように、私共の計画研究班は上皮細胞の極性制御と管腔形成の新たな制御機構を解明するとともに、その破綻が癌を初めとする疾患に関与することを見出し、領域のキーワード【管】から【患】へとつながる仕組みを明らかにするための研究を展開しています。