DOEEF vol9
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DOEFF Vol. 0913意外性こそ、基礎研究の面白さでもあります。第二次大戦後、1970年代の初頭まで、日本では学生運動が盛んでした。私が高校生の頃、それがちょうど下火になります。熱狂の後の醒めた空気が若者たちを覆う新たな時代。政治に無関心な「しらけ世代」は、ただニヒルだったのではなく、「本質的」な問題に立ち向かわざるをえなかった世代ともいえるでしょう。個人主義が台頭した時代でもあります。学生運動は後世の評価が分かれていますが、集団行動の意味を広く問いかけたものでもありました。集団ではなく個としての自分に何ができるのか。そういう問いを抱えながら、私は学生時代を過ごしました。この頃の哲学的な関心が、研究者としての原点となっています。ドイツ観念論の大家ヘーゲルの「弁証法」から生まれた命題「量から質への転化」にとても強く惹かれました。かねてから興味があった生物学を例にとると、脳は神経細胞の集合体ですが、脳の機能は、個々の神経細胞に焦点を当てても解明できません。ものがたくさん集まるとなぜ新しい「質」が生まれるのか。その真相に迫りたいという思いが、今の道を選んだ理由のひとつでした。では、生物学ではなくなぜ医学だったのでしょうか。医学は「総合科学」です。誰でも自由に発想でき、うまくいけば世紀の大発見になる。裾野の広さや包容力が医学の魅力であるのは間違いありません。医学部の卒業生が100人いたら90人以上は臨床に携わります。私のように基礎研究オンリーなのはほんのわずか。でも、こういう道があるんだと知ってもらえたら嬉しいですね。医学部在籍時、勉学には励みましたが、試験に関係ないところばかり(笑)。生命科学・医学系研究の弱点は、理論が脆弱なところではないかという問題意識が当時からありました。それならいっそ理論を物理学から借りてくればいいと思い立ち、熱心に勉強しました。計算は決して得意ではありませんでしたが、物理の「考え方」を身につけたかったのです。なぜこの研究室に物理の蔵書がたくさんあるのか、これでおわかりでしょう。神経や免疫に興味があって研究の道に進む医学者が、世の中には多いかもしれません。私の場合、対象はなんでもよかったというのが本音です。長年トランスポーターの研究を続けていますが、1991年のアメリカ留学時に所属した研究室がたま たまそれを扱っていたのがきっかけでした。トランスポーターとは、さまざまな物質が細胞内外を 行き来するのを担っているタンパク質のこと。まったく未開拓の分野で、誰も足を踏み入れていない雪原を進む感覚でした。何をやっても新しく、わくわくしたものです。当時は、現象を分子で説明する分子生物学が生命科学の中で存在感を増し、私も影響を受けました。「分子クローニング」誰もが開拓者だった、トランスポーターの研究。「医学の魅力は裾野の広さ。自由に発想できるから研究が楽しい」。そう屈託なく語る金井好克教授は、若き日の哲学への関心、物理学への傾倒が、基礎研究者としての礎になっていると振り返ります。薬の概念を更新するかもしれない大発見の裏には、自ら編み出した「発想法」がありました。

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