一人でも、夫婦でも、地域で安心して暮らせる。2015年、厚労省が認知症対策の戦略「新オレンジプラン」を公表。2023年には、認知症基本法が国会で可決、公布されました。今後、具体的な施策が次々と打ち出されていくはずです。併せて2023年は、アルツハイマー病の新薬「レカネマブ」が正式承認された年として記憶されるでしょう。従来のお薬は、神経間をつなぐ信号となる物質を増やすもので、いわば対症療法でした。レカネマブは、アルツハイマー病の方の脳にたまったアミロイドβという異常なたんぱく質を除去するので、原因に直接作用するという意味では次元が異なるお薬です。アミロイドβは、物忘れなどが始まる20年前ぐらいから蓄積が始まっています。それをいち早く見つけてお薬を処方すれば、発症を抑えられるかもしれません。若年性認知症の場合、発症を数年遅らせるだけでも、定年まで働けて、退職金を多く受け取れるようになります。その数年の差は非常に大きいわけです。アルツハイマー病と同じ神経変性疾患であるレビー小体病や筋萎縮性側索硬化症(ALS)も、異常なたんぱく質の蓄積が原因とされます。レカネマブの方法論をほかの疾患にも応用できるかもしれないとの期待が高まっているのは事実です。しかしレカネマブの効果が限定的な範囲にとどまるなら、研究を一からやり直さなければならないぐらいの事態に陥ります。パラダイムシフトが起きるのか、はたまた仕切り直しとなるのか。まさに今は分岐点なのです。高齢者に発症するうつ病や幻覚妄想も、かなりの患者さんのベースは神経変性疾患であり、認知症の前段階として発症しているのではないか。従来はそれらをなんとか認知症と鑑別しようとしていたが、根っこは一つかもしれない。それが現在の私の問題意識です。発達障害や統合失調症、うつ病はたいへん高頻度にみられる病気ですが、バイオマーカー(=疾患やその変化、治療効果の指標となる項目や体内の物質)がないのが診断や治療を難しくしています。しかし、認知症ではアルツハイマー病のアミロイドβのようなバイオマーカーがさまざまな病気で見つかってきているので、これらのバイオマーカーを駆使して老年期のうつ病や幻覚妄想を見直してみたいと思っています。とはいえ、精神科の臨床医は、患者さんの病気を正しく診断するだけでなく、気持ちに寄り添い、生活を支えていくことが重要です。認知症基本法の正式名称には、法律としては珍しく「共生社会の実現を推進するための」という枕詞が付いています。日本で急増している一人暮らしの高齢者の方、夫婦だけの世帯の方が認知症を患ったとしても、社会や地域のつながりを保って、うまく病気と付き合い、いきいきと生活できるような仕組みをつくっていかなればなりません。先進医療と地域医療は、まさに両輪なのです。我々は多職種の専門職チームが独居の患者さんの自宅を訪問し、専門職の視点で生活環境を整えたりIoTを導入したりして、見守りシステムの構築を進めています。(いけだ・まなぶ) 2016年より大阪大学大学院医学系研究科 精神医学教授。専門は神経心理学、老年精神医学。愛媛大学在籍時の縦断的な認知症の疫学研究は「中山町研究」として知られている。熊本大学では「熊本モデル」と呼ばれる認知症医療システムの構築に尽力。2003年以降、厚生労働省のさまざまな研究班長を兼務し、幅広いテーマの研究に従事している。07池田 学大阪大学大学院医学系研究科情報統合医学講座 精神医学 教授
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