DOEFF_vol3
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DOEFF Vol. 0307FDG-PETを用いた検査件数は、全国で年間80万件以上。がん治療の現場に欠かせない検査になったといえるでしょう。ここまでが核医学の歴史のおさらいです。では、これからの核医学は何を目指すのか。私たちは原子エネルギーで、がんを治療しようと考えています。具体的には、原子から放出されるアルファ線でがんに直接アタックする薬を開発中です。アルファ線はベータ線よりも強力で、細胞を殺傷するのに十分なエネルギーを持っています。その反面、ベータ線に比べて物体を通過する力が弱く、体内で効果を及ぼせる範囲は細胞1~2個分ほど。つまり、アルファ線を放出する原子をがんになった部位にだけ集めれば、健康な細胞を傷つけず、がん細胞だけをピンポイントで攻撃できるのです。こうした研究は世界中でスタートしています。なかには余命1~2カ月の前立腺がんの患者さんに、アルファ線を放出する原子を用いた薬を3回ほど注射したところ、きれいにがんが消えたという症例報告もあるほどです。ただし、この研究で使われた薬は前立腺がんにしか集まらないという課題もありました。一方、私たちが応用する「BPA」という化合物は、全身のどのがんにでも集まります。このBPAに「アスタチン211」というアルファ線を放出する原子を結合させて、がんまで送り届けようというのが、基本的なアイデアです。アスタチン211は、半減期が7時間と短いことが長所。10日も経てば放射線をほとんど放出しなくなる極めてクリーンな原子です。また阪大の所有する加速器でアスタチン211を製造し、精製する技術を持っていることも、研究を進める上では大きなメリットになります。現在の壁は技術的な問題よりも、社会的な制約です。放射線を放出しなくなったアスタチン211でさえ、ウランなど半減期の長い放射性物質と同様に、簡単には処理が許されないことも実用化に向けたハードルを上げています。こうした状況を変えていくことも私たちが果たすべき役割でしょう。関係各所にしっかりと安全性を説明する、地道な努力を続けていくしかありません。大阪大学には、初代総長長岡半太郎先生以来の原子核物理、核化学など優れた基礎科学の伝統があります。この分野の成果を医療につなげ、2030年までには、なんとか実用化にこぎつけたいですね。PETでがんを発見したら、すぐに注射をする。それだけで、がんをきれいに治すことができる。そんな未来にもうすぐ手が届きます。Jun Hatazawa2002年より大阪大学大学院医学系研究科 トレーサ情報解析学 (2011年、改組に伴い核医学)教授。人体を通過する性質を持つ陽電子を利用したPET検査の研究に従事。2010年からは同研究科 附属PET分子イメージングセンター センター長を務める。現在は、大阪大学核物理研究センターと共同で医療用放射性核種の開発にも取り組んでいる。がん細胞だけをピンポイントで攻撃する。

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