DOEFF vol15
10/31

卵巣機能を維持して、女性の健康寿命をもっと伸ばす。林 克 彦(はやし・かつひこ) 2021 年より大阪大学大学院医学系研究科 生殖遺伝学 教授。農学部在学中、牛の受精卵の研究に携わったことから発生学に興味を持つ。これまでにマウスの多能性幹細胞から卵子や卵巣組織の作製に成功。2023 年には、オスのマウスから卵子を作製し、子を誕生させて話題になり、『ネイチャー』誌の「今年の 10 人」に選出された。多くの女性が更年期の悩みから解放され、いつまでも元気に。QOL(生活の質)の底上げが期待できる。大阪大学大学院医学系研究科ゲノム生物学講座 生殖遺伝学 教授2023 年、オスのマウスの iPS 細胞から卵子を作製し、受精させて、オス同士から子どもを誕生させるという研究結果を発表しました。これには大きな反響があり、少々センセーショナルに受け止められた面もありましたが、私たち科学者の役割は、生命の未知なる可能性を提示することにあると考えています。精子や卵子といった生殖細胞は、次の世代の個体をつくり、その中の生殖細胞がさらに次の世代の個体をつくります。世代を超えて命をつないでいくような永続性が特徴です。私の研究の目的は、その根底にあるメカニズムを解明すること。ES 細胞や iPS 細胞を使い、体内で起こっているプロセスを培養容器で再現した「体外培養系」なら、観察が容易ですし、さまざまな操作を遠慮なく加えられるので大変便利です。最近は、閉経前後に現れる更年期障害を克服するヒントをつかみました。卵子の元=卵母細胞は通常、休眠状態にあり、周期的に目覚めて排卵に至りますが、その仕組みはよく分かっていません。体外培養系ではその多くが目覚め、すぐに閉経状態になってしまいました。逆に言うと、卵をなるべく長く休眠させれば、卵巣機能が長持ちし、閉経を遅らせて更年期障害を回避できると考えられます。体外培養系で試行錯誤したところ、卵にギューと一定の圧力を与え、特定のタンパク質が核内に入ることで卵が眠り続けることが判明しました。この反応を引き起こす化学的なシグナルを突き止めるのが次のステップとなります。この研究は、閉経に伴う骨粗しょう症や心疾患の治療にとどまらず、不妊の改善や高齢妊娠・出産への応用も期待できます。当面の目標は、体外培養系のレベルをより生体内に近づけること。将来的に女性のQOL(生活の質)の向上と健康寿命の延伸に貢献できるよう、私の挑戦はこれからも続きます。08第4回:再生医療卵の「眠り」を 操って、更年期障害のない未来へ。

元のページ  ../index.html#10

このブックを見る