自分の「分身」をわざと病気にさせて未来を予測。武 部 貴 則(たけべ・たかのり) 2023 年より大阪大学大学院医学系研究科 器官システム創生学 教授。横浜市立大学医学部卒業。2013 年、26 歳の若さで iPS 細胞からミニ肝臓(肝臓のオルガノイド)を作製して国際的に注目される。2019 年には、肝臓と十二指腸をつなぐ胆管を含む臓器系のオルガイノドの作製に成功。そのほか、脂肪肝の遺伝要因の解明など、個別化医療につながる成果をあげている。大阪大学大学院医学系研究科ゲノム生物学講座 器官システム創生学 教授因果関係の検証は難しくなります。10 年ほど前は、論文を発表すると高名な先生から「君たちの研究は “ 汚い ”ね」と苦言を呈される有様でしたが、今ではそういうアプローチが当たり前になりました。それは技術的進歩があったから。2017 年頃から普及し始めたシングルセル解析という技術では、1 つの細胞の遺伝子を網羅的に知ることができます。全体の中での因果関係に対する解像度が格段に向上しました。そもそも細胞を移植しても、それ単独では数日ももちません。血管という脇役が登場して、酸素や栄養が供給されて初めて患者を救えるぐらいの効果を発揮します。脇役たちが本来持っている機能を果たせるように留意すること。それが再生医療の要諦だと考えます。私たちが初めて iPS 細胞から「オルガノイド」を呼ばれるミニ臓器を作ったのは 2013年。肝臓のオルガノイドでした。別のプロジェクトで余っていた 3 種類の細胞をなんとなく混ぜてみたら、モコモコと不思議な構造をつくり出したのが発端。周りからは「カビではないか」と指摘されましたが、無菌状態はしっかり保っていて、そんな雑なことはやっていない自信がありました。そこで実験を続けてみると、細胞自ら構造物をつくり上げていることが見えてきたのです。細胞の「自律性」をうまく引き出せばいい。この知見がその後のオルガノイド研究の発展につながってきます。2019年には、肝臓、胆管、十二指腸、すい臓の 4 つが並ぶ多臓器系のオルガノイドの作製に成功しました。各臓器がつくられてからつながるのではなく、臓器になる前の状態から、細胞の「自律性」によって複数の臓器に変化していくモデルです。オルガノイドがそのまま移植可能な臓器になるというわけではありません。むしろ、バイオロジー(生物学)を理解するためのツールだと考えたほうがいいでしょう。形と機能を再現した「レプリカ」ですから、人間の体と違って遠慮なく切ったり薬を入れたりして調べられるのが利点です。昨今、製薬会社によるオルガノイド研究所の設立が加速しており、新薬開発の現場を大きく変えると期待されています。阪大のヒューマン・メタバース疾患研究拠点にも所属している私は、脂肪肝のオルガノイドを活用して、発症や悪化のプロセスを追跡するプロジェクトを立ち上げました。オルガイノドにわざと悪い影響を与えて病気にさせて研究するわけです。特定の患者さんの「コピー」をつくっているのがポイントで、予防を含む個別化医療への道も拓けています。世界的にも、オルガノイド医療(Organoid Medicine)を掲げる研究機関が増えていて、ここから新しい医療が発展していくのは間違いありません。自分のオルガノイドを、植物や野菜と同じように自家培養したり、専門機関に預けたりして、日々の健康チェックや治療に活用する。そんな未来を私たちは夢見ています。DOEFF Vol. 1511
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