ワクチンで予防できるなら、使わない手はない。子宮頸がんは、ヒトパピローマウイルス(HPV)の感染によって引き起こされます。日本では2013年にHPVワクチンの定期接種が始まりました。しかし開始間もなく副反応が大きく報じられて、接種の勧奨が控えられ、わずか3カ月で実質的な停止状態に陥ったのです。子宮頸がんは20~30代の若い女性にもよく見られ、産婦人科の医師として心を痛めていましたので、予防できるようになると喜んでいた矢先の事態にショックを受けました。その後、ワクチンの安全性に問題はないとする調査結果がいくつも示されるようになります。私も現状を打開しようとデータの収集・分析や情報発信に力を注ぎました。2016年の論文では、接種勧奨が再開されない場合の感染リスクを生まれ年度別に算出。2018年の論文では、接種上限の16才を超えたキャッチアップ接種などを提言しました。やがて社会の風向きが変わり、政府が方針を再転換。2020年に対象者への個別案内、2022年に接種勧奨が再開し、光が見え始めました。ただ、肝心の接種率は上がっておらず、長らく1%未満だった時期より改善したとはいえ、10%程度にとどまっています。当初の70%程度に戻るまでは安心できませHPVワクチンが普及し、子宮頸がんの根絶が視野に。女性は安心して出産できる。(うえだ・ゆたか)2018年より大阪大学大学院医学系研究科 産科学婦人科学 講師。産婦人科医として臨床に従事するかたわら、婦人科がんの基礎研究に取り組む。HPVワクチンの副反応問題をきっかけに、社会医学、疫学の分野に舵を切り、自治体が保有する医療データを独自に収集・分析。接種の遅れがもたらす問題点について科学的見地から提言を続けている。ん。数あるがんの中で、ワクチンと検診でほぼ完ぺきに予防できるのは子宮頸がんだけです。2018年、WHO(世界保健機関)は子宮頸がんの根絶を目標に掲げました。日本におけるHPVワクチンの普及は自分のライフワークだと考えています。目の前の患者さんを治すため、化学治療の開拓にも取り組んでいます。がん組織のオルガノイド(=ミニ臓器)にさまざまな薬剤を投与して効果のあるものを突き止め、臨床試験につなげるのが目標です。「社会のためになる」と信じることを原動力に、臨床と研究の二本柱で今後も努力を続けていきます。09子宮頸がんの根絶に向けて。上田 豊大阪大学大学院医学系研究科器官制御外科学講座 産科学婦人科学 講師
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