筋肉から放出される物質が老化を防ぐ。全国の医学部で、「健康」を対象とした医学研究を行っているところは珍しく、講座が設置されているのは阪大ぐらいです。本来、健康と病気は明確に区別できるものではなく、グラデーションがあります。100%健康という 人はいません。発病には至っていないけれど軽い症状や検査値の異常がある「未病」や、健診で見つけにくい「隠れ高血圧」「隠れ糖尿病」といった言葉は、一般的にも知られるようになりました。野球やサッカーといった競技スポーツにとどまらず、「体を動かして健康になること」はすべてスポーツ。2015年 に国連のユネスコがそう定義しました。例えば、避難所や難民キャンプでは、雨風をしのげて食料もあるのに体調を崩してしまう人が多く発生します。その原因として、運動不足が大きく影響していることが分かってきました。「エクササイズ・イズ・メディスン」といわれるぐらい、運動の効果は多大なのです。チームで行うスポーツは、コミュニケーションによってメンタルにも好影響を及ぼします。同様の観点では、地域のお祭りで神輿を担いだり盆踊りをしたりするのも、スポーツの一種といっていいでしょう。私の研究室では、運動によって脳の認知機能が向上す(なかた・けん) 2013年より大阪大学大学院医学系研究科 スポーツ医学 教授。半月板修復や靭帯再建の第一人者として、プロスポーツ選手のリハビリテーションに携わるほか、スポーツウェアのメーカーと提携し、加速度計を搭載した「スマートシューズ」の開発を行うなど、企業との共同研究にも力を入れている。運動と認知機能の関係性についての研究も進行中。運動不足の解消が鍵。将来的には、ランニングの際にリアルタイムで必要な負荷が分かるようになる。るという研究結果が出ています。特に短期記憶の成績が良好です。体を動かすと頭がすっきりするのは、そういうことかもしれません。近々、認知症への効果を探る共同研究も予定していて、骨格筋や心臓などが脳機能にどう影響しているか検証します。近年注目されているのは、筋肉から放出される物質であり、心身の健康増進に関与しているとされるマイオカイン。年をとると筋肉が落ちるのではなく、筋肉が落ちると年をとるという見立てです。いずれは個々人がエビデンスに基づいて運動メニューのアドバイスを受けられるといい。そんな未来を見据えて研究を続けています。09運動で、かぜも認知症も吹き飛ばす。中田 研大阪大学大学院医学系研究科健康スポーツ科学講座 スポーツ医学 教授
元のページ ../index.html#11