DOEFF vol7
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DOEFF Vol. 0713りません。できることなら自分もそんな発見がしたい。それこそが研究という道を意識するようになったきっかけです。特に惹かれたのは、出身大学で盛んに研究されていた血液学。なかでも血液の元となる造血幹細胞を人体のなかで唯一保持することができる骨髄に興味を持ちます。なぜ造血幹細胞は骨髄でのみ維持されるのか。当時まったく解明されていなかったこの謎を、漠然とですが自分の研究テーマだと考えるようになりました。そんな矢先に大阪大学では、免疫系細胞に働きかけて免疫系を調節する「サイトカイン」に注目して、世界でも類のない研究が進められていることを知ります。その研究を主導していたのが、のちに恩師となる岸本先生です。この先生のもとでサイトカインについて学べば、骨髄の謎を解くヒントが得られるのではないか。今から振り返れば根拠に乏しいひらめきに過ぎませんが、この直感に導かれて卒業後は大阪大学医学部附属病院に所属し、第三内科での初期研修を経て、憧れの岸本先生のもとで研究者としての第一歩をスタートさせました。その頃すでに「岸本研」といえば、世界最高峰の研究室でした。なぜ立て続けに優れた成果を上げられるのか。所属してみると、そんな疑問はたちどころに氷解しました。とにかく誰もが寸暇を惜しんで研究に打ち込んでいるのです。それもそのはずで岸本先生は決して妥協を許されません。認められるのは、世界に類のない独創性と医学に貢献する可能性を備えた研究のみ。スピード感も大切にされていて、「1日の遅れが、研究者の運命を左右することがある」とも仰っていました。その言葉を本当の意味で理解したのは、研究をはじめて二年目のこと。先輩との抗原受容体シグナルの研究がドイツのグループに先を越され、それまでの研究が水の泡となってしまったのです。あのときは先生にこっぴどく怒られました。本当に忙しく、大変な毎日でしたが、この時期の経験が今も研究者としての私の基礎になっています。転機が訪れたのは31歳のときです。T細胞と共に免疫の主役であるB細胞の産生に関わるサイトカインを見つけるべく、血液細胞を造る造血の研究を新たにスタートさせます。さまざまな実験を繰り返した結果、翌年にはCXCL12というサイトカインがB細胞を生産する役割を担っているのではないかと目星をつけました。ところが今度は、2018年にノーベル賞を受賞した本庶佑先生の研究グループがCXCL12の遺伝子配列を先に報告しました。このときばかりは「もうだめだ」と絶望的な気持ちになりました。けれども岸本先生は「ここからが勝負や」 と仰ります。「CXCL12の機能や役割は報告されていない。君がそれを明らかにすればいい」というのです。その言葉に励またったの1日が研究の明暗を分ける。学生時代に出会ったひとつの「謎」に答えるため、世界最高峰の環境で研究者としての基礎を養い、ついには通説を覆す大発見を成し遂げた長澤丘司教授。50年後、100年後の未来を見つめて、基礎研究に真摯に向き合ってきたその足跡を辿ります。

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