DOEFF vol12
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集団健診の風景が一変する。予防の方法を含めて、現在も研究を続けています。眼の網膜は、カメラでいえばフィルムに当たりますが、透明なので血管や神経組織を外から目視できる「窓」にもなっています。ということは、眼を覗けば、なんらかの 病気の予兆を発見できるのではないか。眼以外の病気も、眼から分かるのではないか。こういう考え方を発案し、oculomics(オキュロミクス)と名付けました。oculoは眼、-omicsは「網羅的」という意味です。眼から見える血管の状態をAIがチェックするだけで、将来その人が高血圧や糖尿病、認知症になる確率を予測する方法の研究が世界的に進んでいます。その予測に基づいて、生活習慣の変化を促したり、治療を施したりすることで、どの程度リスクを回避できるのかを明らかにするのが、次のステージとなるでしょう。眼の中を覗くだけですから、検査のハードルはぐっと低くなり、多くの方に利用してもらえるはずです。それで血液検査と同程度の結果が得られるなら画期的といっていい。現在、私の研究室でも関連する論文を執筆しています。私の中で、眼科と公衆衛生とAIの3つは共存しているのです。もちろん、AIを駆使してリスクを判定し、医療的な介入を行う場合、進行の抑制や症状の緩和といった確かな効果が見込めないと意味がありません。しかも、禁酒のように無理やり強いるようなやり方ではなく、その方が自分の人生を楽しみながら取り組めるものであるべきでしょう。行動経済学の「ナッジ理論」のように、自発的にやりたくなるような方法が確立できるといいですね。いくらデータが膨大でも、AIが進化すれば、解析の精度大阪大学大学院医学系研究科社会医学講座 公衆衛生学 教授(かわさき・りょう) 2023年より大阪大学大学院医学系研究科 公衆衛生学 教授。眼科臨床医として、失明の危機に直面する患者と向き合う中で、予防医学を志す。眼から全身が分かるという概念「oculomics」を提唱。疫学研究によるエビデンスの蓄積と、それを多くの人々に届ける公衆衛生活動の二本柱で研究に取り組む。阪大病院AI医療センター副センター長を兼務。は向上します。そういうことはAIに任せればいいとして、では人間は何をするべきか。それを真剣に考えるときが来ています。少なくとも、診断や治療の責任は人間が負うことになるでしょう。また、阪大病院が進めている「AIホスピタル」の取り組みは、問診やカルテ作成などでAIを活用し、現場の効率化を図るものです。社会実装の取り組みも着実に進んでいます。将来的には、定期的な健康診断の風景を変えられるといいですね。健康診断といえば、年に一回、仕事を半日抜けて、急いで検査を受けて、また来年……といったスタイルが定着していますが、新たな技術を使うことで可能性が広がります。また、健康診断の提供方法のデザインも考え直す時期が来るでしょう。年に一回の採血、血圧測定、問診といった簡易検査は新たな技術でよりきめ細かいものにできるはずですから。人によってはもっと念入りに検査すべきかもしれませんし、逆に健康な人なら1年に一回やる必要はないかもしれません。日々の生活の中、例えば鏡を覗くだけでAIが生体情報を読み取り、本人にフィードバックする仕組みもいずれは実現可能だと思います。日常生活の延長線上で健康を管理できるのがポイントです。これまでの公衆衛生は、社会に対して「広く浅く」働きかけるものでしたが、AIを含む新しい技術の登場で、「広く深く」または「広く濃く」貢献できる可能性が膨らみました。AIの活用にはさまざまな課題があるとはいえ、私はいたって楽観的です。11川崎 良

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