バーチャルとリアルを行き来して、病気を克服。2022年、阪大で発足した「ヒューマン・メタバース疾患研究拠点」で拠点長を務めています。「メタバース」とは仮想空間のこと。そこで人間の「分身」を作り、病気が発症・進行するメカニズムの解明や治療法の開発につなげようとする取り組みです。仮想空間で医療を展開した上で、現実世界でも薬を処方したり手術したりします。この構想自体、常識を超えているのは明らかでしょう。現実世界の医療にはさまざまな課題があります。ひとつは、患者さん本位の医療になっていないこと。検査結果のごく一部だけが患者さんに示されて、病歴も共有されないまま医師主導で治療方針が決定される現状は、本来は望ましくありません。糖尿病や高血圧、認知症といった「多因子疾患」へのアプローチも喫緊の課題。全世界の死亡者の7割を占めますが、遺伝や環境の要因が複雑に絡み合って発症するので対策が難しいのです。それらの壁を打破すべく、仮想空間を活用します。患者さんの分身である「バイオ・デジタル・ツイン」で、体内の生命現象や病気の発症プロセスを再現。身長や体重、血液検査の結果、食生活など多岐にわたるデータをインプットし、さらにiPS細胞から作製したミニチュア臓器 「オルガノイド」のデータを加えることで、将来予測さ医師も患者もアバターとなって仮想空間に。あらゆる関連情報が共有され、将来予測が可能になる。(にしだ・こうじ) 2010年より大阪大学大学院医学系研究科 眼科学 教授。角膜疾患の病態解明と再生医療による角膜移植が主要な研究テーマ。2016年には、世界で初めてiPS細胞から「機能的な角膜組織」の作製に成功し、実用化の研究を進めている。2022年、阪大に設置された「ヒューマン・メタ バース疾患研究拠点」の拠点長に就任。れる病気とその原因の特定が期待されるのです。もちろん、生命現象は複雑ですから、従来の数理モデルで処理するのは無理がありますが、その点AIはうってつけでした。解析プロセスでAIが果たす役割はきわめて大きいはずです。すべてのゲノム配列は解明されていますから、そこに環境要因のデータを加えてAIで解析すれば、10年後どんな病気になっているか、かなり高い精度で分かるようになるでしょう。生命医科学と情報科学、それぞれのエキスパートが集まった研究機関はほとんどありません。この拠点から、新しい医療の形を示し、世界をリードしたいですね。08仮想空間に診察室を作る。西田 幸二大阪大学大学院医学系研究科脳神経感覚器外科学講座 眼科学 教授第1回:医療とAI
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