DOEFF vol15
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クリニックで点滴を受けるだけで幹細胞が再生する。玉 井 克 人(たまい・かつと) 2023 年より大阪大学大学院医学系研究科 招へい教授。弘前大学医学部卒業。同大附属病院等で皮膚科の臨床に携わるほか、難病の表皮水疱症に対する再生医療の研究に取り組む。2003 年、阪大へ移籍。体内の幹細胞を活性化することで障害部位の再生を促す「再生誘導医薬」を発案。創薬のベンチャー企業を立ち上げ、実用化を目指している。大阪大学大学院医学系研究科招へい教授ここでひとつの仮説が立てられます。私たちの体には、ある箇所で幹細胞が大量に失われると、再びそれを取り戻す仕組みが備わっているのではないか。従来の再生医療は、iPS 細胞や組織から幹細胞を作製し、移植する手法をとっていました。表皮水疱症の患者さんは、体の中でそんな再生医療を再現しているように見えるのです。さらに、壊死していく細胞から「幹細胞が足りない、助けてくれ」と SOS が発信されているのではないかと考えました。SOS を受けて幹細胞を補填するには血流を使うのが理にかなっています。そこで、長く主治医を務めていた患者の少年から採血し、シャーレで培養したところ、血液のコロニー(細胞の集合体)が観察できたのです。私の血液で試したところそうはなりませんでした。この結果は、患者の体内で増殖能力のある幹細胞が血流に乗って循環していることを示しています。その後の研究で、SOS の正体が、死んだ表皮から放出されるHMGB1 という特殊なタンパク質であることが判明。ここから「再生誘導医薬」のコンセプトが生まれました。血中の HMGB1 の濃度を上昇させれば幹細胞が増え、傷は早く治り、がん化のリスクも減り、ひいては寿命の延伸にもつながる。つまり「HMGB1 を薬にすればいい」という発想です。2006年に阪大発のベンチャー企業を設立し、創薬に向けての体制も整えてきました。2018年、阪大で医師主導試験を開始し、現在は製薬会社で最終治験が進行しています。再生誘導医薬の有効性は表皮水疱症に限りません。同じメカニズムで、脳梗塞や心筋梗塞、肝硬変など重篤な疾患で苦しんでいる患者さんを救える可能性があるのが特筆すべき点です。従来の再生医療は、細胞を用意しなければならないのがネックでした。高水準の設備や技術が求められ、予算も膨らみがちです。それに比べると、再生誘導医薬は静脈注射をすれば事足ります。通常の薬剤のように工場で大量生産でき、町のクリニックで点滴を受けられる上に、拒絶反応やがん化のリスクもありません。HMGB1は生体内にあるタンパク質の一部で、「本人の再生能力を引き出す」というアプローチだから、圧倒的に低コストかつ安全なのです。私の次なる関心は、「心」の再生誘導。もちろんこれもサイエンスの話です。表皮水疱症の子どもたちと接しているうちに気づいたのは、彼らの多くが他者に優しく、思いやりの心を持っていることでした。それは、親御さんから毎日朝晩、軟膏を塗り、包帯を巻くといった皮膚のケアを通したスキンシップを受けているからではないか。そんな仮説も十分成り立つでしょう。人のDNAには、このような心のこもったスキンシップをポジティブに認知するようプログラムされていると考えるのが自然です。スピルバーグ監督の映画『E.T.』は、宇宙人と少年が指先をくっつけるだけで友達になって世界中を感動させました。私たちの日常生活においても、例えば握手を交わす行為には、DNA レベルで信頼を醸成する効果があるのかもしれません。これらのことを科学的に証明するのが私の目標です。DOEFF Vol. 1507

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