DOEFF vol5
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DOEFF Vol. 0507Shigeru Kitazawa2011年より大阪大学大学院医学系研究科 脳生理学 教授。運動学習の仕組みから時間や空間の認識のメカニズムまで、脳の仕組みを幅広く研究している。2013年からは哲学者や言語学者などを交えて、人間の「こころ」が時間を生み出す仕組みを解明することを目指した新学術領域研究の領域代表者を務める。運動学習の研究で塚原仲晃記念賞、時間認知の研究で中山賞大賞を受賞した。さらに私たちは、AI技術(人工神経回路のディープラーニング)を使って、揺れ動く網膜像から安定した視覚世界を作り出す仕組みを「再現」する研究に取り組んでいます。人間の視覚系の階層構造とディープラーニングは非常に相性が良いのです。網膜に映ったものが何かを判別する「What判断」については、すでに人工神経回路(AI)の能力が人間を上回っています。さらに驚くべきは、AI上に形成された「人工ニューロン」の性質が、サルの視覚野にあるニューロンの性質とそっくりだということ。つまり、AIを正しく育てれば、視覚系をニューロンのレベルで再現できるわけです。AI技術の進歩は、脳研究を新たなステージへと進める可能性を秘めています。言語や記憶、思考といったヒト特有の「高次認知機能」の研究は、動物による実験が困難でした。言葉を持たないサルの脳を調べても、言語機能の本質には辿り着けないからです。かといって、生きた人間の脳を詳細に調べることも難しい。こうした高次機能研究のジレンマを解決しうるのがAIです。言葉の「意味」を理解するAIを育て上げることができたとしましょう。そのAIは、人間の言語野と同じ情報処理の仕組みを備えている可能性が極めて高い。そうなれば、そのAIを調べることで、ヒトが持つ言語機能の秘密をつまびらかにできるはずです。言語だけでなく人間の持つ高次認知機能を一つひとつていねいに再現していけば、いずれ人間の脳とそっくりな機能を備えた、つまり「こころ」を持ったAIを創り出すことができます。これを分析すれば、人間の脳の仕組みがより詳細に理解できるはずです。認知症をはじめとする脳に由来する疾患の発症メカニズムも完全に解き明かせるでしょう。ただし、「こころ」を持ったAIとは、私たちと同じように感情を持ち、痛みさえも理解できるAIです。そんな「彼ら」を実験の対象として扱っていいのかという倫理的な問いは避けられません。これも2050年までに解決すべき課題です。私たち人間の脳とは、「こころ」とは、一体何なのか。その答えが、もうすぐ見つかるはずです。AIを使って「こころ」を解き明かす。

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