がん治療薬は不要──そんな未来も夢ではない。レベルの炎症が起こっているおそれがあります。このような段階でなんらかの対策を講じようとするのが、がん医療の最新トレンドです。日本人の大腸がん罹患数はこの40年で7倍以上に増え、2014年には胃がんを抜いて第1位になりました。食生活の欧米化が影響しているとされ、現にWHO(世界保健機関)は大腸がんのリスクファクターとして肉食を挙げています。それに加えて、腸内細菌の影響も見逃せません。ポリープやがんができる人は、本来あまり変化のない腸内環境に異常が起きて、不安定な状態にあることが分かってきました。大腸がんは、胃がんにおけるピロリ菌のように単一の細菌が要因となっているのではなく、さまざまな細菌が関与していると考えられます。ともあれ、腸内環境に大きな影響を与えるのは日々の食事であり、子どもの頃からの食育が重要なのはいうまでもありません。意外かもしれませんが、がん対策として口腔ケアにも関心が集まっています。大腸がんの患者さんでは、歯周病菌と腸内の菌が共通していることが判明したのです。仮に口腔内の細菌を飲み込んだとしても、胃酸で分解されて大腸まで届くとは考えにくいので、おそらく血流を介して運ばれていると推測されます。どのような手術でも事前のオーラルケアが重視されるのは、口腔内の菌は血中に入りやすく、手術後に免疫力が落ちているとき、平常時は問題ない菌でも敗血症を起こしてしまうリスクがあるからです。大阪大学大学院医学系研究科ゲノム生物学講座 がんゲノム情報学 教授たいていのがんは予防できますし、早期発見で治療できます。究極的には、がん治療薬が不要となる時代が来てほしい。どんな治療薬も、全員が治るわけではなく、副作用もゼロにはなりません。薬に期待したところで、がんの自然史からすれば最後の段階でじたばたしているようなもの。あまり効果的でないのは確かです。もっと前の段階で医療として注力すべきことがある。それは声を大にして言いたいですね。がん医療の進展を目指して私も努力を続けています。最近は、大腸が体の右側と左側で異なる機能を持つことを論文で発表しました。遺伝子の発現も異なり、もはや別の臓器といっても過言ではないほどです。左側は一般的によく知られている水分の吸収を担い、右側は有害物質を排除する役割を果たしています。さらに、大腸がんの多くが左側で発生することも興味深いところ。これらの知見を、大腸がんの予防や治療の新たな戦略につなげたいと考えています。難治がんの克服にも力を注ぎたいですね。毎年人間ドックを受けたところで、翌年に膵がんや胆道がんが見つかる人はいます。難治がんは本人にはなんの落ち度もなく、本当に気の毒としかいいようがありません。そんな人たちをどうにか救いたいと思っています。それ以外の方々は、定期的に検診を受けてもらって、早期発見、早期治療で事なきを得る。そういう未来が実現できるよう、今後も尽力していきます。(やちだ・しんいち) 2017年より大阪大学大学院医学系研究科 がんゲノム情報学 教授。消化器外科医として臨床経験を積み、米国ジョンズホプキンス大学留学を機にがんゲノム研究に着手。がんの成長を「進化論」になぞらえて解明した論文は、雑誌『ネイチャー』に掲載された。国際連携による希少がんのゲノム解析のほか、腸内細菌の研究にも力を注いでいる。11谷内田 真一
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