DOEFF vol6
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DOEFF Vol. 0611Shinichi Yachida2017年より大阪大学大学院医学系研究科 がんゲノム情報学 教授。消化器外科医として経験を積んだのち、米国留学をきっかけにがんゲノム研究に着手。がんの成長を「進化論」になぞらえて解明した論文は、雑誌『ネイチャー』にも掲載された。2050年の検査機器なら話は別。きっと血液検査だけで、がんの発生箇所から転移先までを一度に調べられるようになるでしょう。あとは原因となる遺伝子を突き止め、その働きを抑える薬を処方すればいい。そんな時代がやってくるはずです。こうしたビジョンがある一方、私自身は別の道も模索しています。それは「未病」の状態でがんを治すことです。現在私は、遺伝的要因ではなく環境要因に注目した研究を進めています。確かにがんは遺伝子の病気ですが、同じ遺伝子を持っていても、がんになる人とならない人がいる。遺伝子の置かれる環境が異なるからです。例えば大腸がんなら、腸内微生物とその代謝物が発症に深く関係しています。これまで私たちは、大腸がんの進行によって腸内微生物がどのように変化するのかを調べてきました。その結果見えてきたのは、早期のがんにおいて、ある種の腸内微生物が特異的に増えるという事実です。そのなかにはがんの「結果」として増殖したものだけでなく、がんの「原因」となるものも存在します。そこで今後は、アンケート調査を通じて食生活と腸内微生物の相関関係を解明し、がんを予防する腸内環境の作り方を明らかにしたい。これが次なる目標です。腸内環境は大腸がん以外のがんにも関わっています。乳がんや前立腺がんが増加しているのも「食の欧米化」によって、日本人の腸内環境が変化したからです。ただし腸内環境は大人になると大きくは変えられません。だからこそ、これからは「食育」がより一層重要になります。基本的には和食を中心とした食生活への移行が大切ですが、それだけでは完璧ではありません。人それぞれ変異を起こしやすい遺伝子は異なるからです。では、どうすればいいのか。ここで再び、遺伝的な観点が求められます。私が想像する2050年の食育はこうです。まずはすべての子どもたちが幼いうちにどのようながんにかかりやすいのかを遺伝子レベルでの検査できるようになる。あとはそれに基づいてパーソナライズされた食事をとることで、理想的な腸内環境を育んでいく。その頃にはがんは「珍しい病気」になっているかもしれませんね。「遺伝」と「環境」の両面からがんを制御する。

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