生殖医療の進化は、年齢、性別の壁を超える。林 克彦高齢のカップルでも子を授かることが可能に。少子高齢化の社会において、どのような生殖医療が求められるかは議論が必要だろう。世界で初めて、マウスのES細胞やiPS細胞から卵子を作製したのは私の研究グループです。2021年には、卵子が育つために重要な卵巣組織の再生にも成功しました。ただ、人に応用するのはそれほど容易ではありません。生殖細胞が増殖する期間を経て減数分裂という特殊な過程に入り、卵が育つ部屋である「卵胞」が形成されるまでのメカニズムがたいへん複雑で、iPS細胞などで再現するのは非常に難しいからです。とはいえ、トライアンドエラーを繰り返していけば必ず道は拓けるでしょう。生殖細胞は、筋肉や血液といったほかの体細胞と違い、「老化」しません。例えば、皮膚に分化したら、やがてアカとして剥がれ落ちるわけですが、生殖細胞は、赤ちゃんに育ってもその個体がまたフレッシュな生殖細胞を備えています。「不老不死」を想起させる不思議な現象です。皮膚や骨格への2021年より大阪大学大学院医学系研究科 生殖遺伝学 教授。大学の農学部で牛の受精卵の研究に携わったことから発生学に興味を持つ。2012年にマウスの多能性幹細胞から卵子を作製し、2021年には卵巣組織の再構築にも成功。正常な卵子の産生に体細胞が不要となることから、人の不妊治療への応用が期待されている。分化は化学修飾、いわば「シミ」であり、基本的には元に戻りません。しかし生殖細胞は、ウォッシュアウトされてまっさらになるイメージなのです。留意したいのは、iPS細胞から作製した生殖細胞にはゲノムの突然変異がいくらか見られること。マウスでも、ちゃんと子どもに育つ発生率は、生体の生殖細胞の1/20ほどです。そのクオリティを上げていくのが今後の課題でしょう。2050年には、一般的な不妊治療への応用にとどまらないかもしれません。例えば高齢の男女が子を設けたり、Y染色体を持つ男性同士なら、2人の遺伝子を受け継ぐ受精卵を作ることも理論上は可能です。そこでさまざまな議論が求められるのはいうまでもありません。私のスタンスは、「クローンではなく再生医療の範疇なら不妊治療の可能性を探る意味はある」といったところでしょうか。基礎研究に携わる者として、生命の神秘に潜む仕組みの解明こそが使命だと考えています。大阪大学大学院医学系研究科ゲノム生物学講座 生殖遺伝学 教授09Katsuhiko Hayashi2050年にはこうなってる?iPS細胞を活用して、iPS細胞を活用して、不妊症を克服する。不妊症を克服する。
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