DOEFF vol14
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がんを排除した「記憶」ができれば、一生再発しない。くなります。そのバランスを人為的にコントロールし、あらゆる治療に役立てようとする動きが、この10年ほどで活発になりました。がんの場合、Tregを除去して免疫を活性化し、自らの免疫力でがんを排除するアプローチが数多く試みられてきました。マウスを用いた実験では、体内のTregを除去すると、腫瘍がだんだん小さくなって、ついには完全に消滅します。しかし同時に、自己を激しく攻撃して、命に関わる自己免疫疾患を引き起こします。そのため、これらの方法はこれまで実用化には至りませんでした。実は、がん細胞の中にはTregがたくさん集まっています。というのも、がん細胞がTregを巧みに「利用」して、免疫が攻撃してこない環境をつくっているからです。であれば、全身にあるTregのうち、がんを守っているTregだけを取り除けばいいのではないか。これが私の研究のコンセプトです。がんを守るTregを判別できる「目印」のようなものを探り当てるために、膨大なデータを収集して分析したところ、どうもCCR8という物質が目印の役割を果たしていそうだと推定できるところまでいきました。胃がんであろうが大腸がんであろうが卵巣がんだろうが、どんながんであっても腫瘍の中のTreg の3割ぐらいにCCR8が発現していますが、正常な細胞や通常のTregには見当たりません。CCR8を発現する細胞を除去する抗体をマウスに投与して、腫瘍のサイズを観察すると、みるみるうちに縮小して効果はてきめんでした。特筆すべきは、自己免疫疾患が起きなかったこと。さらに、この抗体でがんを一度完全に排除すると、がんに対する長期の免疫記憶が成立し、同じがんを二度と受けつけない体に変化したことです。通常のがん治療は再発のリスクがありますから、これは大きなメリットといえるでしょう。これらのことから、CCR8を標的とした免疫療法はがんの排除のみならず、長期間にわたる再発・転移の抑制をも期待できます。すでにCCR8を標的としたがん治療の特許を取得し、ヒトで有効な抗CCR8抗体も作製し、製薬会社による臨床試験が2021年から始まっています。CCR8を発現するTregはほとんどのがんで確認できることから、現在、多くのがん種で試験が進行中です。投与は点滴で済みますから、負担が少ないのも注目に値するでしょう。将来的には、がんになっても注射1本で「お大事に」となる時代がやってくると思います。私の目標は、がんを結核のように治る病にすること。100年前、結核は死に至る病でしたが、今はそうではありません。遅かれ早かれ、がんもそうなる時がきっと来ます。免疫療法を難治がんや小児がんの治療に役立てたいという思いもあります。特に、成長期にある子どもたちにとって、抗がん剤や放射線の治療は体へのダメージが大きく、精神面・知能面への負の影響も計り知れません。本人の免疫力を活かした治療なら、そんな小児がんの困難さをも乗り越えられるはずです。免疫療法の可能性は限りなく広がっています。(おおくら・ながなり) 2014年より大阪大学大学院医学系研究科 基礎腫瘍免疫学共同研究講座 特任教授。名古屋大学農学部で博士号を取得後、国立がんセンターでがん研究に従事する。2008年、大阪大学に移籍後は免疫を研究。1細胞ごとに遺伝子を調べるシングルセル解析の手法を用い、自己免疫疾患のメカニズムの解明に注力している。製薬会社と共同でがん治療薬の開発が進行中。07大倉 永也大阪大学大学院医学系研究科基礎腫瘍免疫学共同研究講座 特任教授

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