貴島晴彦 大阪大学大学院医学系研究科脳神経外科学教授第一回(新潮文庫刊)帚木蓬生の小説『逃亡』の主人公は、香港に赴任していた憲兵隊の男です。第二次大戦が終わったとたんに体制がガラッと変わって身の危険を感じ、命からがら帰国を果たしますが、日本でも戦犯として当局から追われることに。いわゆる「逃亡もの」は好きですが、犯罪者が顔を整形して場末のスナックに潜んで暮らすみたいなストーリーだと、いかんせん重みはありません。でもこの『逃亡』は違います。主人公は、戦争の加害者なのか被害者なのか。戦争を見る目が変わりますし、個人が時代に翻弄される様はとても考えさせられます。同じ作家の『蝿の帝国』も戦争に関する作品です。日本の医師たちが戦中と戦後、さまざまな現場に赴き、過酷な状況下で医療活動にあたる姿を描きます。原爆投下直後の広島の話はタイトルの通り、遺体にウジ虫が沸いてハエがたかっている様子がとても生々しい。帚木は精神科医でもあり、本作では医師ならではの視点が窺えるのも面白いです。よく読書するようになったのは医学部生の頃から。フランス留学時は日本語の活字に飢えていたので、留学仲間たちと回し読みしたものです。今みたいにネットで簡単に読めませんからね。最初はあまりピンと来なくても、少し辛抱して読み進めれば面白くなるのが小説の醍醐味です。といいつつ、読みかけで終わっている本も結構ありますがあまり気にしません。数冊を同時並行で読むことも。それぐらい自由なスタイルでいいと思いますよ。阪大の外科医だった父は、大阪の国立大学医学部を舞台とした『白い巨塔』のサイン本を持っていました。取材に協力したのかも。山崎豊子は初期の『暖簾』『花のれん』も分かりやすくて好きです。(新潮文庫刊)2828Extra PickKishima’s Pick最初はピンと来なくても、辛抱して読み進めれば面白くなる。山崎豊子『暖簾』帚木蓬生『逃亡』
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