人の「個性」に合わせた予防と治療が可能になる。器別では近年かなり進んでいますが、私はそれを個体にあてはめたいのです。DNAが注目されて久しいですが、個体の性質すべてがDNAによって規定されるとは思えません。わかりやすい例としては双子です。遺伝性の病気が共通することはあっても、必ずしも同じ病気が発症するとはいえません。それは生活環境のちょっとした違いに起因する可能性もあります。「笑いは病気を吹き飛ばす」という俗説もまんざら嘘とは言えないでしょう。ただ、一般的にストレスについて研究する場合、神経細胞にどう影響を与えるかという範疇にとどまりがちでした。そこで私は考えるわけです。「生活環境は個体にどんな影響を与えるのだろうか」「患者さんの感情や性格に基づいた医療は可能なのだろうか」と。現在は、人の状態をすべて数値で把握するプロジェクトに取り組んでいます。その人の体質や生物的傾向、生育歴、つまり「個性」を、「モジュール」 と呼ぶ構造体に置き換えます。ひとつの細胞を線 でつないでいった立体形をイメージしてください。2050年には、その形から、どんな病気になりやすいのかが判別でき、「いつ頃にこんな病気になりやすいから注意しましょう」とメッセージを出すのも夢ではありません。前提として、その人の行動データのすべてをデバイスで取り込んで活用することになります。まさに究極の個別医療です。今後は、脱アレルギー社会に向かわねばならないと強く考えています。特にコロナ禍で子どもたちがそれほど感染症を経験せずに育っている状況は、あまり好ましいとはいえません。アレルギーの発症を抑えるには細菌に感染する必要があり、むしろあまり清潔でない環境で生活する方がいいのです。細菌に対する免疫は幼少時に発達するので、コロナ禍の子どもたちのことを心配しています。私がアレルギーの研究を始めた2011年頃は、日本人の3人に1人がアレルギーといわれました。今は2人に1人。10年後は4人に3人ぐらいになっているでしょう。その進行に拍車がかかるかもしれないと危惧しています。ただ、ここ数年でアレルギー治療の世界も大きく変貌しています。生物学的製剤が開発され、劇的に効くようになったのです。アレルギーを発症するプロセスも、先に述べたモジュールで解析できるようになるでしょう。アレルギーのない社会の実現を目指し、研究を進めてまいります。2019年より大阪大学大学院医学系研究科 生体防御学 教授。歯学部を卒業後、免疫学の道を志す。大学院在学中、腸間膜に存在する新種のリンパ球「ILC2」を世界で初めて発見。アレルギーをはじめとする免疫疾患に影響をもたらしていることを明らかにした。病態解明や新規治療法の開発を視野に同テーマの研究を継続している。11Kazuyo Moro
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