DOEEF vol9
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腫瘍サイズ日数LAT1阻害薬投与群対照群ロイシン(アミノ酸)LAT1阻害薬LAT1がん組織抗腫瘍効果ゼノグラフト腫瘍モデルにおける抗腫瘍効果アミノ酸シグナル経路の遮断必須アミノ酸の枯渇がん細胞14という最新手法を用い、現象に対応する新しい分子を突き止めただけで大喝采。そんな時代でした。日本に帰ると、糖やアミノ酸、有機酸に関するトランスポーターの分子を片端から特定していきました。すると、体内でどういう役割を果たしているのかが気になってきます。病気との因果関係への関心がこうして芽生えるわけです。「トランスポーターに作用する化合物でなんらかの薬が作れるのではないか」と。私が発見した「SGLT2」は、腎臓から糖を再吸収する際に働いているトランスポーターです。SGLT2を抑制する化合物を与える と、糖は再吸収されず、身体から尿としてどんどん排出されます。つまり、糖尿病の患者さんに投与すると、糖の排出を促進することになり、血糖値が下がる。まさに逆転の発想でした。それまでの糖尿病の治療薬は体重を増やす傾向がありましたが、糖を外に出すから体重も減らし、多くの良い効果が得られています。日本では、SGLT2阻害 薬が2014年から臨床で使われるようになりました。創薬の最も基礎的なところに関われたことColumn実験には手あたり次第の根性も必要。私の研究室が発見したアミノ酸トランスポーターのひとつが「LAT1」です。がん細胞に多く発現していることを突き止めました。LAT1を阻害すると、アミノ酸の供給が止まり、がん細胞の増殖を抑えられるのです。しかし、発見のプロセスでは紆余曲折がありました。さまざまな材料を、それこそ手あたり次第に試したものです。ラットの腎臓や脳などの臓器から、mRNAを取り出す根気のいる作業。それでたまたまうまくいったのが、培養されたがん細胞でした。当時の研究は、ひとつの分子を標的にした理論に基づいていましたが、LAT1は補助因子の分子を含む二つの分子で構成されていたのです。「ヘテロ二量体トランスポーター」という新しい概念の発見でもありました。現在、阻害薬は阪大病院の消化器内科で医師主導治験の段階にあり、実用化までそう遠くないと期待しています。がん治療が変わる?で、2020年に日本医療研究開発大賞の内閣総理大臣賞を受賞し、大変光栄に感じています。ただ、SGLT2を見つけた当初は、創薬につながるなんて夢にも思いませんでした。最近は、心不全や腎臓病にも有効ということがわかってきています。糖を排出すると、細胞にとっては飢餓に近い状態になり、長寿遺伝子が発現します。SGLT2阻害薬を投与すると同様の現象が起きました。その意味では、寿命を延ばす夢の薬といえるかもしれませんね。病気になると、体内で物質の分布に異常が起こります。糖尿病で血糖値が高くなり、高尿酸血症で尿酸値が高くなるのはわかりやすい例です。トランスポーターに作用する薬は、そこを改善するのがポイント。人間が本来持っている治癒力を引き出すイメージです。従来の薬は、疾患の本体に切り込んでいく激しさがありました。SGLT2阻害薬の登場は、薬や治療の考え方を変えていくかもしれません。研究者にとって重要なのは発想です。仮説を立て、実験を行い、考察を進めるプロセスで、「ひらめ「夢の薬」も、偶然の産物。他人の発想を、自分の引き出しに。

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