DOEFF vol15
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タッチの差で世界初の発見も水の泡に?時間 がか かるか ら粘り 強く 。細胞工学センターの在籍時に、ある遺伝性の角膜疾患の原因遺伝子を特定しました。世界初の発見であり、喜び勇んで論文を書き進めましたが、最高峰のジャーナルに投稿する直前、海外の研究グループが先に報告し、大変なショックを受けます。研究の世界は「早い者勝ち」「オール・オア・ナッシング」。特に遺伝子研究はその色合いが強く、後続は二番□じと見なされます。さらにショックだったのは、私たちが先に公開していた遺伝子配列のデータが、彼らの論文の根幹をなすものとして利用されたこと。もちろん正式に引用はされていたものの、「先に出さなければよかった」と後悔しても遅かったわけです(苦笑)。数日寝込みましたが、すぐに気を取り直して、自分たちの論文も発表。質の高さが認められ一矢報いたのがせめてもの救いでした。実験が成功したのは 2004 年です。このシートの利点は、本人の細胞由来だから拒絶反応が起こらないことと、ドナー(臓器提供者)が必要ないこと。新しい治療の切り札として期待が高まりましたが、実用化に向けてはそこから先が大変でした。当局の承認を受けて企業が製品化し、保険適用されたのは 2021 年ですので、研究開始から 20 年を要したことになります。しかも、口腔粘膜シートは万能ではありません。患者さんによっては効き目が弱かったり、濁ってしまったりします。そのため 2007 年頃から、角膜上皮細胞そのものを iPS 細胞から作製することに乗り出していましたが、この道のりも平坦ではありませんでした。角膜上皮に分化誘導する技術は当時まったくなく、ゼロから始める必要があったからです。2016 年にシートが完成するまで 10 年程度かかっています。皮に幹細胞が存在していることを示す論文が発表され、角膜移植の技術の進展につながると期待されたことから当時の眼科界はこの話題で持ちきりでした。ソーク研究所は、眼とは直接関係ありませんが、幹細胞研究のイロハを授けてくれ、私の関心が眼の再生医療に向かうきっかけとなったのは間違いありません。帰国後の 2000 年から、角膜の再生医療の研究を本格的にスタートさせます。最初に目を付けたのは口腔粘膜。患者自身の口の中から粘膜を採取し、そこに含まれている幹細胞を培養してシート状にし、移植する方法に取り組みました。東京女子医大との共同研究でシートが完成し、ヒトへの臨床16研究の世界は早い者勝ちの熾烈な競争。Column

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