DOEFF vol10
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骨はもともと軟骨だった。Column遺伝子による驚きの仕組みとは?すべての骨は、もともと軟骨です。胎児のときに軟骨だったものが、骨に置換されます。これは遺伝子のプログラムに基づく現象です。実験でマウスの胎児の軟骨を観察すると、形がたいへん精密で驚かされます。骨にはさまざまな突起がありますが、それも軟骨の段階できちんと形成されているのです。魚は、軟骨魚類から硬骨魚類に進化しました。軟骨魚類のサメなどは、全身の骨配列を特定するクローニングに世界で初めて成功したこと。だからといってすぐ創薬や再生医療につながるわけではありません。ただ当時は、世界中の分子生物学の研究者が「将来きっと役に立つ」と信じて熱心にクローニングに取り組んでいました。私も昼夜を問わず実験に打ち込み、論文執筆に励んだものです。最先端の研究に携わっているワクワク感もあって充実していました。留学先のアメリカでも軟骨を深掘りする日々。いくつかの特別な遺伝子をⅪ型コラーゲンの遺伝子につないだマウスは、軟骨が巨大化したり、逆に全然できなかったりする現象を確認しました。そのときの興奮を今もよく覚えています。生成をコントロールできれば、より具体的な応用の形が見えてくるわけですからね。帰国後、一般病院への出向を経て、当時整形外科 教授の吉川秀樹先生にお声がけいただいて阪大に戻り、研究を再始動しました。そんなとき、京都大学の山中伸弥先生によるiPS細胞の誕生のニュースが飛び込んできます。それは私のフィー格が軟骨なんですね。脊椎動物だから背骨もありますが、それも軟骨です。細かいところまで形作られた軟骨が骨に置き換わり、マグロやタイのような硬骨魚類が登場しました。言い換えると、マウスや人では、1つの個体で動物の進化の過程が再現されていることになります。そもそも、生き物が滑らかに関節を動かせるのは軟骨のおかげ。いかに神秘的で偉大か、お分かりいただけるでしょうか。ルドにおいても衝撃的でした。iPS細胞は、皮膚細胞に4つの遺伝子を導入して初期化したものです。皮膚細胞をいわば「受精卵」に戻せるなら、皮膚にもっと近い軟骨に変えるのはそんなに難しくないのでないか。そう着想し、山中先生が発見された遺伝子と軟骨の生成に関わる遺伝子を、いろいろな組み合わせでマウスの皮膚細胞に導入して培養したところ、軟骨細胞ができてしまったのです。細胞のタイプを変えられる時代が来たことを実感しました。ポイントは、iPS細胞の段階を経ることなく、皮膚細胞からダイレクトに軟骨に変わること。だから速いのがメリットです。一方で課題もありました。この方法では遺伝子を導入する「ウイルスベクター」が必要ですが、それを使って作製された細胞は移植後にがん化のリスクがあります。さらに細胞数を確保しにくい面も。その軟骨を人に使うのは難しかったのです。その後、京都大学iPS細胞研究所に移り、iPS細胞から軟骨をつくりたいと考えました。実際に患者さんの体内に入れるには、ウイルスベクターを使わずに済むiPS細胞が最適だろうと。8年かけて安全で高品質な軟骨をつくる方法を開発しました。そして2020年にこの軟骨を人へ移植する研究がスタートし、現在も進行中です。14iPS細胞の誕生が、飛躍のきっかけに。

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