DOEFF vol5
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DOEFF Vol. 0513きっかけです。先生の授業を初めて受けた日のことは今も忘れません。その日のテーマは、関節リウマチでした。先生は私たちに「関節リウマチでは、なぜ関節が腫れるのか」と問うのですが、誰もそれに答えられません。先生は「それは免疫が関節を攻撃するからだ」と答えた上で、関節リウマチの発症プロセスを滔々と説いていきました。なぜなら、なぜなら、なぜなら、と繰り返して、最後に「つまり、この薬でここをブロックすれば関節リウマチは直せる」と結論づけられた。その明晰さに、僕は心から感激しました。この先生のもとで、基礎医学の研究者になろうと決意した瞬間です。大学を卒業し、岸本先生の率いる第三内科に入局した日のことはよく覚えています。当時の第三内科に入局したのは成績優秀なエリートばかり。そのなかで僕だけが下から成績を数えた方が早い劣等生でした。このままでは埋もれてしまうと思った僕は、少しでも先生に顔を覚えてもらいたくて「今日から先生は僕にとって憧れではなく目標です。臨床研修が終わったら、必ず大学院に戻ります」と宣言します。先生は「そうか。じゃあ、帰ってこい」とそっけない返事でしたが、それだけで十分嬉しかったですね。臨床研修を終えると、宣言通りに大学院に戻りました。所属先は岸本先生の下で免疫の研究に取り組んでいた審良静男先生の研究室です。審良先生も超一流の研究者。研究者として歩み始めた時期に、トップレベルの研究者ふたりから指導していただけたのは本当に幸運でした。岸本先生から学んだのは発展性の高い研究をすることの大切さです。ご自身では「真髄をついた研究」と仰っていました。自らの研究を起点として、後続の研究者が次々に現れるような研究をしろ、という意味だったと思います。実際に岸本先生は関節リウマチなどの免疫疾患の原因が「インターロイキン6」というタンパク質にあるという大発見をしましたが、そのメカニズムまでは明らかにできず、それを解明したのは審良先生でした。インターロイキン6の暴走の引き金となる分子を特定し、その分子をブロックすることで疾患を防げることを証明したのです。岸本先生の「真髄をついた研究」を、審良先生が見事に発展してみせた。医学の進歩というのは、まさにこういうことだと思います。審良先生からはオリジナリティの大切さを学びました。要は「師匠とは違うことをやれ」ということです。審良先生ご自身が独立後に専門としたのは自然免疫でした。当時は、昆虫のような下等生物にも存在する自然免疫ではなく、人間をはじめとする脊椎動物だけが後天的に備える獲得免疫に注目が集まっていた時代です。自然免疫は進化の名残で、人にはほとんど関係ないと考えられていました。その考えをひっくり返したのが審良先生です。自然免疫は病原体を攻撃するだけではなく「Toll様受容体」という病原体センサーを備一流とは何かを学ぶ。細菌学者だった両親のもと、医学への関心を自然と育んだ竹田潔氏。阪大ではふたりの師に導かれ研究者として成長していきます。そんな氏が目指すのは、「現代では治せない病気を治す」こと。「研究することは、喜びでしかない」と言い切る氏は、今日まで何を学び、何を考えてきたのか。その足取りに迫ります。

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