DOEFF vol5
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DOEFF Vol. 0511Kazunori Tomono2005年より大阪大学大学院医学系研究科 感染制御学 教授。日本国内での薬剤耐性菌の蔓延防止のために、病院や高齢者施設を巻き込んだ感染対策ネットワークの構築に携わる。耐性菌の培養検査法や遺伝子検査法の開発や、陽性患者のリスク因子解析にも取り組んできた。その知見を生かして、行政にも積極的に施策提言する。受けている高齢者や、がんの治療などによって免疫力の低下した患者さんですが、こういった人たちはアジア全体ではまだまだ多くはありません。つまり耐性菌と感染症を発症しやすい人の分布がズレているため、見せかけの均衡が保たれているわけです。しかし、この状況も長くは続かないでしょう。今後はアジアの国々でも高齢化が一気に進みます。がん治療などの最先端医療も次々に導入され、免疫力が低下したまま生活する人も急増するはずです。ここで問題となるのはインフラの整備や医療従事者への教育、市民の衛生観念の向上などが、そのペースに追いつかないこと。日本をはじめとする先進各国では、耐性を獲得した細菌が広がるのに対して、抗菌薬を開発したり、耐性菌に対応できる社会を築く猶予がありました。しかし彼らは十分な準備が整わないうちに強力な耐性菌と対峙しなければなりません。このままでは多くの命が危険にさらされるでしょう。2050年には耐性菌による死亡者数が、がんの死亡者数を上回ると予想されています。こうした最悪のシナリオを回避するには、アジアに蔓延する耐性菌を、なんとか封じ込めるしかありません。そこで重要なのは、保菌者の早期発見です。私たちの研究室は、患者さんの便から15分ほどで耐性菌を検出できる検査キットを開発しました。これまでの検査機器に比べて安価で、操作も簡単なこのキットを、アジア各国に普及させたいと考えています。耐性菌が新たに生まれにくい環境をつくることも大切です。アジアで耐性菌が広がっている背景には、水の汚染があります。未処理の生活排水や抗菌薬を含んだ工場排水が河川に流れ込み、耐性菌の温床となっているのです。養殖業や農業、畜産業などで使われる大量の抗菌薬の影響で、動物の体内から耐性菌が見つかることも増えています。こうした状況を変えてゆくには、国という枠組みを超え、世界各国の研究者と協力しながら、インフラの整備や抗菌薬の使用制限の重要性を行政機関に提言していく必要があります。決して簡単なことではありませんが、今すぐに取り組まなければ手遅れになってしまう。未来の子どもたちが安心して暮らせる環境を残すために、最善を尽くしたい。それが研究者の責務だと感じています。美しい河川を、世界中の子どもたちに。

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