DOEFF vol7
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DOEFF Vol. 0707Tadashi Kimura2006年より大阪大学大学院医学系研究科 産科学婦人科学 教授。産科学婦人科学の研究に従事し、ヒトオキシトシン受容体の分子クローニング、マウス着床不全モデルなどの開発に取り組んできた。泉州広域母子医療センターの設立を主導するなど、分娩施設の集約化による地域の産婦人科医療体制の拡充にも貢献してきた。2019年より、公益社団法人日本産科婦人科学会の理事長も兼任する。個々に最適な治療方法を選択するプレシジョンメディシン(精密医療)を推進してきました。これから注力すべきなのは、まず何よりも子宮頸がんの予防対策です。ヒトパピローマウイルス(HPV)が原因と明らかになっていて、そのワクチンまで開発されているにもかかわらず、日本では副作用が過剰に懸念され、接種が進まず患者数が増え続けています。これは先進国としては異例の事態です。今後はワクチン接種の啓発を進めることはもちろんですが、副作用のリスクを最小限に抑えるために、本当にワクチンが必要な人たちを絞り込んでいくことも大切になるでしょう。そもそもHPVは感染したとしても、ほとんどの場合は自分の免疫力だけで消失させられる非常に弱いウイルスです。ただ感染者の約1パーセントは感染が継続してしまい、がんへと至ってしまいます。子宮頸がんの病態を解明し、この1パーセントの人たちを特定することで、誰もが納得してワクチンを使える環境を整えていきたいと思っています。こうした産科、婦人科の現状を踏まえて、2050年の産婦人科全体のあり方を考えてみましょう。ポイントになるのはゲノム情報の活用です。例えば、ある女性が卵巣がんにかかりやすい遺伝子を持っているとわかれば、出産後には卵巣を摘出するという選択肢も選べるはずです。妊娠初期の段階で、胎児のゲノム情報を調べることも当たり前になるでしょう。その頃には遺伝子を組み換えることで、先天性の疾患を防ぐ胎内医療も技術的には可能になっているはずです。とはいえ、命に関わったり、生活の質(QOL)を著しく低下させたりする重大な疾患は別にして、軽度の発達障害のような「個性」の範疇とも解釈できる、ちょっとした遺伝子の変異にまで介入しようという動きには警戒すべきです。その線引きを誰が、どのように行うのかは簡単には決められません。今後30年をかけて、議論を重ねていくべき重大なテーマでしょう。いずれにしても、私たち産婦人科がめざすのは、子どもにとっても女性にとっても、妊娠や出産がリスクとならない未来です。その実現に向けて、倫理的な問題ともしっかり向き合いながら、研究に取り組んでいきたいと思います。胎内医療がさらに加速する︒

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